14.密林の花嫁

「ねぇ、今日は何処へ行くの?」

 腕の中の存在は、きらきらとした笑みを浮かべながら言った。
 こいつのシゴトがない日は、森の色んな場所へ行く。特に目的もなく何となく並んで歩いたり、普段行かない場所へ行ったり、ポケモンを助けたり、ポケモンたちと遊んだり。いつもなら成り行きであちこちへ行くが、今日だけは違った。
 これからしようとしている事を考えると、期待と希望で胸が膨らむのを感じた。しかし、それと同じくらい大きな不安が渦巻いている。
 オレが今から連れていく場所、しようとしていることを、彼女は受け入れてくれるだろうか。一方的に押し付けているだけなのではないか。彼女が喜んでくれなかったらどうしよう。考えはじめればキリがない。
 それでも、オレにはこの方法しか思い付かないから。どうしてもオレの気持ちを伝えたいから。
 さっきより少しだけ強く、腕の中の存在を抱きしめた。



* * *



 目的の場所にたどり着き、オレは彼女を地面に下ろした。
 目の前に広がる光景はとても眩しくて、目を細めた。
 此処は彼女と来たいつかの花畑。オレがはじめて花を綺麗だと思ったのはこの場所だった。
 足元に咲く黄色い花はあの日のことを思い出させた。その花も、この風景もあの時と変わらぬ美しさで輝いている。しかし、オレの心を掴んだ銀色には敵わない。
 その銀色の髪を遊ぶように柔らかな風がそれをさらった。ふわりふわりと漂い、太陽の黄色い光を浴びてさらに煌めきを増す。「美しい」とはこういうことを言うのだろう。
 顔にかかった髪を耳にかけると、彼女はオレの方を振り返った。

「ここは、あなたが初めて私に花をくれた場所ね」

 少しだけ頬を染め、にっこりと笑う彼女と目が合い、胸の奥がかっと熱くなるのを感じた。その瞳は、いつかオレに「愛している」と言った時と同じ目で。この人間と、オレの思い出が重なるだけで、想いが重なるだけでこんなにも嬉しくてたまらない。
 先程まで抱いていた不安はどこかへと消えていた。
 こいつに出会って、オレの世界は変わった。ただそこにあるだけの風景が、ひとつひとつが個性を持って、それぞれの色が鮮やかに輝いて見えるようになった。色んな物が美しいと思えるようになった。辺り一面に咲いているこの花も。
 オレはこの人間に想いを伝えたい。ずっと一緒にいたいと、ずっとここにいて欲しいと。
 そのために花を贈りたかった。今日この日までに、自分の想いを伝えるために彼女に花を送る必要があった。
 こいつがシゴトに行っている間に、森中の花を探して回った。オレが初めて美しいと思った花のように、心を奪われるようなものを探した。しかし、どこへ行っても見つからない。そして今日という日を迎えた。
 そして、今までどんなに必死に探しても見つからない理由がやっと分かった。
 オレは彼女へと一歩近付き、彼女の足元で美しく輝く花をひとつ浚う。その花を見つめ、疑問が確信に変わった。
 彼女がいるから。彼女があまりにも綺麗だから。だから、その周りの物までも美しく輝いて見えるのだと。探しても探しても、はじめて彼女に送ったような美しい花が見つからなかったのは、そこに彼女がいなかったからなのだと。
 花に向けていた目線を彼女へと移せば、美しい青色と目が合い、彼女は少しだけ頭を傾けて優しくオレに微笑みかけた。きゅっと胸が締め付けられるが、胸に痛みはなく何故だかふわふわと温かい不思議な気持ちになる。これが愛という感情なのだろう。

──さぁ、この気持ちを伝えよう

 彼女がオレにくれたような花冠を贈りたかった。でも作り方が分からなくて、あの変な人間やその番であるポケモンに作り方を教わった。でも、オレの手は花に対して大きすぎるし、爪もとがっているせいで、どんなに頑張っても作れなかった。
 落ち込んでいると、あの人間が別の方法でも気持ちは伝えられる方法を教えてくれた。
 オレは持っていた花の茎を輪っかになるように曲げ、千切れないよう、慎重にその輪っかに茎を巻き付けた。
 今まで何本もの花をダメにしてきたが、今回はうまく出来た。嬉しくなって顔をあげると、青い瞳に自分の顔が映った。

