05.夜明けの始まり
オレ達は今、他の木よりも背の高い大きな木の上に座り、その景色をただただ眺めている。
目の前に広がる自然はどこまでも続いており、まるでオレ達だけがこの世界に存在しているのではないかと思ってしまうほどだ。
人間の世界は此処と違って色鮮やかだった。此処から見えるものといえば、草木に空に星や月だけ。ココが好きな、でかい音がして星じゃないのに紺色の空でキラキラ光るアレも此処にはない。森にしかない色も沢山あるが、人間の世界の方が森よりも沢山の色を持っているように見える。人間から見たら、オレが綺麗だと思っているこの景色も人間にはつまらなく見えるのだろうか。気になって、膝を抱えたまま動かず、じっと座っている人間に目をやった。
昨日とは違う少し欠けた月が、オレ達を照らしており、そいつの顔がよく見えた。丸い目をパチパチと動かすと、今度は牙の無い口が動いた。
「私ね。婚約者に裏切られたんだ。それから妹にも。」
人間とポケモンの世界は違う。だから、知らない言葉が沢山ある。コンヤクシャ?何を指すのか想像すらつかず、首をかしげた。
「番……っていった方があなた達にはわかりやすいのかな……。その婚約者は私と番になる筈だったの。」
そいつは、ぽつりぼつりと言葉を紡いだ。やはり、分からない言葉な多く、全部は理解できなかった。オレが理解できた範囲で分かったのは、こいつと番になる筈だったオスは別の番を作って、タマゴまでできていた、ということだ。
「ずっと待ってるって言ってくれたのに」
どこまでも遠くを見つめる青い瞳が、きらりと光った。溢れそうになるそれを必死に堪えている様に見えた。瞬きをすると、容量を超えたそれがひとつこぼれ落ちた。
輝くそれは、ココのとはやはり違った。ふと、それは温かいのか、冷たいのか。将又、もっと別のものなのか。それがどんなものなのか触れてみたくなった。
ゆっくりと手を近づけたが、オレの手が届く前に、それはそいつの頬から滑り落ちて消えてしまった。
「ここはとても綺麗なところね」
俯き気味だった視線が、上へ向けられた。歪んでいた口は、緩く綺麗な弧を描いている。
「こうしていると、あなたと私しか居ないみたいに感じる。とっても不思議ね」
オレは、人間は人間。ポケモンはポケモンと割り切って考えすぎていたのかもしれない。
弱いポケモンが強いポケモンを恐れるように、人間も人間を恐れ、同じ景色を見て同じ様に感じることが出来る。全く同じ存在でないが、全く違う存在でもない。ポケモンと人間は似ているのかもしれない。と、この人間をみて思った。
「何だか私の悩みなんか小さく思えてくる」
広がる大地に向けられていた目線が、オレをとらえた。青色の瞳から失われた正気は活気を取り戻していた。
「昨日は助けてくれたのに、どうして、なんて言ってしまってごめんなさい。
あの時あなたがあそこに居てくれてよかった。あなたがいなかったら、私が今見ている景色を見ることは無かったから……」
明るかった目の色が、少しだけ暗くなった。しかし、次には笑顔を見せて言った。それは、昼の空の元に咲く花に似ていた。
「ありがとう」
目の前がチカチカと光って見えた。星が降ってきたのかと思ったが、星は変わらずにオレたちの頭の上で輝いている。
「優しいポケモンさん。もう少しだけこの森にいてもいいかしら?あなたには迷惑をかけてしまうけれど……。
心の傷が癒えるまでは……」
オレは頷いた。本当は長老や仲間達に相談をしてから決める事なのに。人間と良い関係を築くことには賛成だがこれは違うと、言われるだろう。
でもオレは、もう少しこの人間を知りたかった。他の人間とは違うこの美しい輝きを放つ人間を。
そいつはまた、ありがとうと言った。ーー
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