13.もうひとつのオレたち
「今日もありがとう。行ってくるね」
そう言うと、あいつはオレに背を向けて、人間の村へと歩き出した。オレはその姿が見えなくなるまで見送ると、くるりと踵を返し森へと戻った。
確かにあいつを人間の村に送るのは不安が全くない訳ではないが、そこまででもない。というのも、あいつは夕方になれば森へ帰ってくるのだから。
ポケモンにはポケモンの生き方があり、人間には人間の生き方がある。オレはポケモンで、あいつは人間。生き方が違う。
だからあいつは、それが交わるような生き方をすると言った。昼は、この森とこの森のポケモンを守る人間として再びイシャとしてシゴトをし、夕方にはオレのところに帰ってくると。
人間のことはまだよく分からないことが多い。シゴトをするのは、簡単に言えば生きるのに必要なきのみを貰うためにシゴトってやつをするんだとか。森にはたくさんきのみがあるから、生きるのにそれで十分なのではないかと思ったが、あいつは「そうかもしれないけれど、いざというときにあなたたちを守れない」と、そう言った。どうやら、シゴトで貰えるきのみは、きのみ以外の役割もするそうだ。オレが全てを守るからずっとこの森にいればいいと引き留めようとしたが、以前の事件で守りきれなかったし、あの時こいつに守られていることを思いだし、引き留めるのをやめた。それに、あいつが必要だと思ってやっていることだ。間違いはないのだろう。
昼は一緒にいられず、それぞれの生き方をしている。寂しさは感じるが、必ず帰ってくる。ココと同じように、あいつの帰る場所もこの森となった。それだけでもオレは十分だった。
夕方までは、森に怪しいやつかいないか見回りをしたり、困っているポケモンを助けたり、小さなポケモンの遊び相手になったり。オレはオレのやるべきことをやる。そうして、日が暮れる頃にあいつを迎えに行く。その日々を繰り返している。
そんなある日のことだった。フライゴンがまた喧嘩をし、あまりにも激しくやりあっているものだから止めに入ったのだが、少々手こずり、事態が落ち着いた頃には、日は大分落ち込んでいた。いつもよりあいつを迎えに行くのが遅くなってしまった。急がなくては。早くあいつに会いたい。その思いがオレが走る速度を速くさせた。
目的の場所にたどり着いた時には、かなり息が荒くなっていた。バクバクと鳴る胸の音は先ほどまで激しく動いていたからだろうか。わずかな光もを反射する美しい銀色を見たからだろうか。
日はほぼ沈んでおり、空は夕方から夜へと変わり始めていた。また、森の入り口とはいえど、木が生い茂っており、辺りは更に暗さを増している。そのせいか、あいつに近付くまでいつもと違うことに気付かなかった。
いつもはあいつは一人でオレを待っている。しかし、今日はあいつの隣に、オレの見知らぬ何かがおり、おまけに自分ではない他の何かにあいつは笑いかけている。途端に胸の奥がざわめき出し、いつかのような、体からどす黒い何か沸き上がった。
気が付けばオレはあいつを自分の片腕に閉じ込め、あいつの隣にいた「それ」から距離をとって低く唸っていた。「それ」は、人間のオスだ。
そいつは、オレを見て驚いた顔をしたが、次には笑っていた。それは腕の中にいる愛しい存在も同じだった。状況から考えて、笑われているのはオレだろう。訳が分からず、心はモヤモヤとしたままである。
あいつはオレの胸をトントンと軽く叩くと、オレの手を引いて、再び人間のオスのところへ連れていった。
「紹介するわね。この方は私と一緒に仕事をしているの」
「仲間って言った方が分かりやすいかな。僕が彼女のリーダーってところ。」
人間のオスはそう言ったが、それだけではとても信用はできない。オレはまた低く唸った。彼女はそんなオレを止めたが、人間のオスは困ったように笑った。
「僕も君たちの幸せを願っているんだけどなぁ」
今度は腕を組んで悩み始めた。全く相手にされておらず、拍子抜けすると同時に苛立ちを感じた。なんなんだ。この人間は。
もういい。早く帰ろう。そう思って再び彼女を腕におさめた時だった。
「そうだ!明日さ!僕たちと一緒に仕事をしよう!」
そいつはきらきらとした目をオレに向けたが、苛立っていたオレは半ば無視をしてそいつに背を向け、森へと姿を消した。
こいつが人間の村に行くのだから、当然人間のオスと関わるとは分かっていたが、いざそれを目の前にした時、とてつもない焦燥に駆られた。こいつがオレを好いてくれていて、愛してくれているというのは毎日感じている。言葉にしてくれる。
しかしオレはどうなのだろう。彼女がオレに与えてくれているものを、オレは彼女に与えられているのだろうか。伝えられているのだろうか。