「これを私に……?」

 ぐらぐらと瞳を揺らしてそう尋ねる彼女に、オレはひとつ頷き、彼女の白くて細い小さな手をとった。

──「人間にはね、"指輪"って文化があるんだ。それで、指輪を着ける場所によって意味が変わるんだよ。」

 あの人間が教えてくれた言葉を思い出しながら、オレは彼女の指にオレの作った指輪をはめた。

──「君の気持ちを伝えたいならこの指がいいかな。君の気持ちが彼女にきっと伝わるよ」

 左手の薬指を彼女はじっと見つめていた。
 ひゅうと音をたてた風が吹いて、温かな風は俺たちを包む。銀色の糸のような美しい髪が、キラキラと輝くと同時に、オレがあげた薬指の花も光を放つ。

「ありがとう」

 彼女は頬を赤く染め、綺麗に微笑みながら言った。体の奥がカッと熱くなる。オレの気持ちが伝わったのだと、そう思うと嬉しくて堪らない。
 抱き締めたくて、彼女へと手を伸ばそうとした時、彼女はしゃがみ込むとオレの側に咲いた花を数本手に取った。なんだろうと、ぼんやり彼女を眺めていると、彼女はオレの左手を掬い、そして薬指に花を咲かせた。

「私もあなたと同じ気持ちよ。」

 すると彼女はオレの指をなぞりながらぽつりぽつりと語りだした。

「私、ずっと悩んで考えていたことがあったの」

 オレにくれた指輪を見つめる瞳は暗い色をしていて、少しだけ胸がざわついた。彼女は一体何を悩んでいたのだろう。検討もつかずそわそわしてしまう。

「あなたを好きになったのはどうしてなんだろうって。」

 ずしりと重くのし掛かる言葉にぴくりと肩が跳ねた。彼女は青い瞳を瞼で覆った。

「誰よりも信じていた人に裏切られて、そんな人間に愛想をつかして……。それでポケモンであるあなたを好きになったのかどうなのか。あなたを好きになったばかりの時は分からなかった。」

 彼女の言葉を聞いて、不思議な気持ちになった。一言では言い表せない複雑な感情。しかし、それは決して不快なものではない。

「以前、あなたが私を守るために大怪我をして、あの不思議な力を使って私を助けてくれたことがあったでしょう?」

 瞬間にあの時の映像が頭の中に映し出された。
 忘れもしないあの日の出来事。ポケモンハンターに傷つけられる彼女を見て、彼女を失うかもしれない恐怖で怒りで我を忘れ、彼女までも傷つけてしまった時のことだろう。
 爪先にあの生暖かい嫌な感覚が甦り体が震え始め、そんなオレに気付いた彼女はオレの頬を優しく包み、青い瞳にオレを移した。

