※この章は、アニナルのカカシ暗部編を参考にしています。
あれから数日。いつもと変わらぬ、任務をこなすだけの日々を過ごしている。
橘花は下忍として任務についているし、風花はアカデミー生。ふたりの基本的な活動時間は昼なのに対し、暗部であるオレの活動時間は夜。活動時間が違いすぎてあの日以降彼女たちと会うことはなかった。彼女たちからの連絡もないし、問題なく過ごせているのだろう。それにしても、便りが無いのは良い便りとは言うけれど、実際はやや複雑な気持ちである。
いや、オレは何を考えているんだ。どうかしている。
ため息をつきながらロッカーの戸を閉めると、控え室の扉が開いた。
「あ、カカシ先輩。お疲れさまです」
「テンゾウか。お前もお疲れ。」
「何だか久しぶりに会いましたね」
「そうだな」
暗部の任務は種類も内容も色々だし、各々得意とすることもタイプも違うから、同じ火影直属の暗部といっても、毎日会うわけではないのだ。
テンゾウにはカカシ先輩と呼ばれ、それなりに慕われているが、お互い近況を報告し合う様な仲ではない。
いつもなら軽い挨拶をして、さっさと帰宅するのだが、今日だけは違った。
「……何?」
低い声が出てしまったのは仕方ない。
何故ならテンゾウがじっと……、というより、ジロジロとこちらを見てくるのだから。
「す、すみません!!」
「で、何よ」
慌ててオレに謝ったテンゾウに、オレは同じ質問を繰り返した。
ジロジロ見ていたのは別にいい。そんなことよりもその理由が知りたかった。
「あぁ、別に何がというわけではないんですけど……。」
テンゾウは頬を掻きながら言った。
「何となく雰囲気変わったなーと思ったんですが……」
心臓が大きく脈打ったのが分かった。
「気のせいでしたね」
「気のせいだろ」
「ですね」
テンゾウはケラケラと笑って、オレを観察するように見てしまった事を再度謝った。
しかし、テンゾウに雰囲気が変わったのは気のせいだと言われたのに、未だ激しく動く心臓の音は鳴り止まない。
どうしてか?
テンゾウの言った事は「気のせい」ではない。その自覚がある。
何故ならその心当たりがあるからだ。
変化には何かしらのキッカケが伴う。毎日代わり映えのない毎日を送っている為か、最近何かあったかと聞かれれば、すぐに答えられる。思い当たる事はひとつしかなかった。
橘花と風花に出会った事くらいしか考えられない。
彼女たちと数日間のうちのたった数時間を一緒に過ごしただけなのに。何年もかけて築き上げた人との壁が、あのふたりによって壊されようとしている。
人とは最低限の関わりしか持たない、今のこの生活でいい。ずっとこのままでいい。
オレは今のままで、変わりたくないんだ。
その思いとは反対に、あのふたりに大きな影響を受けているのも事実。その自覚はあったが、他人からそれを指摘されれば、やはりそうなのだと認めざるを得ない。
自分の中で何かが渦巻いた。
そして、それとは別に、テンゾウを見ていると謎の不安や焦燥に駆られた。
何故だろう。オレは何か重要なことを見落としているような気が……
そんなオレに気づくこともなく、テンゾウは「そういえば……」と言って話し出した。
「うちは地区の取り壊し作業も大分落ち着いたみたいですね。今日、久しぶりに地区の側を通ったんですが、何というか……。本当にうちは地区なんてあったのか疑ってしまいたくなるような感じで……。あの事件からまだ一年くらいしか経っていないのに」
「悪い、先に帰る」
「え、あ、ちょっと、先輩!?」
テンゾウの話は途中だったが、構うことなく控え室を飛び出した。
あぁ、やはりオレはどうかしている。こんなに重要な事を忘れていただなんて。
オレは元から火影直属の暗部だったが、テンゾウは違った。テンゾウは以前、ダンゾウ様の持つ暗部の忍である根の者だった。
テンゾウが火影直属の暗部になったのは、ある出来事がキッカケであり、そのある出来事とはオレが持つ、この眼と関係している。
それは、テンゾウがダンゾウ様に、オレの写輪眼を取ってこいとの命を受けたが、テンゾウはその命令に逆らい、偽物をダンゾウ様に渡した。当然それはダンゾウ様に見破られ、テンゾウの身が危ういと感じたオレは、火影様にテンゾウを根から火影直属の暗部への配置替えを頼んだ。火影様はそれを受け入れてくれて、今に至る。
写輪眼はうちは一族が持つものではあるが、一族全員が発現するものではないし、彼女たちが写輪眼を開眼しているかどうかも知らない。
もしも、彼女たちが開眼していたら?
