本当の願い-01

──困ったらあの洞窟に行くと良い
 その入口は本当に必要としている者にだけ現れる

──願いを叶えて欲しければあの洞窟に行くと良い
 きっとあなたの願いを叶えてくれるだろう

──覚悟があるのならあの洞窟に行くと良い
 その奥にきっと何かが待っている

──あなたの『何か』と引き換えにきっとあなたの願いを叶えてくれる

──もしあなたが『本当の願い』を願わなかったら
 あなたの願いは叶わないだろう

──もし自分の『本当の願い』が分かったらその洞窟に行くと良い
 それはもう一度願いを聞いてくれるだろう

──それがあなたの『本当の願い』なら
 それはきっとあなたの願いを叶えてくれる

──もしそれが『本当の願い』ではなかったら

どうなるのか

それは誰にもわからない


──さぁそこに立つ者よ

あなたは何を願う?



***



 もうすぐ死を迎えるであろう恋人に背を向け、オレは病院を飛び出した。
 なんて薄情なやつなのだろうと、思われても仕方がない。だが、オレに出来ることはそれしかなかった。

 オレは、人生のほとんどを、忍として生きてきた。何度も修羅場を経験した。何度も人の死を経験してきた。何度も人の死に目立ち会ってきた。何度も見てきたから言える。憶測でも何でも無くて、確信ともまた違う。揺るがない事実として言える。

──彼女はもう"ダメ"だと。

 医療忍者が懸命に治療し、「大丈夫だからしっかりして!」と、必死に声を掛けているというのに。病院のベッドに横たわる瀕死の人物はオレの恋人だというのに、オレの感情は動かなかった。
 白いながらも血色の良い肌は色を失い、徐々に青みを帯び始める。薄桃色の唇は、どす黒い赤紫へ変わり、更に肌と同様白色を含みだした。浅く繰り返される呼吸は、次第に遅くなり、苦痛に耐える眉間の皺が、少しずつ緩み出す。
 治療が上手くいっていると見えなくもない。だがオレは、そうではないことを知っている。こうやって命を落としていった忍を、オレは何人も見てきたのだから。
 あぁ、オレはまた失うのか。また何も出来なかったのか。
 絶望だなんて生ぬるい。しかし、それ以上を表す言葉をオレは知らない。
 目の前でゆっくりと死んでいく恋人に、最早諦めの感情さえあった。
 この世に奇跡など存在しない。身が引き裂ける思いを繰り返し、学習したからこその感情だった。

 そんな時、『ある噂』が頭の中を横切った。
 奇跡は起きないと頭では判っていても、どうしても諦めきれない思いがあったのだろう。何も出来ないこの状況で、何でもいいから何かをしたかった。だからオレはそれに縋った。
 そしてオレは、死にかけの恋人に背を向けた。
 途端に室内の空気がピリつき、刺す様な視線を向けられた。部屋から飛び出したオレを呼び止める声を無視して、ただひたすらに走った。

 どうやってその場所まで行ったのかなど覚えていない。
 ただ何かに引き寄せられるように、必死に足を動かし続け、気付いたときには見覚えのない洞窟の入口の前に立っていた。
 夜の闇とは違う黒を持った洞窟のそれは、何かいけない気を帯びていて、思わず一歩後退った。

──この闇の先には何があるのだろう。

 そう思った瞬間、後方から強い風が吹き、洞窟の奥へと吸い込まれていった。
 唸る風音は低く、不協和音を奏でた。冷たくまとわりつく風は、同時に生温かくもあり、不快感を煽った。
 目の前の闇に呼ばれていると感じるのは、勘違い以外の何物でもないだろう。風の音が、自分をあざ笑っていると思うくらいには、頭がおかしくなっていた。
 この洞窟が、例の洞窟であるとも限らない。そもそも、噂は、結局ただ噂であって、それ以上でもそれ以下でもない。信じる方がどうかしている。
 それでも、どうか本当であって欲しいと願う自分がいた。

 この先へ進んだとして何か変わるだろうか。何も出来ずに終わるなら、きちんと愛する人の最後を見届けたかった。しかし、今更戻ったところで、死に目には立ち会えない。そもそも、此処がどこかも分からないのに、病院へ戻れるはずもなかった。
 それならばと、残された選択肢は一つしかなかった。

──この先に行くしかない

 オレは、吸い込まれるように洞窟の暗闇へと足を進めた。──

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