「あの時あなたを失うんじゃないかって、すごく怖かった。それでやっと自分の気持ちが分かったの」

 遅すぎよね、と眉を下げて笑う彼女の目は温かく、いつの間にか震えは収まっていた。


「私はあなたがポケモンだから好きになったんじゃない。あなたがあなただったから、あなたを好きになったんだって」

 自分達を包む甘い匂いが濃くなるのを感じ、それと同時に、綺麗に微笑む彼女への想いが熱く胸から溢れ出した。
 何故こんなにも彼女の言うことが理解出来るのだろうと、不思議に思ったが、答えはすぐに出てきた。オレも同じこと悩んだからだと。
 リーダーに「お前はココと同じ人間といたいだけなんじゃないか?」と問われ、違うと言いきれず、もしかしたらリーダーの言う通りかもとさえ思った。でも、この人間を失うかもしれないと思った時、目の前が真っ暗になって、震えるほどの恐怖で絶望を感じて、漸く彼女への気持ちに気が付いたのだ。
 オレたちは、同じことを思い、同じことで悩み、同じ気持ちであったのだ。オレたちはどこまでも似ている。そう思って嬉しくなって、彼女を愛おしいと感じてしまうのはオレだけだろうか。
 ぼんやりと彼女の綺麗な青い瞳を見つめていると、不意に頬を包んでいた温もりがなくなり、少しずつ冷えていく頬の熱に寂しさを感じていた。しかし、そんな寂しさは一瞬でどこかへ行ってしまった。
 彼女は白い頬を少しだけ赤く染め、柔らかく微笑みながらオレに手のひらを向けていた。
 オレたちは、気持ちを交えることは出来る。しかし、決して言葉を伝えたり、交わしたりは出来ない。何故なら、オレはポケモンで彼女は人間だから。
 だから、オレは先ほどのように彼女に指輪をあげて自分の気持ちを伝えたように、行動でしか彼女への気持ちを伝えられない。それをもどかしく感じることもあるけれど、だからこそ気持ちが伝わったとき、その喜びをより一層強く感じるのではないだろうか。
 そんなオレの行動のひとつひとつを見てくれて、そしてオレの気持ちを分かってくれる。こんなに自分を理解してくれるのは彼女しかいないのだと、そう思うのだ。
 オレは彼女に差し出された手のひらに自分の手のひらを重ねた。

──愛している

 彼女の気持ちも分かった。そして、オレの気持ちも伝わった。
 でもまだ足りないんだ。
 これからもずっとずっと一緒にいたい。オレから離れないで欲しい。そして、お前を手放す気もないことも。
 その思いを伝えるために、オレはもう一度彼女を抱き上げた。








 そこは彼女のシゴトバにそう遠くない森の中だった。
 辺りは白い花で美しく飾られ、そしてたくさんのポケモンたちがいた。勿論偶然ではない。今日の事を知って来てくれたのだ。しかし、思っていたよりその数は多く、少し驚いていると、背後から声がした。

「やぁ、おふたりさん」

 オレたちの存在に気が付くなり、あの変な人間のオスは言った。そしてオレたちの指を彩る花の存在に気が付くと、「素敵な指輪だね!」と嬉しそうに歯を見せて笑った。

「彼がくれたんです」

 薬指のそれを見つめながら彼女は言った。細められた青い瞳は、温かい色に満ちていてふわふわと心が熱くなる。暫く彼女を見つめていたのだが、彼女は思い出したように言った。

「あの、私、何か予定を忘れていたでしょうか……?」

 普通ではあり得ないこの状況に彼女は困惑している様子だった。
 それもそうだ。何もなければ、こんな風に森を飾ることはしない。彼女は、シゴトの約束を忘れしまっていたのかと慌てていたが、あの変な人間のオスは、「大丈夫!忘れてなんかないよ」と言ってケラケラと笑った。

「主役の君にこんなことさせるわけにいかないし」

 その言葉に彼女は首をかしげた。

「今日は君たちの結婚式だからさ!」

 自分のことのように嬉しそうに笑う人間のオスとは反対に、彼女は顔を青くなり、青くなったかと思えば今度は赤くなって「結婚式だなんて!そんな勝手に!」と怒り出した。
 予想外の反応にオレの心臓が冷たくなっていくのを感じた。
 なぜなら、彼女と結婚式をしたいと言って彼に協力を頼んだのはオレなのだから。
 好きだ。愛している。その気持ちの伝え方は知っている。でも、ずっと一緒にいたいと伝える方法だけが見付からず、悩んでいた時、結婚式という人間の儀式を知った。人間である彼女に、最も分かりやすくこの気持ちを伝える方法はこれしかないと思った。しかし、結婚式とは何なのか。どんな風にして何をするのか、ポケモンのオレには分からず、あの人間に協力を求めたのだ。
 彼女はオレを好きでいて愛してくれている。オレと彼女は同じ気持ちであると。決してオレの一方的な想いではないと先程確かめたばかりで。
 だから、結婚式も喜んでくれると、勝手にそんなことを思っていた。彼女の気持ちを疑っているのではない。オレたちは互いを想い合っている。しかし、彼女はオレを番には選んでくれないのかと、頭の中が真っ白になった。
 あぁ、此処から逃げてしまいたい。だが、その思いとは反対に体はぴくりとも動かず、目の前で繰り広げられる会話を聞くことしか出来なかった。
 半ば放心状態のオレは、そういえば彼女が怒った姿は始めてみるななんて、呑気なことを思った。いつも穏やかな彼女があんなに怒っている。だからこそ彼女は本気で怒っているのだと感じて、体がまたずしりと重くなった。
 しかし、人間のオスは相変わらずへらへらとしていた。

