第1Q:隣の席の子-03

オレは五時限開始と同時に爆睡した。(授業なんてものはいつも寝ているけれど、今日は腹が減りすぎてそれどそろではなく、午前の授業は全部起きていたから、午後の授業を寝ずに受けるなんて無理だった。)
そんなんで六時限も爆睡し、そして放課後を迎えた。

いつもならさっさと教室を出て体育館へ向かうが今日だけは違う。今日はそれよりも先にやることがあった。


「悪ぃ、すぐ戻る」


隣の席で帰り支度をしている兎佐美に声を掛けてから教室を出る。
人にぶつからないよう気を付けながら走り、部室に一番近い手洗い場へ向かった。
鞄から「ある物」を出し、蛇口を捻り「それ」を水に浸けた。浸けている間に部室で素早く練習着に着替え、部室にあるスポンジと食器用洗剤、ペーパータオルを引っ掴んで、手洗い場へ戻る。

持ってきたスポンジと洗剤を使い、洗い残しがないよう、よく確認しながら「それ」を洗った。
しっかりと洗い、泡を流す。
ペーパータオルで「それ」を拭いていると、小金井先輩と水戸部先輩の姿が見えた。


「うすっ」
「よー!火神ー!……って、それなに?」


挨拶を交わすなり、先輩の目線はオレの手元へと移った。


「何って、弁当箱っすけど」


オレが洗っていたのは兎佐美の弁当箱。
兎佐美を待たせてしまうことにはなるが、流石に食べたまま返すのは気が引けて、それに礼儀としてもどうなのかと思い、こうして洗っているという訳だ。
オレの返事に小金井先輩は困惑したように言った。


「火神ってそんな可愛い弁当箱使ってたの!?ていうかその大きさじゃ絶対足りないよね!??」
「いや、これはオレのじゃねぇ。です」
「は?……え、じゃあ誰の……」
「クラスメイトのなんすけど──」


よし、拭き終えた。
綺麗に洗って拭いた弁当箱を元の状態に戻し、最後にハンカチできちんと包む。
小金井先輩は何か言いたげな顔をして震えていたが、その理由を聞いている暇はない。
弁当箱を返しに行くんですんませんと、無理矢理会話を断ち、オレはその場を後にした。

走って教室へと向かう。
窓からは、昼と夕方の間のような薄いオレンジ色の陽が射し込み、人が行き交い賑やかな廊下も放課後になれば閑散としている。
朝練やらで人より早めに登校した時も、同じ様に人がいなくて静かだけれど、放課後はそれとはまた別の静けさを含んでいる。見慣れた場所な筈なのに、こうも違って見えるのかと、妙な感覚である。

走ったせいで少し上がった息を整えながら教室に入る。「ふぅ…」と、ついた息が教室内に響いた。
違和感を覚え教室を見渡す。
そこには誰の姿もなかった。


「兎佐美?」


試しに名前を呼んでみるが当然返事は返ってこない。
兎佐美には、弁当箱を洗って返すから教室で少し待っていて欲しいと伝え、彼女も分かったといって了承してくれたはずなのだが。(五時限が始まる前に兎佐美と少し話した。)

待たせ過ぎて帰ってしまったのだろうか。あるいは急用が出来たのか。
どちらにせよ、兎佐美は何も言わず帰ってしまうようなタイプでは無さそうだし、帰ってしまったのなら書き置きでもあるだろうか。
予想外の状況に困惑しつつ、兎佐美の席へと向かった。


「(あれは……)」


近くまで行くと、兎佐美の机側面のフックに鞄が掛かっているのが見えた。
どうやら兎佐美はまだ学校にいるようだ。
安堵しつつ、でも兎佐美本人はここに居ないし、どうするべきかと悩んだ。
取り敢えず自分の机の上に洗った弁当箱を置き、もう一度廊下へと出た。

静まり返った廊下に自分の足音が響く。その音は重なり、不思議な音を奏でた。


「…火神君!?」


聞き覚えのある声。声のした方を振り向けば、探していた姿があった。
教室に居なかったのは、トイレにでも行っているのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。待たせてごめんなさいと言いながら小走りをする兎佐美。その腕には大きめの段ボールを抱えている。

