第一話(1/1)

 少し昔話をしよう。

 遡ること数十年前。この世は混沌を極め、何もかもが疲弊しており、それはもう地獄のような状態だった。
 いつ死ぬかも分からない、死と隣り合わせの毎日。隣にいた筈の人間は、明日には冷たい骸となっているかもしれない。──死んだ方がこの地獄から解放されるかもしれない。──そんな絶望が溢れていた。
 しかし、それは突然に終わりを迎えた。
 そう。戦争が終わったのだ。
 千住一族とうちは一族が中心となり、忍の里を作った。それが此処、『木の葉隠れの里』である。
 人々は戦争が終わったことを喜んだ。怯えながら寝る必要もないし、戦時より明日を迎えられる確率が圧倒的に高くなったのだから。
 戦争を知っているからこそ、人々は再び争うことを嫌がり、争い事がなく平和であることを願った。
 うちはマダラを除いて。
 マダラが里を抜け、うちは一族はそのマダラと、木の葉の里に根を下ろした者だけだと、誰もがそう思っていた。

 しかし、うちは一族は他の場所にもいた。

 戦争というものは残酷で、例えそれが親しい人だったとしても、治る見込みの無い深傷を追った仲間を、「もう手遅れだ」と見捨てざるを得なかった。
 死にかけの友に背を向け、助けてと呻く声など聞こえない振りをして、逃げるように走り去る。
 看取ることも、埋葬することも出来ない。
 当時は特別珍しいことではなかった。
 だが、不幸中の幸いか。その環境から奇跡的に生き長らえた者たちがいた。彼らは自然と集まり、ひとつの集団となった。
 うちはは愛情深い一族である。
 だからこそ、信じていたものに見捨てられ、裏切られたことにより抱いた憎しみも、より一層強かった。
 彼らは自分達を見捨てた一族を恨み、一族への復讐を誓った。
 そうして彼らは、誰も立ち寄らぬ、霧の濃い山の奥深くに根をおろし、力を蓄えながら復讐の時を待った。

 そうしてこの物語が始まるのである。──





* * *






──その日は突然訪れた。


 今日は任務がない日で、自室でひとりぼうっと虚空を見つめていた。
 こんな日はどうしたらいいのか分からない。
 オレにとって非番は邪魔なものでしかなかった。
 周りの人間は、非番の日には、趣味を楽しんだり、友人や恋人と会ったり、充実した時間を過ごしている。
 しかし、オレには趣味もなければ恋人もいない。
 友人と呼べる人間はいるが、彼らが甘味を食べながら楽しげに話す姿を見る度に「そこにいる筈だった人」の事を思い出してしまう。普通なら仲が良いと和むような光景も、オレにとっては過去を思わせるだけの苦痛なものだった。
 かといって、部屋に籠っていても頭の中を支配するものは同じである。過ぎた出来事に、「もしもあぁしていたら」と、たらればを繰り返し、俯くことしか出来ない。

 忍の世界にいる限り、常に死が付きまとう。
 オレ以外にも、親しい人間を亡くしてしまった人は大勢いる。だから、自分ばかり不幸だなんて、ましてや自分だけ不幸だなんて思ったことはない。
 人の死を乗り越えろとは言うけれど、言うほど簡単ではないし、それに、オレは彼らの死を乗り越えていいのだろうか。太陽の元にいて良いのだろうか。幸せというものを追い求めても良いのだろうか。
 自分の罪を償うには、一生このまま後悔を後悔を抱え、ひとりで居続けることだと、そう思って今までを生きてきた。
いいや。オレにできる償いはそれしかなかった。

 そうしてオレの思考は再び同じところを巡るのだ。
 しかし、今日だけは違った。

 コンコンと軽い音が窓を叩いた。重たい体を無理矢理動かして、窓へと移動する。静寂に包まれたこの空間では、足を引きずる音さえも良く響いた。
 窓を開け、窓を叩いた小鳥の脚にくくりつけられた文を解く。
 小鳥は、ぴょんぴょんと跳ねながらオレの指に止まり、つぶらな丸い目でオレを見上げた。あざとく首をかしげ、何かを訴えているように見える。
 なんとなくで頭をそっと撫でてやれば、気持ち良さそうに目を瞑った。すると小鳥は満足したのか、再び数度跳ねると青く晴れた空へと姿を消した。
 随分と人に飼い慣らされた小鳥だったなと、思いながら、オレは綺麗に折り畳まれた文を開けた。