「ほら、君も言ってただろう?彼と番になれたら〜って。結婚式を挙げられたら〜って」
「言いました!確かに言いました!でも……!!彼のことも考えずそんな勝手な……!」

 いつの間にか落ち込んでいた視線を彼女に戻した。
 知らなかった。彼女がそんなことを思っていただなんて。でもそれなら何故こんなに怒っているのだろう。オレたちは同じ気持ちなのに。
 それにあの人間のオスは、彼女がオレと番になりたいと知っていたのか?しかし、そんな話しは彼からは聞かされていない。

「君は彼のことになると本当に熱くなるよねぇ。うんうん!愛し合ってて何より!」
「話を逸らさないでください!」
「まぁまぁ、少し落ち着いて。僕が君たちのことも考えずに勝手にこんなことすると思う?」

 からかうような口調ではあるが、その目は真っ直ぐで、彼女はそれだけで何かを察したのか、ぴたりと体を固まらせた。

「君と番になりたい。君と結婚式をしたい。だから僕の協力を頼んだのは彼だよ。」
「……!」
「それにさ……。彼の気持ちは君が一番よく知ってるんじゃないかな。」

 そう言うと、彼女の左手の薬指を指差した。

「彼はきっと、この先の事も全部覚悟してその指輪を君に贈ったはずだよ。ねぇ、そうだろう?」

 あの人間はオレへと視線をやり、彼女もこちらを向いた。
 オレは迷わず頷いた。
 この先の事。オレたちの関係を否定する仲間の事である。彼女と番になれば群れを抜けるのは当然だし、もしかしたらこの森から追い出されるかもしれない。そうなる覚悟は出来ている。
 だが、この森はココが帰る場所であり、仲間に出ていけと言われても、この森から出ていく気もない。皆がオレたちを理解してくれるのには時間は掛かるだろうし、その間辛い思いもするだろう。
 それでもオレは彼女と共に生きていきたいと思っている。

「男がそこまで覚悟を決めたんだ!だから、彼のその覚悟を受け取ってやってよ。それに君だって、疾っくの疾うに覚悟は出来てるんだろう?」

 彼女は何かを考えるように左手を胸にあて、その上に右手を重ねた。俯いており、彼女の顔は銀色の髪に隠れて見えない。
 ただなんとなく、その髪に触れたくなって手を伸ばした。しかし、それに触れる前に指先が温かいもので包まれ、煌めく青い双眼と目が合い、次には胸から熱い感情が溢れ出た。

「私もあなたと番になりたい。これから先もずっと、この美しい森であなたと一緒に生きていきたい。」

 真っ直ぐにオレを見つめるその瞳は今まで見た中で一番美しかった。その目にオレを映してくれていることが嬉しくて、そして想いが繋がったことが幸せで堪らなくて自然と顔が緩んだ。
 彼女の白い頬を撫でながらゆっくりと頷けば、彼女もまた嬉しそうにふわりと微笑む。その笑顔に美しいと見惚れていられたのも束の間。肩に突然僅かだが重みを感じた。