何だかその様子が転びそうで危なっかしく、オレは兎佐美の方へと駆け寄った。
大きく見えた段ボールは、よく見れば普通の大きさで、兎佐美が小柄過ぎて大きく見えただけだった。
これも「そう見える」だけかもしれないが、重そうに見えて、オレは言った。


「持つ」


兎佐美の返事も聞かず、自分の腕に荷物を移す。
おろおろする兎佐美に、「これ、教室でいいんだよな?」と聞けば、「、うん…!」と小さく頷いた。
兎佐美は、オレを待たせた上に荷物を持たせてしまったと謝り、その後に「ありがとう」と言った。


「別にいいって」


オレは待たされたとも、荷物を持たされたとも思っていない。
どちらもオレが勝手にやったことだし、兎佐美が気にする必要はない。


「つーか……これ何が入ってんだ?」


見た目の割にずっしりとした質量がある。重くもないが、決して軽くはない。
聞けば、中身は教科書らしい。入学時に間に合わず、遅れて届いた分だとか。
何でまたそんなことを──と思っていると、顔に出ていたのか、兎佐美は経緯を話し出した。

帰り支度も終わり、一息ついた所に担任が教室にやってきて、兎佐美と目が合うなり、理由も説明せず「ちょっと職員室まで着いてきて」と。言われるがまま着いていけば、「これ教室に運んどいて!じゃあよろしく!」と、頼まれたのだとか。


「なるほどな」


その状況では断るに断れなかったのだろう。

しかし、その状況で仕方無しにやるにしても、オレなら「あのクソ教師」と愚痴のひとつでも溢すが、兎佐美は何も気にしていない様子で、纏う雰囲気は穏やかである。

なんというかこいつ……。従順すぎるというか、人が良すぎるんじゃないか……?

教室に着き、持っていた段ボールを教卓に置く。
そしてオレは兎佐美に何か言われる前に言った。


「で、まだあんだろ」


兎佐美の肩が小さく揺れる。
当たりのようだ。
クラス全員分の教科書が、この段ボール一箱に収まるわけはない。最低でもあと二箱はあるだろう。

教室にある時計をチラリと見る。
部活開始の時刻まで、まだ余裕はある。
宇佐美の横をすり抜け、入ったばかりの教室を出た。


「っ、!火神君……!」


職員室へ向かう途中、兎佐美は、部活は大丈夫なのかと聞いてきたが、まだ平気だと伝えれば、それ以上何も言ってこなかった。

兎佐美を手伝うことにした理由は特にない。
強いて言うなら、兎佐美ひとりでやるには大変そうで、且つ自分が手伝える状況にあったから。
ただそれだけの理由である。
弁当の礼だとか、借りを返すだとか。ここはひとつ恩を売っておこうなどという気もない。相手が兎佐美だからという訳でもない。

「道端で転んだ人がいたから、立ち上がるのに手を貸した」のような、その程度の感覚。
例えばこれが、「雨の日、自分の傘を、傘を忘れた人間に貸す」とうのなら話は変わってくる。自分が濡れてまで傘を貸すような事ならしない。

オレが兎佐美を手伝うことにしたのは、それをしても、何か不利益を被るわけでもないから。

困っていたから手を貸した。
そこに深い意味も理由も感情もないのだ。


そして職員室前の廊下に辿り着くなり思わず声が洩れる。


「……お前な」


オレの呟きに、兎佐美は小さな肩を更に小さくして、申し訳なさそうに俯いた。
オレたちのクラスである「1B」とマジックペンで書かれた段ボール、計六箱。

職員室は二階にあり、オレたちの教室は四階。距離としては遠くもないが決して近くない。
これを兎佐美ひとりに頼む担任も、これをひとりでやろうとする兎佐美もどうかしている。
特に兎佐美。ひとりで七往復もするつもりだったのだろうかと、お人好しもここまで来ると呆れてしまう。


「ほら、さっさと終わらせんぞ」


運ぶものが沢山あったからこそ、兎佐美は全部ひとりでやろうとしたのかもしれないと思いながら、オレは段ボールを持ち上げた。



▼あとがき
火神君は優しい人だけど、本人は無自覚だと思っています。あと、結構周りのことちゃんとみえてるよね、そーゆーとこ好きです。
だから、自然にイケメンムーブしてるイメージがあります!優しい火神君大好き!!!!
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