04.開けない夜

 要らないと言っていたのに、食べ始めるとホシガリスに負けない勢いで、その小さな体にきのみを収めていった。正気の感じられなかった昨日とは異なり、どこか活気を感じる。僅かではあるが。
 鬱陶しかった腹の音はなくなり、苛立ちすら感じていたオレは、静かになって満足だ。気が付けば、残っていたきのみは跡形もなく消えていた。



「ごめんなさい……。ここ最近何も食べてなかったから……」



 俯き気味にそいつは言った。そりゃあ、あれだけ腹は鳴るもんだ。妙に納得してしまった。しかし、どうして数日間も食べていなかったのだろう。そこまでは分からなかった。



「あなたのお陰で少し元気になったわ。ありがとう」



 また笑った。その表情からは、とても自ら命の火を消してしまおうとしていた人間と同じとは思えない。
 先程まで寝転がっていたホシガリスが自分も自分もと跳ねた。そいつはまた、ふふっと笑って、「そうね、あたなのお陰でもあるわね」と言ってホシガリスの頭を撫でた。ホシガリスの幸せそうな顔は何度も見てきたが、ここまで幸せそうな顔をしているのは見たことがない。頭を撫でられるのはそんなに心地がよいのかと興味を持った。



「フシュッ!!」



 うっとりと目をつぶっていたホシガリスが、何か思い付いたように丸い目を開いた。ホシガリスはこの人間が相当気に入ったようで、森を案内しよう何て言ってきた。おいおい、冗談だろう?
 オレはこの後こいつを人間の村へ連れていこうと思っていた。迷ってもあんな森の奥に来るのは難しいが、本来居るべき場所に返す予定だった。只でさえ仲間に何か言われる状況なのに、人間に森を案内する?リーダーに見つかりゃどうなるか分からねぇ。
 リーダーは、厳しいがそれと同時に仲間思いだ。だからあの掟に逆らうような事は絶対に許さなかった。
 今はそれが掟ではなく、人間との距離になった。リーダー自身、人間を信じているが信じていない。あの様な事が二度と起きないように。そして、仲間が傷付かないように。その人間の見極めをリーダーはしているのだ。オレも考えは同じだから、今回の事をどう言われても仕方がない。
 夜の森で人間を見つけて助けただけなら、兎も角にも。意識はなくても直ぐに人間の村に連れていくことは出来たはずだ。だがオレはそれをしなかった。あの時と変わらず、ただ放っておけないという理由で。
 この際もう何をしても同じか。それに陽はまだ高い。夜になる前に人間の村に帰せば良いと、オレは諦めてホシガリスの提案に乗ることにした。
  



 森の案内をしようと言われたが、オレは付き添いの様なものだった。ホシガリスが気の向くままに、その人間を色々な場所に連れていった。きのみの成る木が沢山ある場所、一面に花が生えた場所他にもたくさん。
 オレはぼうっとそれを眺めていたが、川に来た時は体の奥ががざわついた。この川は浅く、ホシガリスのような小さなポケモンがよく水浴びをする場所だ。昨日の事を知らないホシガリスが、早く早くと急かしたが、オレは慌ててその人間を止めた。また同じことをするのではと、恐ろしくなった。
 その人間と川の間に立ち、人間の肩を掴んだ。青空と同じ色の瞳には、牙を剥き出し、鼻には皺を寄せ、鋭いを目した自分が映っていた。かつて自分達より弱いポケモンにしていた顔に似ていた。オレたちがそうすると、ポケモン達は決まって震え上がり、一目散に逃げていく。
 はっとした。そんな顔をするつもりはなかったから。慌てるよりも前にそいつは首を降り、それから真っ直ぐにオレを見た。怯えるどころか、寧ろ落ち着いている。オレの顔とは反対に、その人間の表情はどこまでも穏やかで、力を込めていた手の力がすっと抜けていくのを感じた。
 そいつはオレの腕に触れながら言った。



「大丈夫。もうあんなことはしないわ。約束する」



 ほっとするのと同時に、信じがたい推測が当たっていたことに背筋が震えた。やはり、この人間は、自ら溺れようとしたということ。それはつまり……。
 何処からかやってきた風が、白銀の髪をなびかせる。初めて見た、美しい輝きは鋭い光を放っていたが、今はどうだろう。日溜まりのように心地よくやわらかい。なんとなく、この人間の色はこちらが本当の色だと感じた。



 ホシガリスに散々連れ回され、奴の気が済んだのは陽が随分と傾いた頃だった。オレはこいつを人間の村まで連れていくことを伝えると、ホシガリスは頬を膨らませた。 
 しかし、ホシガリスも分かっているのだろう。それぞれにはそれぞれの住む場所があることを。
 ホシガリスは、人間の足の周りをくるくると走ると、そのまま森の奥へと姿を消した。ホシガリスは森に来る人間の近くによることはあるが、自ら人間の村に近づくことはあまりしない。やはり、お互いの住む場所ってのが分かってるんだと思う。
 ホシガリスは行っちまった。あとは、こいつを帰すだけだ。ゆっくりとその人間を自分の片腕に収め、反対の腕から蔓を伸ばし木を渡った。その間怖がることも暴れることもなく、そいつはただじっとしていた。
 人間の村の着く頃には陽はすっかり落ちていた。人間の村は夜になると光るから、どこにあるか直ぐに分かる。後少しで辿り着くってところで、そいつはオレの体を掴んだ。その手はぶるぶると震え、昼間に見せた真っ直ぐな瞳は、ぐらぐらと揺れている。目の輝きは今にも溢れ落ちそうだった。



「帰りたく、ない……。帰れない……」



 オレにしがみつくその人間は、手だけではなく体まで震えている。強く握りしめられているが、その手は何故だか弱々しく感じた。
 引き剥がすにも無理そうだし、あんな顔をしているやつを放ってしまえるほどオレは薄情でもなかった。
 帰れない理由は分からない。ただ、この人間は人間を恐れていることだけは分かった。
 空いている方の手を、オレの胸に顔を押し付ける人間の頭の上に置いた。一度だけびくりと肩が跳ねたが、その後は徐々に震えがおさまっていった。
 手の隙間からそいつを見ると、白い肌が光って見えた。あぁ……泣いているのか。
 ココが泣いたときですら泣き止ませられないことがほとんどだったというのに、この人間をオレが泣き止ませるのなんて絶対に出来ない。オレに出来ることといえばこいつのいうことを聞いてやるだけだ。
 オレは人間の村に背を向け、来た道を戻った。


ーー夜はまだ明けそうにない。




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