第1Q:隣の席の子-02

オレに弁当をくれた隣の席のそいつは「兎佐美 かおる」というらしい。(黒子から聞いた。)

クラスメイトの。しかも、隣の席なのに名前すら覚えていないのかと、黒子には呆れられたが、興味がなかったのだから仕方ない。

中学のこともあり、入学当初、オレは高校生活に何の期待もなく、初めから友達を作ろうなんて気もなかったし、当然クラスメイトにも興味はなかった。
黒子との出会いや、「キセキの世代」とやらの存在を知らなければ、オレは誠凛バスケ部に入ることも、バスケを続けていたかも分からない。(もしもそうなっていたら、オレは中学同様、ほとんど誰とも話さず高校生活を終えていたと思う。)

そんなオレだったが、漸く高校生活というものに期待を抱いた。
しかしそれも結局はバスケだけの話。
オレはバスケさえ出来ればいいから、それ以外の学校生活については相変わらずどうでもいいままで、クラスメイトに関しても無関心なままだった。

もしも黒子に、「クラスメイトの名前をひとりも覚えられないほどバカなんですか」と言われ、言い訳をするとしたらこんなところだろう。


まあそれはどうでもいい。


兎佐美のおかげで、オレはなんとか昼休みを迎えることができた。

正直、あの量では気休め程度にしかならなかったが、それでも満腹感とは別の、満足感のようなものはあった。
オレはひとり暮らしだし、誰かが作った料理を食べるのが久しぶりだった。
自分じゃ煮物なんていう時間の掛かるものは滅多に作らないし、彩りなんてものも特に気にせず作っている。
質より量で今まで生きてきたが、なんというか、自分の食生活を見直すべきかもしれないと思うくらいに、兎佐美の弁当は綺麗で美味かった。

弁当は残さず食べた上、巾着に入ったお菓子も殆んど食べてしまった。
黒子には遠慮が無さすぎると言われたが、我慢しようにも腹が減りすぎて無理だった。(兎佐美は、「まだ家にたくさんあるから気にしないで」と言っていたが本当かどうかは分からない。)


そんなこんなで、オレは兎佐美の食料を食らいつくしたわけで。
礼にもならないかもしれないが、購買のパンを奢った。

購買はかなり混む。
ぱっと見て小柄なのは分かっていたのだが、並んで立つと兎佐美はやはりカントクよりも小さいし、弱々しい。購買のあの苛烈さに対抗できるような体格ではなく、もしかしたら何も買えないなんてこともあり得るかもしれない。
そう思い、購買に一緒に行くことにした。しかし、兎佐美は今日初めて話したクラスメイトな上、女子。やや気まずさを感じていたが、兎佐美は意外と話しやすく、気付けば気まずさなど消えていた。

購買にたどり着き、目当てのものを選ぶ。
兎佐美はパンはひとつで十分だそうで、オレ的にはそれだけでいいのかと物足りない気がしていた。すると、購買のおばちゃんは兎佐美を見るなり「今日はプリンじゃないのかい?」と言った。兎佐美はおばちゃんの言葉に「今日は違うの……!!」と慌てたが、オレは気にせずそれを買い、兎佐美に渡した。
これで弁当の礼くらいにはなっただろうか。

オレはいつも以上に腹が減っていて、いつも以上に買った。
食べきれる量だから問題はない。
しかし、オレひとりでは持ちきれず、結局兎佐美に手伝ってもらった。(弁当の礼をするために購買へ来たのに、これではまるで意味がない。)

両手いっぱいに抱えたパンやおにぎり。
そんなに食べるのかと引かれるのがほとんどだが、兎佐美は、こんなに食べるんだすごいねと少しおかしそうに笑うだけだった。


無事教室にたどり着き、オレは礼を言えば、兎佐美はにこりと笑い、「ううん、私の方こそありがとう」と言った。
そして、兎佐美はパンとプリンを抱えると、ぱたぱたと教室から姿を消した。
きっと教室ではない所で食べるのだろう。
それにしても、兎佐美を見ていると何かの動物を連想させるのだが一体なんだろうか。
少しモヤモヤしつつ、オレの今の食欲に比べれば些細なもので、そんなモヤモヤは頭の片隅にへと追いやられた。


山ほどあった昼飯は、あっという間に腹の中へと消えていった。
午前中に苦しめられた不快感から解放され、気分は満たされている。

が、流石に少し食べすぎた。
腹ごなしにバスケをしたいところだが、その時間は無い。適当に廊下でも歩くとしよう。ついでに便所にでも行くか、と教室を出た。

教室が並ぶ廊下から渡り廊下へと差し掛かり、何とはなしにそこから見える中庭に目をやれば、ぽつぽつと人影が見える。
鬼ごっこをする男子生徒や、その姿を見て笑う生徒もいれば、迷惑そうに見ている生徒いる。または、植木周りに設置されたベンチで談笑しながら昼飯を食っていたりと、様々である。

気にも止めない中庭の日常風景。
いつもならただの風景として流し見して終わりであるが、複数ある人影の中に、不意に見覚えのある後ろ姿が目に入る。それは、つい数十分前に見たそれと似ている。


「(あれは……兎佐美か?)」


よく見てみればやはり兎佐美だった。女子四人で輪になって談笑をしている様子である。
教室ではない場所で食べるのだろうという予想は当たっていた。そうか、中庭で食べていたのか。だから少し慌てた様子で教室を出たのかと、納得しつつ、じわりと兎佐美への申し訳なさが滲み出た。

なぜなら、オレたちの教室は四階。購買は一階。そして、中庭は一階にあり、購買と中庭はほぼ隣のような位置関係である。
オレが昼飯を買いすぎたばかりに、兎佐美に昼飯を持つのを手伝わせてしまった。つまり、中庭に用のある兎佐美にはかなりの手間をかけさせてしまったということだ。

だが、兎佐美に手伝わせてしまったというよりは、兎佐美が手伝ってくれたという方が近く、オレが昼飯を買いまくり、ひとりで持ちきれなくてどうしようかとやや戸惑っていると、兎佐美が何も言わず、持ってくれてそれで──という流れである。

購買から教室に戻る間も、慌てた様子は見せず、終始穏やかで嫌な顔ひとつしなかった。

お人好し過ぎるというかなんというか。
だから余計に負い目の様なものを感じてしまう。
あの場に兎佐美が居てくれて、手伝ってくれて助かったし、もしもオレと兎佐美が逆の立場だったら、オレも兎佐美と同じことをしたと思う。

兎佐美がしたことは、善意の押し付けなどではなく、純粋な親切心。
実際、ただオレが兎佐美に申し訳ないと感じているだけで、兎佐美はオレに対して迷惑をかけられたなんて少しも感じていないのだと思う。

そう。オレが勝手に負い目を感じているだけなのである。

ため息をつきながら、中庭へ向けていた視線を切り、廊下へと戻す。
他人の善意を素直に受け取れず、ひねくれた自分の面倒くささに呆れながら、再び歩みを進めた。





※誠凛の校舎の構造は捏造です。(実際どんな感じなんでしょう……。設定資料集とかあるのかな……)

▼あとがき
火神君は興味あるものと無いものの差が激しいイメージがあるんですよね……。(解釈違いでしたらすみません……)
あと夢主ちゃんが火神君にお弁当を上げたのも、火神君に好意があるとかではなく、ただの善意です。

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