未来で会いましょう-其の一

「ねぇ、バカカシ」
「だからその呼び方やめろって言ってんだろ!」
「だって、カカシーって呼んでも、いっつもあたしのこと無視するでしょ?だから、バカカシがバカカシのうちはやめてあげないー」



──本当にムカつくヤツだった。



「だからって……!」
「はいはい、ふたりともそこら辺にして……。ほら、オビトも見てないで!」
「……リン、オレはな、カナタは間違ってないと思うんだ……。だってバカカシはバカカシだし」



──戦争はたくさんの人が死ぬと知っていたし、そのうちのひとりが自分になる可能性があることだって分かっているつもりでいた



「もう!オビトまで!」
「んー!さすがオビト!分かってる〜!」
「へへっ!だろーっ!」
「お前らいい加減に……っ!」



──突然死ぬ覚悟も、誰かが突然いなくなる覚悟も出来ているつもりでいた



「わーー!バカカシが怒ったー!」
「やーいバカカシー!……って、、!いっってぇえ!!何でオレだけなんだよ!!」
「こいつは女だけど、バカオビトはバカオビトだから」
「リンー!バカカシがぁ!バカカシがぁ!」
「今のはオビトが悪い」
「そんなー!リンー!」



──それでもこんな馬鹿馬鹿しいやり取りが。戦争中であるとは思えない、間の抜けたこのやり取りがずっと続く思っていた。



「はい、四人ともそこまで。」
「ミナト先生!」
「いいかい、四人の働きで戦況が大きく変わるんだ。今の調子では不安だけど、チームワークを忘れずにね。それじゃあ任務の説明をするよ」



──今が戦争中であることを。その瞬間だけ忘れられるくらい、大切なものであると気付かずにいた



「カカシ」
「…………」
「ねぇ、カカシ」
「…………」
「おい、バカカシ!」
「しつこいな!なんだよ!」
「はぁ……。本当はバカカシって呼ばれたいんじゃないの?何で無視するの?」
「お前の話しがいつも大したことないからだろ」
「あたし信用ないなー!たまには話し聞いてくれてもいいと思うんだけど!せめて振り向くくらいしてよねー!」
「……ふんっ」



──お前はそうオレに言っていたたのに



「カカシ!!!!っ!……バカカシ!!!」




──もしあの時、素直にお前の声に振り向いていたら




──お前は死ななかったんじゃないかと。




──今でもそう思えてならないんだ。








 それはトラウマのように脳裏にこびりついた記憶だった。
 頭を揺さぶられるような脳にまで響くけたたましい爆発音。それにより生じた爆風に、体が後方に吹き飛ばされる。いやに鼻につく火薬のにおいと噎せ返るような血のにおい。そして額宛が転がる虚しい金属音。
 既視感があった。 
 十数年前のあの出来事があったのと同じ場所、同じような時間帯。爆発後に空へと昇る黒煙も、視界を悪くする土煙も。全身の血が引いていく感覚も、じわりと滲んだ汗がゆっくりと肌を滑り落ちていく感覚も、全部、全部同じだった。
 体の力が抜け、ガクガクと脚が震える。崩れ落ちるように膝をつき、地面の小石が膝頭に突き刺さった。

「っ……!カカシ先生!?」

 敵と応戦中であるというのに、目の前の光景とまるで同じの過去の記憶は、それどころではなくなってしまう程強烈に目の裏に焼き付いていた。
 そう。この記憶は……。カナタが死んだ時とまるで同じものだった。


 
──オレを庇い、代わりにカナタが爆発に巻き込まれて死んだ時の記憶と



「急にどうしたんだってばよ!カカシ先生ェ!!」

 過呼吸気味になるそれを必死に抑える。
 敵の攻撃によるものではなく、自身の過去を思い出してしまっただけなんて言えるはずがなかった。部下にこんな情けない姿を晒しても、羞恥を感じられる余裕もない。
 徐々に煙が風に流れ、視界が晴れていくと共に火薬のにおいも少しではあるが薄くなっていく。
 火薬のせいでバカになった鼻が、ふと別のにおいをとらえた。鉄の匂い。自分のものではない別の誰かの血の匂い。
 全身がざわついて一気に頭が冷えた。誰かが怪我をしたのかと。あの時と同じ様に、また誰かが死ぬのかと。
 丸めていた体を解き、仲間ひとりひとりの姿を確認する。ナルトはオレの肩に手を添え不安げな表情でオレの顔を覗き込んでいる。サクラ、サイは前方に立っているが、土煙で衣服や体は汚れているだけで外傷はなさそうだった。
 激しく安堵すると共に、未だ胸は焦燥に駆られて落ち着かない。
 では一体、その血の匂い元は誰のものなのか。敵の忍だとしたら、敵自ら起こした爆発で怪我をしたことになる訳だが、そうであれはなんとも間抜けな忍である。敵の雰囲気からして、中忍から上忍レベル。その可能性は低そうだった。
 答えは出ないが、脚にぐっと力を入れ、よろめきながらも立ち上がり、臨戦態勢を整える。
 あの時のように誰かを失いたくない。自分がどうにかしなければ。自分が守らなければ。そう思いながら、クナイを強く握りしめた時だった。