 送り主は三代目火影様。内容は非常に簡単なもので、今すぐ来て欲しいとのことだった。
 まだ日も高いというのに火影様に呼び出し。今日は非番だが、緊急の任務が入ったのだろうか。非番でも何もすることがないオレにとっては、任務であっても構わないのだが。
 しかし、今までこんな風に火影様に呼び出されたことはない。何か違和感を感じながら、オレはさっさと身支度を整えて家を出た。



* * *



「火影様。カカシです。」

 火影様の部屋の前にたどり着き、中に居る火影様に声を掛けた。
 執務室とは異なり、ここは火影様の休憩室。しかし、この部屋に呼び出され、お茶を進められのんびりと言葉を交わしたことなどない。極秘任務を言い渡されたりといったことでしか、此処に来たことがない。
 今回は一体何の任務なのだろう。
 そんなことを考えながら、オレは扉を開けた。

 目に映った光景はとても見慣れないものだった。
 部屋の奥にある座敷には火影様が。それはいつもと変わらない。しかし、その手前にはふたりの少女がいた。いや、ひとりの女性とひとりの少女といった方が正しいのだろうか。 
 真っ黒な長い髪を垂らした女性と目が合う。彼女は少しだけ笑みを作って軽く頭を下げた。

 予想もしなかったこの状態に、自分が今ここに居るのは場違いな気さえしてしまう。
 あの文を受け取るのは本当は自分でなくて、別の誰かへ当てたものだったのだろうか。そうなると、人馴れしたあの小鳥は、文を送る先を間違えた事になるが、木の葉の伝書鳥はよく調教されているから、その可能性は低い。
 それに自分はきちんと名乗った上でこの部屋に通された。
 つまりは、まぁそういうわけだ。
 それにしても、居心地が悪くて仕方がないし、面倒事に巻き込まれそうな気がしてならない。現実逃避したいところだが、腹を括るしかなかった。
 火影様は部屋の入り口で突っ立ったままのオレに、奥へ来るようと言った。
 オレは火影様に言われた通り前まで進み、いつものように頭を下げ、片膝をついた。

「そうかしこまらんでも良い。今日は任務で呼び出したわけではない。」

 非番であったのに突然呼び出してすまないと、火影様は続けた。
 任務なら任務でも良かったのに──いや、寧ろ任務であって欲しかった。
 そうでなければ、そこにいるふたりは一体何なのだと、未だこの状況を飲み込めずにいた。

 火影様の隣にいる彼女たちを、オレはこの里で見たことがなかった。
 里は広いし、会ったことも見たこともない人間はたくさんいるから当然と言えば当然だ。しかし、このふたりから漂う空気はとても一般人とは言えない。
 ふたり仲良く正座をしている彼女たちを横目でちらりと見た。
 少女の方は、背丈からしてアカデミーに通う子供たちと同じくらいの年齢だろうが、間違いなく中忍以上の実力はある。
 そして、先ほど目があった髪の長い女性の方は上忍以上だろう。オレのすぐ近くに居るというのに、目でもはっきりその人物をとらえているというのに、恐ろしい程気配を感じない。まるで幽霊でも見ているかの様な気分だ。
 つまり何が言いたいのかというと、これ程の実力がある忍をこの里で会ったことが無いのに違和感を感じた。少女の方はまだ幼いからまだしも、女性の方は忍としてなら、任務を共にする機会があってもいいレベル。
 一体今までどこにいたのだろう。
 うちは一族虐殺事件の後に解体されたダンゾウ様の暗部の者だろうか。それなら会ったことがないのも納得がいくし、会ったことがあっても仮面を被っていてるから顔を知らないのも当たり前だ。しかし、呼び出されたのは任務関係ではない。考えれば考えるほど分からなくなってくる。


