03.甘い香りは

 生きてりゃあ腹は減る。それは目の前にいるそいつも同じ様だ。腹から大きな音が出たかと思うと、そいつは顔を赤くした。光を失っていた瞳は、少しではあるが光を受け入れたように見えた。
 朝飯だと思いながらも、それになるような物はない。ココの提案できのみのなる木を家の近くで育てた。ここから遠くはないが、正直こいつがまた何かするのではないかと思うと目を離すが怖い。きのみの場所まで連れて行くか?と考えていると、見慣れた小さいものが現れた。ホシガリスだ。
 こいつはオレらザルードとは異なり、可愛らしい見た目をしている。叫んだり震えたりはしていないものの、その人間はどこかオレに対して警戒しているように見える。そりゃあ自分より大きいポケモンを恐れることは当たり前だ。それは自分が良く分かっている。
 幸いなことに、ホシガリスも人間もお互いの事を警戒してはない様だし、ホシガリスはきのみを持ち歩くやつだ。きっと今もそうだろう。きのみを持ってくるからそれまでこの人間にきのみを分けてやれと言うと、ホシガリスは珍しく素直に頷き、代わりに大量のきのみを要求してきた。
 目を離した隙に、巣から落ちて怪我どころはない事をされては堪らない。仕方がない。行くとするか。
 オレはちらりと人間に目をやってから巣を出た。



*  *  *



 巣に戻ると、そこには予想もしない光景があった。ホシガリスが人間の膝に乗り、満足げそうな顔をして撫でられていた。人間慣れしていることは知っていたがここまでとは。
 あの一件で、いい人間もいれば悪い人間もいると知ったはずだが、これは流石に警戒しなさすぎだ。何あってからでは遅い。ホシガリスのためにも後で言い聞かせた方がいいだろう。
 ホシガリスはオレの存在に気付くと目を輝かせた。オレはとってきた大量のきのみを人間の前に置いた。ホシガリスは次から次へと頬張って行くが、その人間はきのみを見つめるばかりで食べようとする気は一切手を着けようとしない。
 きのみを食べている人間はよく見るから、食べられるはずなのだが。適当にきのみを差し出すと、その人間は首を降った。陽を受けた髪がまたきらきらと輝いた。



「お腹は……減ってるんだけど……。その、食欲がなくて……。
だから、大丈夫よ。ありがとう」



 そいつは笑いかける様に言ったが、その表情はどこかぎこちない。腹が減っているのは間違いないが、本人にそう言われてしまうとそれ以上どうすることも出来ない。そいつが食べるはずだったきのみを自分の口に放り込んだ。
 そいつはオレやホシガリスが食べている様子を穏やかな表情で眺めていた。ホシガリスは全く気にしていないが、見られているこちらはどうにも落ち着かない。だが、出会った時の表情と比べれば今の方がずっと良い。それに、あの『嫌なにおい』もいつの間にか消えていた。

 山ほどあったきのみは随分と低くなり、ホシガリスも満足したのか、真ん丸のお腹をさすっている。いい食べっぷりだったねーと、言いながらそいつはホシガリスの頭を撫でた。
 相変わらずそいつはきのみに手を着けようとしないが、こうもずっと腹を鳴らされるといい加減鬱陶しくなってくる。腹が減っているのに食べない理由がオレには分からない。
 ふと、その人間と目があった。



「折角持ってきてくれたのにごめんなさ……」



 オレは近くにあったモモンのみをその人間の口に押し付けた。それと同時に、シャクという小さな音が聞こえ、そいつはモモンのみに手を添えた。どうらや食べたようだ。
 きのみを飲み込むとそいつは言った。



「あなた……優しいのね」



 その顔は確かに心からの笑顔だった。

 その時に香った甘いにおいは、モモンのみなのかそれともまた別のものなのかオレには分からなかった。
 

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