「ふしゅ!」

 ちらりと首を回すと肩にはホシガリスが乗っていた。小さな手でオレの肩をばしばしと叩き、よかったねと言ってニコニコしている。ココの時のように、こいつならきっと彼女との関係も受け入れてくれると思ってはいたのだが、それでもやはり受け入れてくれたことが嬉しかった。
 そして足元にはたくさんのポケモンたちがオレたちを囲むようにして、わっと集まった。どのポケモンも笑顔で「おめでとう」と繰り返し、ぴょんぴょんと跳ねている。
 彼女もみんながオレたちを受け入れてくれていると分かったようで、頬を赤く染めながらも困惑している様子だった。
 そんな彼女を見てあいつは言った。

「僕のお嫁さんがポケモンだから君たちの結婚を勧めた訳じゃない。ほいほい勧められるほど簡単なものではないからね。」

 その顔や口調は優しいものだったが、その言葉は重く響き、ここに至るまでには想像も出来ないような困難があったのだと感じさせられるものだった。

「それでも勧めたのは、この森とこの森のポケモンたちなら君たちを受け入れてくれると思ったからだよ」

 そう言ってあの人間は穏やかに笑い、言葉を続けた。
 今ここにいるポケモンは、オレたちが番になる儀式すると知っている。
 彼女がオレを選んでくれて、番になれたとして、「番になった」と事後報告するのは不誠実な気がして、数日前から皆には彼女と番になりたいことと、その儀式をすることを話した。
 それと、結婚式というやつは、たくさん者から祝われるものらしく、もしもオレたちを受け入れてくれるのなら、その儀式に来て欲しいということも伝えた。
 そうしてオレの話を聞き、頑張れと応援してくれるやつや、結婚式の手伝いをしたいと言ってくれるやつもいた。しかし、驚いて固まってしまうやつがほとんどで、そいつらには、今すぐ受け入れてもらおうなんて思っていないことと、これからゆっくり受け入れてもらえるような努力をしていくことを告げ、まだ話をしていない森のポケモンたちの所へと向かった。
 どのポケモンたちも決して否定的な反応ではなかったが、肯定的でもなかった。だから、今日ここへ来てくれるのはほんの数体だと思っていたのにほぼ全員がこの場に来てくれて、オレたちを囲みながらおめでとうと声をかけられているこの状況に自分自身も正直驚いている。
 この場所をこんな風に綺麗に飾りているのも、あいつやあいつの番だけでなくここにいる皆が手伝ってくれたからなのだろう。温かい思いに包まれ、胸の中が熱くなった。
 彼女は今日に至るまでの話をあいつから聞いて目を丸くしたが、聞き終えるとふわりと微笑んだ。
 あの人間の番がポケモンだと知った森の仲間は、オレたちと同様に彼らを受け入れ祝福した。「僕たちのことも受け入れてくれるの?嬉しいなぁ!ありがとう!」と、顔を緩ませるあいつを見ていると、同じ境遇の者だからか、オレも嬉しいと思った。
 そうして穏やかな時間が流れる中で、これからのことを考えていた。
 この場にいるポケモンは、オレたちを認めてくれている。そして、この場にいないポケモンは、その反対ということになる。
 キョロキョロと辺りを見渡してみるが、群れの仲間の姿はひとつもない。つまりは、まぁ。そういうことだ。
 そうなることは予想していたし、それ故の覚悟である。オレたちのことを反対して、儀式をさせまいとこの場を滅茶苦茶にされなかっただけまだいいのかもしれない。
 だから今は、この場にいる皆がオレたちを認め、祝ってくれてる幸せだけを感じることにしよう。
 しかし、わいわいと明るかった雰囲気が急に重く変わり、誰もが口を閉ざし一点を見つめていた。
 皆の視線はオレたちの後ろにあり、オレはその視線の先へと振り向いた。








「……リーダー」

 そこにはリーダーを先頭にし、群れの仲間がいた。リーダーの鋭い目線がオレを刺し、半ば反射的に彼女を自身の背に隠した。
 この場に来てくれたということは、オレたちを受け入れてくれて祝ってくれるのだろうか。しかし、そんな雰囲気ではなかった。
 空気はピリピリと張り詰め、額にじわりと汗が滲む。珠となったそれは頬を滑り、地面へと落ちた。
 何と声をかけるべきか分からず、リーダーも何か言う様子もなく動けずにいると、リーダーはオレから目線を切り、後ろにいる仲間たちへと視線をやった。そしてそれを合図に仲間が散り、何やら行動を始めた。予想もしなかったその光景に頭が追い付かず、ただ仲間たちを見つめていると低い声が響いた。