「今日はこのふたりをカカシに紹介したくてお主を呼んだのじゃ」


 思わず間抜けた声が出そうになった。
 紹介?なんのために?
 オレは考える事を放棄した。
 オレの斜め前に居る女性は、オレの方に座り直し、彼女の隣に居る少女も同じ様にオレの方を向いた。二対の黒い瞳がオレを真っ直ぐに捉えている。


「はじめまして、先日より木の葉隠れの里に忍として身を置かせていただくことになりました。橘花と申します。隣に居るのは妹の風花です。」


 落ち着いた声色でその女性は軽く頭を下げながら言った。
 疑問が解けたようで解けていない。
 オレがこのふたりを知らなかったのは、今までこの里に居なかったからだ。だが、何故このふたりをオレに紹介する必要があるのだろう。
 訳は分からないが、ここは自分も名乗った方が良いのだろうか。
 オレがどうするべきかと考えていていると、火影様は姉妹に一度席を立つようにと言いい、ふたりは部屋を出た。
 パタン──と、扉が閉まる音がして、火影様はオレに目をやった。いくらかの沈黙の後、火影様はすっと短く息を吸った。


「あやつらはお主の遠い親戚じゃ。」


 衝撃的な言葉に、思わず目を見開いてしまった。火影様はこんな嘘をつかれる方ではない。つまりこれは事実。
 しかし、親戚がいるなんて話は、父さんから聞いたことは一度もなかった。それに、ふたりのあの容姿から類縁関係があるとはとても想像が着かなかった。

 先程までこの部屋にいたふたりの容姿を脳裏に浮かべた。

 あのふたりの黒い瞳は確かに自分と同じものだが、この里ではいくらでも見かけるし、珍しいものではない。
 妹の風花は不思議な髪色をしていて、右半分は黒く、左半分はオレと同じ銀髪だ。彼女は、親戚と言われれば納得できる部分はある。
 しかし、姉の橘花は何にも染まらない濃い黒髪。自分と似ているところなど何一つ無い。
 まぁ、遠い親戚だからと言ってしまえばそれまでなのだが。だが、そう言われて「はい、そうですか」と受け入れられる素直さはオレにはなかった。
 すると火影様は昔話を始めた。
 オレの知る歴史とは少し違う。

 まさか、うちは一族にもうひとつの歴史があったとは。

 そして浮かんだ疑問。──どうして突然この話をしだしたのだろうと。しかし、考えられる理由などひとつしかない。


「彼女たちはそのうちは一族の末裔じゃ」


 あぁ、やはりそうなのか。
 彼女たちのあの容姿では寧ろそちらの方が信憑性がある。
 だが、そこからどうして彼女たちがオレの親戚になるのか。
 それに、先ほどの話が本当だとしたら、彼女たちは木の葉隠れの里のうちは一族に恨みを持っているはず。
 今から約一年ほど前、「うちは一族虐殺事件」があり、一名を残してうちはの血を持った人間はこの里に居ないが、だとしても、長年の復讐心を持った人間をこの里に置くのは危険なのではないか。
 火影様はまたゆっくりと話をし始めた。

 まず、オレと彼女たちが親戚にあたる訳は、彼女たちの母親はうちは、父親ははたけの者だそうだ。
 それから、火影様は、彼女たちの母親について語った。

 あの姉妹の母親は、先ほど語られた、もうひとつのうちは一族の末裔だった。
 しかし、あの姉妹の母親は、復讐などなは全く望んでいなかった。
 一族への恨みは代々語り継がれたが、木の葉隠れと同様、そのうちは一族の世代も変わっていった。
 あの姉妹の母親は、「自分が木の葉隠れのうちは一族に直接裏切られた訳ではない。それは昔の話。だから、自分たちが恨むべき相手はもういない」──と、そう考えていたのだ。
 しかし、そのような考えを持つ人間は、彼女以外誰もいなかった。
 「復讐なんてやめよう」と言った所で聞き入れるはずはないし、その後どんな酷い扱いを受けるかも分からない。かといって、このまま狂気に溢れたこの場所に居続けることも嫌だった。
 逃げ出す方法を考え、その機をうかがっていた。そして、その機は偶然訪れた。

