01.それはまるで月

 ココがこのジャングルを出てからどれくらい経っただろうか。息子の成長を喜ばしいと思いながらも、ふとした時に寂しさが溢れ出る。それと同時に、元気にやっているか、怪我はしていないか、お腹を空かしてはいないかと不安を感じる。これが親心というのだろうか。
 一時期は群れから抜けたものの、例の一件からは再び群れに戻ることを許された訳だが、常に仲間と共にという訳ではない。掟の本当の意味が解ったこともあり、以前ほど仲間と行動することは少なくなった。

 ふと空を見上げれば、青白い月は綺麗な円を描き、静かに輝いていた。夜も深くなり、仲間はちらほら寝ているが、なんだか寝付けそうになくオレはそっと神木から離れた。

 夜の森はいつにも増して静かだ。昼にはそれほど聞こえない自分の足音が、夜ではよく聞こえる。
 神木から降りれば、所々に背が低く、かつ細い木が見えてくる。森を破壊された跡だ。あの時のことを思い出し、オレは無意識に脇腹に手をやっていた。
 ココは人間。ココのトモダチも人間。森を破壊し、オレたちを傷つけたのも人間。そして、森を元に戻そうとするのも人間。人間には色んなやつがいる。良いやつも悪いやつも。
 でもそれは俺たちも同じだ。他のポケモンからしたら、食料を奪い、荒らし、力を奮う俺たちはあいつらにとったら悪いやつだった。だから、あの頃の償いっちゃなんだが、食べ物を分け与え、困ってる時には手を貸した。
 かといって、過去の行いが消える訳じゃない。オレたちが未だに人間を警戒するのと同じように、小さいポケモン達の中にはまだオレ達に怯える奴もいる。互いが共に仲良く暮らせるようになるのは、この小さい木々がどれくらい成長した頃になるだろうか。

 そんなことを考えていたら神木から随分と離れた所まで来ていた。まだ眠れそうにないがそろそろ戻ろうかとした時だった。夜風は、冷気と共に別のものを運んできた。

ーーな、んだ……?この『におい』は……?

 森がざわめき始めたように感じた。理由は分からない。ただじっとしていられず、オレはその『におい』を頼りに走り出した。ただ、早くしなければと、危機感に近い妙な胸騒ぎがした。




 たどり着いた場所は川だった。満月の光を受けて、川面はきらきらと輝いている。そして、そこには異質の光を放つ何かがあった。


ーー人間だ。


 真っ白な人間だった。頭の先から爪先まで。
 光を受けた髪は、今日の月と同じ色をしているが、同じではなく、月よりももっと煌めいている。ココよりも色の白い人間には沢山見てきたが、その中でも見たことがない程に白い。

 色んな人間を見てきたが、特に何も感じることはなかった。顔の違いは分かるし識別も出来るが、それだけで、それ以上の感情はなかった。


 だが、そいつを見たとき、初めて人間を『美しい』と思った。


 でもなぜだ?なぜこの美しい人間から『嫌なにおい』がするのだろう。胸のざわめきは一層激しくなるばかりだ。

 下を向き、川のほとりでピクリとも動かなかったその人間は、ゆっくりと動き出した。
 一歩、また一歩と川へと進んで行く。俺たちの様に水浴びをするのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。水が顔の位置程になっても歩みを止める気配はない。
 いや、そんなはずはない。そう思った瞬間、その人間は完全に川の中へと姿を消した。

 その後の事はよく覚えていない。気付けば腕の中にその人間を抱えていた。その人間は今まで触ったどんなものより冷たかった。恐ろしい程に。


 オレたちポケモンは日々を精一杯に生きている。だから、川で遊んでいたら溺れてしまうとか、それはよく起きることだ。しかし、自ら溺れに行くような、命を落とすようなことはしない。

 だか、この人間は?水を飲んでしまい激しく咳き込むこいつの目は酷く虚ろげで、はじめてみる目だった。呼吸が落ち着くとそいつはいった。



「どう、し、て……?」



 そう言って、そいつは気を失った。


 『嫌なにおい』の正体。それは間違いなく『死のにおい』だった。ーー






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