第1Q:隣の席の子-01

その日は朝から最悪だった。


「……火神君、うるさいです。いい加減静かにしてください」
「わーってるよ!!止めたくても止まらねぇんだよ!!!」


黒子に指摘され、堪らず言い返す。
しかし、言い返したところで状況は何も変わらない。寧ろ、余計なエネルギーを使ったせいで、状況はさらに悪くなっている気さえする。


「そもそも火神君は燃費が悪すぎます」
「うるせぇな!お前は逆に食わなすぎなんだよ!」


言い返すまいとしても、苛立っているせいもあり、つい言い返してしまう。
オレだって、止められるものなら止めたい。
しかし、どう頑張っても、腹が減れば腹は鳴るのだ。──


今日は朝練があった。
それは別に良い。確かに、いつもより早く起きなくてはならないし、キツイと思うことが無いわけでは無いが、それでもバスケが出来るのだから、それくらい大したことではない。
問題はそんなことではなくて、そのあと。

単純に、朝練後に食べる用のパンを忘れた。

調達しようにも、購買が開くのは昼だし、授業前に、学校の近くにあるコンビニへ買いに行くような時間もなかった。
お陰で一限目はずっと腹が鳴っていた。
いつもなら爆睡している一限目は、今日は腹が減りすぎてそれすらも出来なかった。
取り敢えず気を紛らわせようと水を飲んでみるが、当然食欲が満たされる訳もなく、腹の音は虚しく鳴るだけだった。

万策尽きた。
今のオレに出来ることはもう何もない。
出来ることといえば、午前中あと三時限、ただひたすらに我慢することだけ。
「だけ」と言ったが、あと三時間、この空腹という不快感に耐えなくてはならない。正直そんな自信はないし、その前に腹が減りすぎて死ぬ気しかしない。
絶望を感じていると、横から弱々しい声が聞こえた。


「か、火神君……!」


声のする方へ顔を向けた。


「えっ、と……」


オレの隣の席でクラスメイトだってことは分かる。しかし、名前も知らない女子。(正確には覚えてない。)
そいつとは話したこともないし、そもそもオレは女が苦手だし、そいつの言葉に反応するだけで精一杯だった。

薄茶色に少し桃色を混ぜたような長い髪を低い位置で二つに結い、垂れた桃色の瞳は遠慮がちにオレを見つめている。
日本人の大体はオレよりも小さいが、そいつはその中でも更に小さい気がした。
カントクよりも小さいか?と思っていると、そいつは言った。


「あの……、……私のお弁当食べる?」
「っ!!いいのか!!?」


頭で考えるよりも速く言葉が出ていた。
それ程に今のオレにとっては救いのような一言だったのだ。
食べてもいいのなら食べたい。少しでもこの不快感から解放されたい。
しかし、一度冷静になってみると、他人の弁当を食べるのはどうなのだろう。

弁当は普通、昼に食べるもので、つまりはこいつの昼飯な訳で。もしもオレが食ったら、こいつの昼飯は無くなるってことだ。
オレは言った。


「いやでも、そしたらお前が……」


歯切れの悪い返事をすると、そいつは慌てたように言った。


「だ、大丈夫…!今日は購買で何か食べたい気分だったから…!」


鈍感と言われるオレでも流石に分かった。
こいつのそれは、オレに気を使わせないようにするための嘘だと。
オレはどうするべきなのだろう。

こいつはオレの隣の席だし、黒子が「うるさいです」と言うくらいにオレの腹が鳴っているのを知っているはずだ。
だとしたら、こいつがオレに、弁当を食べるかと聞いてきたことも、オレに気を使わせないように嘘をついたのも、こいつの気遣いなのだ。
そこまでされて断るのも失礼な気がする。しかし、それはただの言い訳みたいなもので、結局は食欲に勝てなかったというのが一番の理由だった。