 どういう訳か、ある霧の濃い日、集落は戦争に巻き込まれ、戦地となった。
 予期せぬ自体に慌てたが、「今しかこの集落を逃げ出す機会はない」と、その混乱に乗じてその集落から逃げ出した。
 遠くまで逃げて逃げて、逃げ続けた。
 当然、彼女が逃げたのに気付いた一族が彼女を裏切り者として始末しようとしたが、傷を負いながらもそれを討ち、彼女は生き延びた。
 そんなボロボロで死にかけの状態をある男性に助けられた。
 それが姓をはたけと名乗る、彼女たちの父親だ。
 ふたりは恋に落ち、ふたりの子供を授かった。それがあの姉妹である。
 四人は暫く幸せに暮らしていたが、不運にも再び争いに巻き込まれ、両親は姉妹を守るために亡くなった。
 姉妹は自分たちを守ってくれる人間を無くし、ふたりきにりなってしまったのだ。
 身寄りのない容姿の整った子供──悪い大人はすぐに目を着ける。
 ふたりは、何度も奴隷商の人拐いなどの危険にあいながらも、なんとかそれを退け必死に生きた。

 そして先日、偶然通りすがった暗部が、木の葉隠れの里の近くであの姉妹を発見したのだとか。
 ふたりはボロボロで、特に幼い風花は弱りきっていた。
 暗部は、橘花に助けて欲しいと懇願され、任務とは全く関係なかったが彼女たちを一時的に保護した。
 そうして、あのふたりはこの里へとやってきた。
 火影様はふたりを不憫に思い、橘花と風花を正式に木の葉隠れの忍として受け入れることにした。──ということだった。


 訳ありだとは感じていたが、想像していたよりもずっと重い彼女たちの人生を知り、眉間に皺が寄る。
 それと同時に、自身の低い声が室内に響く。


「それは本当の話でしょうか」


 ここまで聞いて疑いたくはない。
 しかし、彼女たちが嘘をついている可能性もある。
 風花はまだしも、橘花は相当な手練れだ。簡単に里の忍として迎え入れて良いのだろうか。
 時代は以前より平和になったとはいえ、他国からの刺客は未だ絶えることなくやってくる。
 つまり、彼女たちが「可哀想な姉妹」を装った敵国のスパイだってあり得るのだ。
 オレの問いに火影様は眉を下げた。
 結論から言えばそれに関しては既に調査済みで、なんでも彼女たちの記憶を調べたらしい。

 「それで疑われずにすむのなら」──と、橘花は自分の記憶を何の躊躇いもなく差し出した。
 例えそれが、他人に知られなくないような悲惨なものであったとしても。
 そして、火影様が今こうして話さなくても良い彼女たちの生い立ちを語ったのも、オレの信用を得るために、「火影様から私たちの話をしてくださいませんか」と橘花から頼まれたからだそうだ。
 実際、オレは彼女たちの存在を疑ったし、あのふたりがオレの親戚だと言われても、素直に受け入れられもしなかった。
 それに、火影様から事実として語られた内容も、未だにわかに信じがたいと感じている。
 そんな話を、会ったばかりの彼女たちの口から聞かされても、「嘘をつているに違いない」と信じなかっただろう。
 だから、橘花は、信頼のある火影様から話して欲しいと。そういうことだった。


 あの姉妹は、ふたりでもしっかりと生きていく力はある。
 その証明として、両親を亡くし、劣悪な環境に居ながらも、今こうして立派に生きているのだから。
 だからといって放置する訳にもいかない。
 いざというときに、頼れる大人がいた方がいい。
 そして、遠くても血の繋がりがあった方が頼りやすいと、火影様はふたりにオレを紹介したのだとか。

 納得しては疑問を抱いて、の繰り返しだったが漸く納得するところまで理解することが出来た。(まぁ、まだ疑問全て消えたわけではないが。)