「っ……!嘘、消えた!?」

 サクラが大袈裟に声をあげる。
 敵が起こした爆発により立ち込めた煙のせいで、敵の姿が見えなくなっていたいたが、煙と共に敵の姿も消えていた。
 今いるこの場所は開けていてすぐに隠れるような場所はひとつもない。土遁で隠れたにしても匂いは残るし、戦闘時独特の緊迫感や気配を感じるものだ。しかし、匂いもなければ何の痕跡もない。逃げられた、というより言葉の通り、煙のように消えてしまったという方が正しかった。

「……あいつらなんだったんだってばよ」
「問い正すにも消えてしまったからね」

 それは部下も全員感じているようだった。
 今回の任務はただの調査。忍同士の戦闘は想定外だった。つまり、突然鉢合わせ、突然戦闘を吹っ掛けられたと思えば、突然姿を消した。
 オレたちに怪我はないし、相手の目的は何だったのか。忍同士の戦いなんて目的もなくするはずがない。もしも目的がないのならば、ただ相手がチンピラのような奴らで、単純に喧嘩をしたくて吹っ掛けてきたが、こちらの方が上手と判断して退散したのか。
 どちらにしろ少々不気味ではあるが、今さらどうにも出来ない。
 誰にも怪我はなかったのだ。過去の記憶を思い出し、また誰かを失うのかと目の前が真っ暗になったが、過去と同じ事が起きなくて良かったと、ただただ安心した。
 溜まった息を吐き出し、未だ落ち着かない心臓をどうにかしようと目を瞑った。しかし、その時間はそう長くはなかった。

「……子供?」

 サクラの声で再び目を開ける。
 自分達を取り巻く煙が完全に消えた時、その姿はあった。
 激しい爆発が起きたことを物語る抉れた地面の中心に、小さな人影が、力なくぐったりと横たわっている。そして濃くなる血の匂い。その子供のものに違いなかった。
 ナルトとサクラが慌てて駆け寄ろうとするが、サイはそんなふたりを止めようと、ふたりの前に立ちはだかった。普通ならオレも上司として、隊の長として、サイの様にふたりを止める立場であるのに、部下の感情的な行動を止める余裕もなくなっていた。自分が一番感情的になっていた。
 先ほど一戦交えた敵の中に子供はいなかった。なら突然姿を見せたその子供は、煙のごとく消えた敵が、子供の姿に変化している可能性が高い。そこにいる相手が子供であれ、すぐには近寄らずまずは様子を見るべきだと、ふたりを止めなくてはならない。
 頭では分かっていた。でも声が出なかった。それどころではなかった。
 その小さな姿には、妙に見覚えがあったのだ。
 折角サイが、ナルトやサクラを止めてくれたのに、誰よりも冷静で入るべき自分が一番冷静さを欠いていた。気が付けば一歩、また一歩というように、脚を引きずりながら無意識にその子供に歩を進めていた。
 その子供は、遠目からでも瀕死の状態であるとわかるほど弱っている。
 次から次へと過去の記憶が甦る。目の前のその姿は、記憶の中のものと全く同じだった。
 そして、見れば見るほどオレの知る人物に似ていた。