「なんだその顔は。」

 リーダーは眉間にシワを寄せ少しだけ不機嫌そうな顔をしてオレに言った。しかし、今のオレにはそれに気が付く余裕すらもない。
 仲間たちは花を抱えており、その花を飾りはじめたのだから。
 目の前で起きていることは間違いなく事実なのに、とても信じられず、ただ目を大きくして驚くことしか出来なかった。そんなオレにリーダーはまた言った。

「来いと言ったのはお前だ。」

 オレは数日前にしたリーダーとの会話を思い出していた。
 オレが人間と番になりたいこと、そのための儀式のこと、そしてオレたちを受け入れてくれるのならその儀式に来て欲しいこと。それを森のポケモンに言って回ったが、一番最初にその事をリーダーに言った。
 オレがココの親を探すと言った時、そんなつもりはなかったのだがリーダーは「裏切りだ」とそう言った。今回のこともリーダーはそう思うかもしれない。
 しかし、どんなに反対されても止める気はない。だから、せめてリーダーにはきちんと話すべきだと、そう思ってリーダーに一番最初に話しに言ったのだ。
 オレの話を聞いて、ありえない、裏切りだ、絶対にそんなことは認めないと、そう言われると思っていたのに、リーダーはオレの話に口を挟まず最後まで聞くと、いつもの低い声で言った。

「お前、それはもう誰かに言ったのか?」

 その反応に驚き言葉を返せずにいると「どうなんだ」と返事を急かされ、オレは慌ててリーダーにしか言っていないことを伝えた。

「そうか。」

 リーダーはふんっと鼻を鳴らし、少し長い瞬きをした。

「群れの仲間にはオレから話す。お前は出てくるな」

 それだけ言うとオレに背を向け神木の方へと姿を消した。
 オレは呆然とその場にしばらく立ち尽くした。
 リーダーは否定的なことは言われなかった。少しは考えてくれるということなのだろうか。淡い期待をしてしまうが、他の仲間は考えるまでもないとオレたちのことを許さないかもしれない。そうだな。あまり期待はするべきでない。
 こんなやり取りをリーダーとしたのだ。
 そしてこの後から群れの仲間と誰も会わず今日という日を迎えた。
 群れの仲間は全て事情を知っているはず。知っていて此処に居る。つまりはそう言うことなのだが、やはり信じられない。

「本当に、……いいのか?」
「言っておくが、オレは誰も説得していない。オレは事実を仲間に伝えただけだ。」

 それを聞いて更に驚いた。これは現実なのだろうか。
 固まったままのオレにリーダーは声で静かな声で言った。

「ココが来てこの森は少しずつ変わり始めた。この森や神木を傷つけたのは人間だったが、あの時この森に人間がいたからこそ、この森を守ることが出来た。」

 するとリーダーは、オレの後ろにいる彼女へと視線をやった。

「ポケモンハンターとかいう奴らがこの森に着た時もそうだ。ポケモンを傷つけたのは人間だが、そこに人間がいたから、拐われたポケモンを助け、そして守れた。」

 そう言うとリーダーは再びオレに視線を戻した。

「以前は人間と関わらず暮らしてきたが、関わってしまった今、以前のようには暮らせない。
今のこの森には人間が必要だ。オレはそう思っている。」

 仲間も同じ意見だとリーダーは言葉を続けた。
 オレたちの関係を完全に認めてくれた訳ではないと思う。オレが人間と番になることに、抵抗はあるけれど、それでも認めようとしてくれている。それだけで十分だった。
 リーダーはそう言った後、眉間にシワを寄せた。

「それに大体……、止めたところでどうせお前は聞かない!」

 怒ったような、呆れているような声だった。
 リーダーの言う通りで、自分の考えが仲間たちにバレバレであることがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。