「ワシも未だに信じられん。だから無理に信じようとせんでも良い。
ただ……、少しで構わぬ。あやつらを気にかけてやって欲しいのじゃ」


 火影としての命ではなく、年寄りの頼み程度に思ってくれれば良いと、困ったような笑みを浮かべながら火影様は続けた。

 火影様の話はそこで終わった。

 退出する時、火影様は、何かあれば何時でも訪ねて来て良いと言い、オレはそれに「はい、ありがとうございます。」短く返事をして部屋を出た。
 静かに扉を閉め、肺に詰まった息を吐き出した。
 任務かと思っていたのに、聞かされたのは想像よりもずっと重いもので。いないと思っていた親戚まで出来て。正直少し混乱している。
 くるりと扉に背を向けると、廊下には窓からは夕焼けのオレンジ色の光が差し込んでいた。
 呼び出されたのは、元から昼を過ぎた時間であったが、思っていたより話し込んでいたようだ。
 さてとこれからどうするか。緊急任務で時間を潰せるかと思ったのに。
 またやることが無くなってしまった。
 あの暗い自宅に帰るのも億劫で、少しだらだらと遠回りして帰るかと計画を立てていると、パタパタと駆ける足音と共に誰かがオレを呼び止めた。

「はっ、はたけカカシさん……!」

 オレの目の前で立ち止まったのは風花だった。オレがあの部屋から出てくるのを待っていたのだろうか。
 少し遅れて姉の橘花は風花の後ろで歩みを止めた。足音もしなければ、やはり少しの気配も感じられない。
 興味津々な様子でオレを見つめる風花とは反対に、橘花はにっこりと張り付けたような笑みを見せた。
 風花はまだ幼いのもあり感情が読み取りやすいが、橘花は全く読み取れない。どこか既視感のある橘花の瞳に胸がざわついた。
 そして、先ほど火影様から聞かされた、彼女たちの話が頭を過る。
 彼女たちは今まで何度も危険な目に合ってきた。橘花は姉として風花を守るために、きっと何人も手にかけた。
 環境が酷かったが故に彼女は、そうせざるを得なかった。
 人を殺めるというのは、何度経験しても慣れるものではない。慣れてはいけないと思う。しかし、忍である限り避けては通れない。
 だから、感情を押し殺して、大丈夫なふりをする。そうやって感情を消す。
 だが、実際は、全ての感情を消すこともできず、「これは任務だから仕方のないこと」だと、自分に言い聞かせ、割りきる方法を身に付けているだけである。
 しかし、目の前にいる橘花というこの女性は、本当の感情の消し方を知っている。彼女の感情が全く読み取れないのは、きっとそれが理由なのだと思う。
 忍に感情などいならない。
 だから、彼女は、忍として本来あるべき見本のような存在で、忍としては正しい姿ではあるのだが、いざそれを目の前にすると不気味ささえ感じてしまう。

 正直、子供の方が扱いが大変だと思っていたが、これでは寧ろ橘花の方が厄介である。
 そんなことを考えていると、橘花が優しげに微笑みながら風花の背中を軽く押した。

「あっ、あ。あの……!」

一歩オレに近付いて、キラキラとした目でオレを見つめると、何か言いたげに口をぱくぱくと動かした。緊張しているのか服の裾を皺になりそうな程強く握り締めている。
 風花の言葉を待ったが、その沈黙を破ったのは彼女の声ではなく、彼女の腹の虫だった。
 橘花はクスクスと笑っているが、風花は耳まで真っ赤にして俯いて、今度は完全に口を閉ざしてしまった。
 このまま帰るわけにもいかないし、彼女が何を言おうとしていたのか気になる。それに火影様に、彼女たちのことは気にかけてやってくれと言われている。
 オレは頬をかきながら言った。


「あ〜……。飯でも行く?」


夕食にはまだ少し早いが、お腹を好かせている子がいるのだからいいだろう。風花の後ろにいる橘花を見れば、目があった。彼女は口元に緩い弧を描き、そして頷いた。


「じゃあ、行こっか」


 こんな風に人を食事に誘うのはいつぶりだろうかと、そんなことを思いながらオレは火影邸をあとにした。

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