君がオレの目の前に現れた日
オレは暗部から上忍に戻った。
火影様の命で。
オレがあと少しで24になるとき、オレは火影様に呼び出された。
それは夜ではなく昼間。
行く途中、どこまでも続く薄いブルーの空を仰ぎ見た。
里を歩いている人で、空を眺めながら歩いているのはオレだけ。買い物袋をもった主婦や、無邪気に走り回る子供たちはただ目の前の景色を見て歩いている。
それは、その人たちにとってはこれが普通だから。
明るい空なんてあるのが当たり前だから。
暗部に所属した時からこんな空を見ることは滅多になくった。
任務で家を出るのは何時も日が沈みかけた頃から完全に沈んだとき。オレの上にあるのは暗い空があるのが当たり前になっていた。
闇になれたオレの目にはこの光は明るすぎて、普通に開ければ目の奥に鋭い痛みが走るほどだった。
オレは終始、目を細めながら火影様の元へと足早に足を進めた。
火影室に入ると火影様の隣にもうひとり人がいた。
部屋に入る前から気配が二つあるのには気付いていた。秘書か誰かだと、ドアの前で勝手に決めつけていた。
しかしそこには
まだ幼い少女が立っていた。
彼女と目があった瞬間。
強い風がオレに向かって吹いた。
それは里全体が見える大きな窓から入ってきたはずなのに
彼女から吹いてきた。
そんな錯覚を覚えた。
彼女は橘花と名乗った。
名字は無いのかと疑問に思ったが、知ったところでどうにもならないと思ったオレは何も言わなかった。
なぜオレに名乗ったのか、この時その理由は全くわからなかった。
火影様にふたりで話をするから部屋の外で待っていろと言われれば、橘花は“はい”と短く返事をして火影室から姿を消した。
小さな音をたてた閉まった扉を数秒見つめたあと、火影様は口を開いた。
オレはそれを聞いて驚くしなかった。
「あの子を引き取ってはくれんか?」
予想もしなかったそれにオレは目を見開いた。開きすぎて目尻が切れてしまうくらいに。
「これは任務ではない。ワシからの頼みじゃ」とあとに続けた。
任務じゃない?頼み?
それにしても急すぎる。
母親は、父親はどうしたんだ?
---なぜオレに?
火影様が発する言葉はオレの頭の中を疑問だらけにした。
すべて聞きたい。しかし、それだけ言って、オレの返事を待っているということは、話す気がないと言っているようなもの。
相当な訳ありだと一瞬で悟った。
火影様の目の奥に真剣で重々しいものが光っていることにも気づいたいた。それはあの少女の素性がどれほどのものか分からせるには十分だった。
無言の圧力をかけられた訳じゃない。
断ることだってできた。
でもオレは
「分かりました。」
そう返事をした。
さっき橘花と目が合ったときに一瞬だけ見えた、黒い瞳の奥に見えたさらに黒い何かが、オレに似ているように感じて。
それと、
何かが変わるような
そんな気がして。
火影様はオレの返事を聞くと、どこか嬉しそうに微笑んだ。
それから真っ直ぐオレを見ながらゆっくりと話始めた。
彼女の事について。
---「あの子はお主の遠い親戚じゃ」
一瞬何も言っているのか分からなくて耳を疑った。信じられなくて。
はたけ家は代々銀髪であるはずなのに、彼女の髪はあのうちは一族を連想させるような黒髪。銀色はメッシュのように2本入っているだけ。
それに親戚がいるだなんてこの時聞いたのが初めてだ。父さんにそんなことを話された記憶は一切ない。
素直にそうなのか、と頷ける筈がなかった。
---「あやつはうちはの血も持っておる。」
母親はうちは、父親ははたけ。つまり、混血の子だと。
うちはだって・・・・・・?
彼女の黒髪がうちはを連想させたのは、“似ている”ではなく“本物”だった。
うちはは数年前、イタチによって弟サスケを残し全員殺された。生き残りか?と思ったが、一族意外の結婚は許されないはず。ならなぜ?