彼女のことは信じている。それでも、今以上に彼女をこの森に繋ぎ止める何かが欲しい。今のままでは駄目だ。オレは一体どうしたら……。
* * *
「おはよう。昨日の件は考えてくれたかな?」
昨日、眠りもせず彼女をこの森に繋ぎ止める考えていたが、何も思い浮かばなかった。そして朝を迎え、彼女をいつも通り送り届けたのだが、そこに昨日会った人間のオスがいた。
一緒にシゴトをしようと言っていたあれか。正直、彼女が普段何をしているのか知りたかった。それに、あいつはオレたちの幸せを願っていると言っていたが、オレはまだ信用はしていない。
腕と尻尾を彼女に巻き付け、そいつを一度だけきつく睨み付けた。
「君、本当に愛されてるねぇ」
そいつはオレの腕の中の存在に向かって言った。やつの瞳に彼女が映るだけで腹が立つ。
「当たり前だ!」と吠えると、そいつは嬉しそうに。そして楽しそうに笑った。やはりオレが警戒し過ぎなのだろうか。そう思いながら、オレは「案内するよ」と歩き始めたそいつの背を追った。
* * *
人間のオスも、あいつと同じイシャで、森のポケモンを守るシゴトをしているらしい。
傷ついたポケモンの手当てをする他に、早くに親をなくしてひとりぼっちになってしまった、まだ幼いポケモンの世話をしていたり、森の木々や環境に異常はない見回ったりなど、色々なことをしていた。
彼女には、シゴトなんてしないでオレとずっと一緒にいれば良いと思っていたけれど、オレには出来ないことがたくさんあって、彼女は彼女なりにこの森をオレとは別の方法で守ってくれているのだと分かった。ふわりと心が温かくなるのを感じた。
「それじゃあ、一旦ごはんにしようか。」
人間のオスはそう言ってオレを見ると、荷物を運ぶのを手伝って欲しいと続け、オレは言われるがままそいつについていった。
連れていかれたのはそいつの家。屋根しかないオレたちの家よりずっと立派で、風が吹いても雨が降ってもびくともしなさそうだ。
きょろきょろと中を見回していると、小さな四角い葉っぱのようなものが目に留まった。その四角い葉っぱの模様は、そこにいる人間のオスと、その隣にははなかんむりを頭に乗せたポケモンの形をしている。ココの両親を探している時に見つけたものにとても似ている。それを手に取ると、そいつはこれが「シャシン」だと教えてくれた。過去を記憶してくれるものなんだとか。
「これは数年前に撮ったやつなんだ。それで、この写真の僕の隣に居るのが、僕のお嫁さん」
驚いてシャシンにやっていた目を、そいつにやっていた。オレたちの幸せを願っていると言っていた意味が漸く理解できた。こいつもオレたちと同じなのだと。
「人間とポケモンは愛し合える。それは皆認めている。でもそれが番としてってなると、不思議なことに周りからは中々受け入れてもらえないんだよねー」
そいつは眉を下げて、少し悲しそうに笑った。こいつは、家族からも友人からも変だ、頭がおかしいと否定され、故郷を捨てて自分達を知る者が誰もいないここへ移り住んだのだと。
オレもあいつと番になりたいと思っている。
オレの仲間は彼女を認めている。しかし、オレが人間を番として迎えると言えば反対するやつは必ず出てくるだろう。それを思うと胸がズキンと痛んだ。
「君たちもこれから大変な思いをするかと思うけど……。絶対に諦めちゃ駄目だよ」
今度は優しく笑った。その目はとても温かかった。
「君たちと出会った時はこう、ビビッ!っと運命を感じたよね!」
大袈裟に体を動かして、ポーズをとったがそのせいで腕を思いきり壁ぶつけて痛がっている。変なやつなのかバカなのか。どっちもな気がするが、こいつを見ていて不快に思うことはなくなっていた。
「だから同じ境遇のセンパイとしてお節介焼きたくなっちゃうんだ。
僕たちが幸せになれたんだから、君たちにも幸せになって欲しいってね」
なんだか妙な気分だった。
今まで、自分の幸せや他人の幸せを願うことはあっても、こうして願われるのは初めてだった。胸がくすぐったくて目をそらしたくなったが、オレは目をそらすことなく、そいつの言葉に頷いた。
「それにしても僕のお嫁さんは綺麗で可愛いだろう?ちなみにこの写真はふたりでひっそりと挙げた結婚式の写真でさー。
あっ、結婚式っていうのは番になるための儀式みたいなもんなんだけど……」
オレの手からシャシンを取ると、腑抜けた顔でベラベラと自身の嫁について語り始めて止まらなくなった。
何か言っているのは聞こえるが、そいつの言葉が頭の中に響いて離れず、耳をすり抜けていく。心臓が音を立てて鳴った。気が付けば、オレはそいつの肩を掴み、大きな声を出していた。
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