「なら……」


オレの返事にそいつはホッとしたような顔をしたが、次には申し訳なさそうな表情をした。
曰く、弁当箱が小さくて腹の足しにもならないかもしれない──と。

この状況で贅沢をいうほどオレは図々しくない。
取り敢えず何かを腹に入れられればそれで良かった。

そいつは机横のフックにかけた保冷バッグを机の上に置くと、ハンカチに包まれた弁当箱を取り出し、オレへと差し出した。
礼を言い、それを受け取ってオレは驚愕した。

自分が人よりもずっと食べる量が多いことも、男より女が少食なのも知ってている。
だが、こんなにも少ないものなのだろうか。

弁当箱は二段だが、楕円型のそれはオレの手の半分程度である。
当然、今の空腹を満たすにはとても足りない。
しかし、「流石に小さすぎだろ!」という贅沢よりも、「こいつ、この量で生きていけるのか?」という不安の方が大きかった。


「悪ぃな……、助かる」
「ううん、大丈夫だよ!」


そして、そいつは果物は好きかと尋ねてきた。
「嫌いなものは特に無いし食える」と答えれば、今度は四角い入れ物を保冷バックから取り出した。
所謂デザートだ。
流石に申し訳なさがあり、断ろうとしたが、タイミング悪く盛大に腹が鳴り、ありがたく頂くことにした。

弁当箱を机の上に置き、弁当箱を包むハンカチを解く。
きちんと手を合わせ、「いただきます」と言ってから弁当箱の蓋を開けた。
食べ物を目の前にしてごくりと自分の喉が鳴る。
それと同時に、なんというか、感動に近い感情を覚えた。

アメリカじゃ弁当なんてものはないし、自分でも作ったことはない。スーパーなんかで惣菜や弁当を買ったことはあるが、それとはまた違う。
目の前のそれは、綺麗で、美味そうだった。

箸を手に取り、食べようとした時、また問題が発生した。


──箸も小せぇ!!!


自分の手が大きいのを無しにしても、箸が小さい。
例えるなら、つま楊枝を箸にしているような感覚だ。しかし、食べづらいだけで頑張れば食べられないこともない。
少々悩んでいると、そいつは「ごめんね……!ちょって待ってて!」と慌てて立ち上がり、ロッカーへと駆けていった。
一体どうしたのだろうとぼんやりその姿を眺めていると、いくらもしないうちにそいつは戻ってきた。


「これ使って…!」


渡されたものはビニールで個包装された割り箸。サイズはよくみかける大きさのものの筈だが、ふと目に入ったそいつの手が小さいからか、箸は少しだけ大きく見えた。

それにしても何故こんなものを持っているのだろう。
顔に出ていたのか、箸を持ってき忘れた時用にロッカーに常備しているのだとそいつは言った。


「悪ぃな」


何から何まで、本当に申し訳ない気分である。
受け取った割り箸の袋を開けていると、そいつは自身の鞄から何かを取り出し、そっとオレの机に置いた。
兎柄の巾着袋。ギチギチとまではいかないが、それなりに中身が詰まっていそうだった。


「飴とかチョコしかはいってないんだけど……」


よかったら食べてと言葉を続け、そいつは少し困ったように笑った。
正直ありがたさより申し訳なさの方が勝った。

それでもまず礼を言わねばと、息を吸うが声になることはなく、どこからか聞こえてきた大きな声に遮られた。


「かおるちゃーーんっ!!!」


すると目の前のそいつは、「それじゃあ、私行くね…!」と言い残し声のした方へ駆けていってしまった。
かおるつーのか。
名字は未だに分からないが、後で黒子にでも聞くとしよう。
まずは弁当食べるのが先である。

オレはもう一度手を合わせてから、焦げ目のない綺麗な黄色をした卵焼きを口に運んだ。──





▼あとがき
ご閲覧ありがとうございます!
他の作品もまだ途中なのに新連載してすみません!!
夢主ちゃんと火神君がこれからどう恋に落ちていくか見守っていただければ幸いです!
何卒よろしくお願いいたします!
※因みに夢主は少食ではないです。火神君が大食いなので勘違い(?)というか、そう思っているだけです!
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