「ココの時は、お前に裏切りだと言ったが。今回はお前を信じることにした。」

 そう言ってリーダーはオレに背を向けた。

「……ありがとよ」

 頭を軽く下げると、リーダーは目だけをこちらにやり「礼を言われる筋合いはない」と言って、仲間の元へと行ってしまった。
 群れの仲間や森のポケモンたちが一緒になって花を飾るその光景をぼんやりと見つめていると、指先が何かに包まれた。
 ちらりと目をやれば、彼女がオレの指先を握って嬉しそうに微笑んでいた。そんな彼女へ笑みを返すと、今度は彼女ではない誰かにバシッと背中が叩かれた。

「やー!良かったね!!」

 声のする方を振り向けばあの人間がいた。にこにこというよりはニヤニヤした表情をしており、何か引っ掛かった。
 そいつを見るなり彼女は慌てて頭を下げた。

「さっきは急に怒ったり大きな声を出してすみません」
「あぁ、いいのいいの!僕も何も君に言っていなかったから気にしないでよ!そんなことより……」

 そいつは彼女に、「君は色々準備があるから!」と言って、彼女をそいつの番へ預け、あいつの家へと姿を消した。満足そうに頷くそいつとは反対に、オレはもやもやとしていた。
 こいつ、準備が良すぎないか?
 オレは結婚式のことは良く分からないから、色々聞いたし、それに関することも全て聞いていた。しかし、彼女が式の前に何か準備するなんて聞いていない。
 そういえば、彼女がオレと番になりたいと言っていたことを、こいつは知っていながらオレには知らない振りをしていた。彼女が怒っても、それを予想していたのか余裕な態度だった。
 もしかしたら、今日彼女を突然連れて結婚式すると言ったら怒ることや、もしかしたらリーダーたちが来ることも、この人間は知っていたんじゃないか?
 そう思って、じっとそいつの背中を見つめていると、オレの視線に気が付いたのか、そいつは振り替えってオレを見るなり、くすりと笑った。

「そんな顔しない!!」

 ケラケラと笑う姿に、疑惑が確信へと変わった。

「まぁまぁ!彼女の本当の気持ちが分かって良かっただろう?
 それと、彼女。君のこと好きすぎて慎重になり過ぎているところがあるから、ちょっと強引な暗いが丁度良いってこともね」

 ここまできたからもう隠す気はないのだろう。
 まんまと策にはめられた気分である。

「あ、誤解しないでくれよ?僕は友達である君を思って……。あ、その顔!」

 僕は君の事友達だと思ってたのに!と、大袈裟に言った。
 対するオレはただ驚いていた。こいつとの関係なんて考えた事が無かった。しかし、そう言われれば妙に納得してしまった。
 この人間は仲間とは少し違うし、オレとこいつは何だろうと思っていた。
 そうか、友達か。そういえばココにも人間の友達がいたな。
 今まで仲間はいたけれど、友達は持ったことがないから分からなかった。友達とはこういうものなのか。うん、悪くない。
 そいつは、ふぅっと軽く息を吐くと、歯を見せ笑いながら言った。

「改めてよろしくね!これからは友達として!」

 拳を突き出され、その拳に自身の拳を合わせると、そいつは満足げに頷いた。

「よし!それじゃあ、君も準備しようか!」

 嬉しそうに話すそいつを見て、自分の顔も自然と緩んだ。
 今までもそうだったが、こんな風に喜んでくれるのは、こいつがオレの友達だからなのだろう。
 こいつとはこれからも長い付き合いになりそうだと、そんなことを思いながら「早く早く!
」とオレを急かすその背を追った。



* * *



 準備といってもやることはほとんど無く、最終打ち合わせをしていると、どこからか甘い匂いがして、オレはその匂いのする方へ振り返った。
 そして思わず息を息をするのを忘れた。
 そこには見慣れない白い服を見に纏う彼女がいた。銀色の長い髪には花が散りばめられ、彼女をより美しく飾っている。
 綺麗としか言いようがないその姿に見惚れていると、オレの顔を覗き込むようにして彼女は言った。