頭の中は疑問で一杯になっていた。
しかし、火影様は言葉を続けた。
「木ノ葉のはじまりについては知っておるか?」
昔父さんから聞いた気がする。
たしかうちはと千手が関係していた。でも覚えているのはぼんやりとだけ。それは知らないに等しい。
オレは首を横に振った。
すると火影様は、“ではそこから話をするとするかのぉ”と言って語り始めた。
かつて戦国時代だった頃、うちは一族と森の千手一族が対立していた。
しかし千手一族はうちはに休戦を申し出て、うちはもこれに同意し争いはおさまった。
こうして木ノ葉が出来上がったと。
うちは一族は休戦に反対し、里を抜けたたうちはマダラ以外は全員木ノ葉の地に根を下ろした。つまり、うちは一族は木ノ葉にいる者とマダラしかいないと、他にはどこにもいないとそう思っていたらしい。
「しかしうちは一族は他の場所にもおったんじゃ」
そう、戦争で死んだとされていたが奇跡的に窮地を救われ、生き長らえた者が数人いた。
「その末裔があの子なんじゃ」
初めは数少ないうちはだけで暮らしていたが、やがてその数は減っていき、絶えて仕舞いそうになった時、橘花の母親は偶然はたけ家の者と恋に落ちた。
一族とでしか結婚が許されないため、橘花の母はその集団から抜けた。そしてこの二人の間に生まれ落ちたのが橘花だった。
一族の裏切り者とされた橘花の母親は一族の汚点だとされ、その集団に追われた。
子を守ろうと二人は逃げ回った。二対複数では部が悪い。それに相手は写輪眼を持っている。
刃を交えることにならないよう、住まいを何度も変えながら3人で暮らしていた。
毎日死と隣り合わせなような、そんな日々だったからか、橘花は僅か5歳で写輪眼を開眼させた。
両親はそれに気づくと己の身を守る術を教えた。母親は写輪眼の使い方を。父親は体術と忍術を教えた。自分達が死んでも自分の子は生きていて欲しかったから。
橘花が8つになったばかりの時、3人は追っ手のうちはに見つかってしまった。
子がいることは知らないため、二人は橘花を見つからない場所へと隠れさせた。
危ないと感じたらすぐに逃げろと。
愛しているという言葉を残して、二人は敵の元へと向かった。
橘花を助けるために。
目をつぶり、息を殺し、血が飛び散る音と、肉が切れる音に耳を塞いでいた。
しかし母親の悲痛な叫び声が聞こえ、隠れていろという言葉を忘れて橘花はその場所から飛び出した。
そこには一面に広がる血の水溜まりと、十数の息絶えた肉の塊が転がっていた。
そしてそこには橘花の父親もいた。その銀色の髪を赤く染めて。
辺りにいるものは橘花を除き二人しかいなかった。
目の前には母と、その首を締める男だけ。
橘花の母は一族の中でも一目おかれるほどの瞳術の使い手だったが、多すぎる人数にチャクラが持たず、最後のひとりに捕らえられてしまったのだ。
男は橘花に気付くと、母親になにかを言った。しかし何が起きているのか状況が飲み込めない橘花はその会話など全く頭に入ってこなかった。
この一面赤色の世界を理解するのに精一杯だった。
男から鋭いものが飛んできていると気付いたとき、避けるにはもう遅くて目を瞑ったが痛みはいつまでも襲ってこず、かわりに冷たい何かが頬を濡らした。
---冷たい・・・・・・?
ゆっくり目を開けると、橘花に背を向け、顔だけをこちらに向け、父は微笑んでいた。
「この時もう橘花の父親は死んでおった。
きっと死んでも数秒間動ける術をかけとったんじゃろう」
“死んでもなお橘花を守ったということじゃ。それほどにまで愛しておったのじゃろうなぁ”と、遠くを見るような目で続けた。
目が合うと父親はそのまま前に倒れ、赤く染まりはじめた髪を、より赤く染めた。
男が再び橘花に攻撃を仕掛けようとしたが、橘花の母が男を道ずれにする術をかけ、赤い水溜まりへと身を落とした。
偶然木ノ葉の暗部がそこに通りかかったとき、その水溜まりの中心に小さな少女が立っていた。
「それが橘花じゃ」
それがあのこの過去。暗部で記憶を調べたらしい。
何かあるのは分かっていたけれど、想像を遥かに越える重いものだった。
あの子と唯一同じ血筋を持つのはオレとうちはサスケだけ。サスケに預けるなんて性格的にも年齢的にも無理な話。だからオレに頼んだと火影様は言った。
「無理はせんでいい。困ったことがあれば何でも言うといい。」
“いつでも力になる”とオレが安心できるように微笑んでくれた。
ちゃんとやっていけるだろうか、という不安もあるが、“ひとりじゃないんだ”という温かい気持ちが胸の一番搾り奥に湧いた。
お礼を告げてから橘花のいる廊下へ出ようと思って口を開こうとしたが、火影様に先を越されてしまった。
「カカシよ。お主には今日から暗部を離脱してもらう」
「なっ!?」
何をいうかと思えば、突然暗部をやめろだって?
じゃあオレはどうすれば・・・・・・
「お主は今日から上忍じゃ」
火影様はなるべく側に居てやって欲しい。とそう付け加えた。
こうしてオレは橘花と暮らすことになった。
君がオレの前に現れた日
オレは上忍になった。
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