「カナタ……?」

 声に出ていることにも気付かず、部下たちが異様な光景に体を強張らせ、驚いた表情をしていることにも気が付かず、重たい脚をまた引きずった。
 夜明けの空を思わせる薄いオレンジ色の髪。いつも高い位置で結ばれた髪は、髪紐を解くと思っていたより長いんだなと感じたのを覚えている。そよ風で揺れる細い髪だった。
 ほどよく日に焼けた肌の色。自分よりずっと健康的な色をしていた。
 今は血の気を失った色をしている唇は、オレに散々「バカ」と言ったカナタの唇の形によく似ていた。
 目蓋におおわれた瞳は一体どんな色をしているのだろう。薄い雲がかかった青空のように、淡い水色をしているのだろうか。
 例えどんなにその少女がカナタに似ていようと、目の色も同じだったとしても、結局は
だだの他人の空似で、決してカナタではないのだ。
 カナタは死んだ。第三次忍会大戦中の十数年前に。
 オレとカナタは同い年だった。もしも彼女が生きていたのなら、こんな幼い少女の姿であるはずがないのだ。
 しかしこんなに似ていることがあるのだろうか。そこにいるのはカナタ本人で、カナタが死んだあの瞬間から十数年間、彼女の時間がだけ今までずっと止まってしまっていたかのような感覚さえ覚える。
 頭の中がぐちゃぐちゃだった。
 カナタは死んだ。でも本当は今まで生きていたのではないかと、そんな非現実的な希望を抱いてしまっている。
 進めた脚はついにその少女の元へと辿り着いた。
 地面に膝をつき、より近くで少女の存在を確かめる。膝に走る痛みは、目の前のそれが夢ではなく現実であることを物語っていた。
 目の前の少女は、記憶の中のカナタ何一つ違わない。
 顔だけではない。身に纏う流行遅れの服も、その色も。お気に入りの服だからといって、ほつれた部分を直した、下手くそな刺繍の跡もまでも同じである。違う所といえば、額宛がないことと、身体中ボロボロであることだろうか。
 僅かに胸が上下しており、呼吸をしているのは分かるがとても弱々しいもので、今にも止まってしまいそうだった。死にかけの少女の頬に手を伸ばす。その手は情けなく震えており、そして自分の声はもっと震えていた。

「……カナタ?」

 もう一度名前を呼ぶ。
 自身の冷たくなった指先が少女の頬に触れ、じんわりとその熱を感じた。
 この少女はまだ生きている。その熱に触れてやっと実感した。その時だった。
 少女の目蓋が小刻みに震え、ゆっくりと重たい目蓋が僅かに持ち上げられた。隠れていた瞳がちらりと覗く。
 心臓が変な音を立てはじめるのが分かった。
 少女の瞳は、カナタと同じ瞳の色をしていた。
 目覚めたばかりで意識が朦朧とする中、少女はオレの存在に気が付いたようで、力なく顔をこちらへと傾けた。
 薄い水色の虚ろな瞳に、自分の顔が映る。そして少女の唇が小さくパクパクと動いた。それが声という音になることはなかったが、自分にはっきりと何と言ったか読み取れた。
 動揺していられたのも束の間。次には再び少女の意識は途絶え、薄い水色の瞳は目蓋におおわれた。
 今まで人が死ぬのをたくさん見てきた。だから分かった。このままではこの少女は死ぬ。
 しかし、指先ひとつ動かず、目の前が真っ暗になっていくのを感じながら、少女の言おうとした言葉が何度も頭の中に響いて何も考えられなくなった。
 ただ呆然とその少女を見つめていた。

「診せてください!!!」

 サクラのその声を聞いた後の事は覚えていない。
 気が付けば木の葉病院の個室にいて、穏やかな表情で眠る少女のベッドサイドに立ち尽くしていた。
 何があってどうなって今ここにいるのかは分からない。しかし、状況からして、あの場でサクラが少女に手当てをし、そのまま少女をつれて木の葉の里へ連れて帰還して、病院で治療を受けたという流れだろう。
 少女は目覚める気配をみせないが、治療を受けたからか顔色が良くなり、生気を取り戻したその顔は、やはりカナタとよく似ていた。いいや、そのものとしか思えない。
 でもこの少女はオレの顔を見て言った。


──「あなた……だれ?」
 

 確かにそう言ったのだ。
 十年もすれば顔は変わる。それが子供から大人に変わる十年であればその変化は更に大きく感じるものだ。単純に、子供から大人に変わったオレが、カナタの同期である、はたけカカシだと気が付かなかっただけなのかもしれない。
 しかし、それはあの少女がカナタであった場合の事である。少女は、カナタの生き写しのような、ただカナタに似ただけの全くの別人で、本当にオレを知らないだけかもしれない。
 考えても考えても答えはでない。常識の範囲では考えられない何かが起こっている気がするのだ。現実的でない現象でない限り、この状況を説明することが出来ないのだから。
 そして、頭の中で少女に問った。
 彼女は何と返すのか。自分は彼女に何と返して欲しいのか。そんなことを考えながら。


──ねぇ……、君は一体誰なんだ?
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