「似合うかしら……?」

 その言葉に、いつの日かの出来事を思い出した。
 オレが初めて彼女に花をあげた時の事。オレがあげた花を耳にかけると、彼女は今と同じ事をオレに問った。
 あの時は、素直に答えられず、彼女から視線を逸らしてしまったが、今ならはっきり言える。
 似合っている。綺麗だと。
 彼女の頬に手を添え、親指で頬を撫でながら頷くと、彼女は白い肌を少しだけ赤く染め、青い瞳を細めてふわりと優しく微笑んだ。

「それじゃあ、おふたりさん。準備は良いかい?」

 オレたちは一度顔を見合わせ、笑顔を交わした。オレたちの答えは同じだ。
 彼女と手を繋ぎ、オレたちはその言葉に頷いた。

 準備のため一度あの場を離れたが、群れの仲間が持ってきてくれた花が加わり、森はより綺麗に飾られていた。
 あれも、これも。森の皆がオレたちのためにしてくれた事なのだ。オレたちを受け入れて、認めてくれて、そして祝ってくれている。森の皆の気持ちが目で見える形となってここに存在しているのだ。胸の奥がくすぐったいが、何よりも嬉しかった。
 彼女と手を繋ぎながら、オレたちを祝ってくれるポケモンたちの間を歩く。時々顔を見合わせては微笑み、それを何度か繰り返し、オレたちは足を止めた。
 目の前にはオレの友達。
 確か、此処で誓いの言葉とかいうやつを交わすとそいつは言っていた。
 こほん、と喉を鳴らすとそいつはオレたちの顔を見た。少し賑やかだった空気が静まり、そうしてあいつはにっこりと微笑むと、今まで見たことこない真剣な表情へと変わり、短く息を吸った。

「汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時もー……って、難しいのは無し無し!」

 ぱんっと軽く手を一度叩き、いつもの間の抜けた表情で言った。

「この先、辛いこと、悲しいこと。嬉しいこと、楽しいこと。それから色んな困難があると思う。
それでもこの先、どんな時でも支え合って、命あるかぎり共に生きていく事を誓いますか?」

 考えるまでもなかった。
 オレが彼女に伝えたかった思いはこれなのだ から。
 そしてオレたちは同時に頷き、誓いあった。
 この先何があっても、どんなことがあっても君を守ろう。支えよう。いつでも君の隣に立って、共に歩んでいこう。
 長い瞬きをしながら心の中で自分自身に誓った。そういえば、「心」という存在を教えてくれたのも彼女だった。

「それでは誓いのキスを!」

 閉じていた目蓋を開き、彼女を見れば、彼女は少し驚いたような顔をしており、丸い目が更に丸くなっていている。その表情が可愛らしくて自然と笑みがこぼれた。
 彼女の白い頬へ手を運び、傷つけないようにそっと触れた。じんわりと手のひらに伝わる彼女の温もりが心地よい。オレを映す青い瞳は穏やかで、その瞳に映る自分の顔も今まで一番穏やかな表情をしていた。
 親指の腹を白い肌に滑らせると、彼女はくすぐったそうに片目を細め、それから両目を瞑った。
 満月だったあの夜。眠れずになんとなく森を歩き、偶然出会ったこの人間と番になるだなんて誰が予想できただろう。ここに来るまでに色々あったけれど、だからこそ今があるのだと思う。
 これからの事、オレの思いを今ここで誓おう。
 血色の良い彼女の唇を見つめ、オレは顔近づけた。
 人間には色々な愛情表現があり、人間の事を良く知らないポケモンのオレには知らない事ばかりだった。
 当然、キスなんてものも知らず、話を聞いた時は、口と口を合わせることに何の意味があるのだろうと疑問を抱いた。
 しかし、初めてキスをして、初めて彼女の唇に触れて分かった。


──あぁ、思っていたよりもずっと心地が良い。


 柔らかな風と甘い匂いに包まれながらオレたちは誓い合った。──




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