ダンゾウ様の根は解体されたけれど、オレのように写輪眼を狙われるかもしれない。
そしてもうひとつ。テンゾウが言った通り、うちは一族虐殺事件からまだ一年ほどしか経っていないということ。人々の記憶にまだ新しいあの事件。その後の処理も終わっていない今、あの「うちは一族」が里にやってきたら人々はどう思うだろう。彼女のたちの身に、良くないことが起こるのは明らかだった。
いつかはバレてしまうかもしれない。だが、可能な限り、この先ずっと、うちは一族であることは隠した方が良い。少なくとも、ダンゾウ様がこの里にいて、事件のほとぼりが冷めていないうちは絶対にダメだ。
何故こんな大事なことを忘れていたのだろうと、冷静さを欠いた自分に苛立ちを覚えた。
しかし、今は、そんなことをぐだぐだ考えている場合ではない。一刻でも早く、このことを伝えなくては──
この行動もまた冷静さを欠いていることに気付きもせず、彼女たちの家へと向かう足を速めた。
* * *
彼女たちの家の前に辿り着き、オレは漸く足を止めた。
乱れた呼吸を整えようと、ゆっくり息をする。音は小さくあっても、この空間にはよく響いた。そして、はっとした。
家の中からは何の物音もしない。
今は丑の刻。ほとんどの人間は眠っている時間だった。
こんな時間にオレは何をしたかったのだろう。
叩き起こすのは非常識だし、迷惑を承知で、明日の早朝にでも出直そうか。寝ているのなら、今伝えるのも、彼女たちが起きてから伝えるのでも一緒なのだから。
玄関の扉を叩くことなく踵を返し、目的地を自宅へと変更し、帰路へ着いた。
何も考えず、ぼうっとしながら足を進める。
しかし、考えないようにしても、どういうわけか、あの姉妹に事を考えてしまう。
やはり頭がどうかしてしまった。幻聴が聞こえてしまうほどに。
「はたけカカシさん?」
それも、こんな明瞭に聞こえるなんて。
「やっぱりはたけカカシさんだー!」
「カカシさん、こんばんは」
街灯の光でできた二つの影が地面にあることに気付き、この音が現実であると理解した。
こんな時間に起きているはずがないと思っていたから、こんな場所で会うなんて考えてもおらず、やや動揺してた。
会っていないのは数日だというのに、何ヵ月かぶりに会ったかのような不思議な感覚を覚えた。
風花はパタパタとこちらに駆けながら言った。
「はたけカカシさん!もう任務は終わったの?それともこれから?あたしはね、姉さんと一緒に修行して……」
風花の膝がガクッと抜け、オレは反射的に彼女を受け止めた。
「風花……?」
オレの呼びかけ返事が返ってくることはなく、風花はピクリとも動かず、時が経つに連れ、風花の体の力がどんどん抜けていっているのを感じた。暫くその状態で様子をみていると、今度は耳元からは穏やかな呼吸音が聞こえてきた。
もしかして……、寝てる……?
「っ……!!すみません……!!」
橘花も異変に気付き、慌てて風花をオレから引き剥がそうとしたが、気にすることなく、オレは風花を抱き上げた。
そういえば、以前も……そう、彼女たちと出会った日にも似たようなことがあったなと、呑気なことを思った。
「いいよ。時間も遅いし、このまま送っていくよ」
数秒の沈黙の後、橘花は申し訳なさそうに頭を下げ、「すみません。ありがとうございます。」と言った。
* * *
静かな道には風花の寝息だけが響いた。オレも橘花も、体に染み付いた抜き足のせいで、足音はなく、街灯でできた影だけが動いた。
夜も深く、小さな音でもよく響くため、会話はなく、ただ足を進めるだけだったが、不思議と気まずさは無かった。
風花をみていると、昔の自分を思い出す。
修行で疲れてはいても、眠気はなかったのに、自宅に着いた途端、急に眠くなって、電池が切れたかのように玄関で寝てしまい、父さんがオレを布団まで運んでくれたことがった。
客観的に見て、自分は子供らしい子供では無かったと思っていたけれど、自分にも子供らしい所があったのだと、今更ながらに気付いた。
今は子供ではなく大人。
当時の自分を思い出すと共に、何の前触れもなく眠ってしまったオレを運ぶ父さんは、こんな気持ちだったのだろうかと、馬鹿げた事を考えた。
そうしている間に、彼女たちの家に着き、風花をベッドに寝かせた。
そういえば、彼女たちと出会った日も、同じような事があった。
その時は、部屋には備え付けの家具しか無かったが、今は少し物が増え、以前よりは生活感のある部屋へと変わっていた。少しずつ、ここでの生活に慣れてきているのかと、安心した。
「ありがとうございます」
橘花は頭を下げた。
「いいよ、気にしないで」
そうだ。彼女たちをここまで送ったのは、ただの親切心だけではないのだから。
「橘花……。少し話せないか?……いや、話しておかないといけないことがあるんだ」
断られても話しておかなくてはならない。何かが起きる前に。
「私もカカシさんにお聞きしたいことがあったんです」
橘花はにこりと無機質な笑みを浮かべながら言った。
「ここでは何ですし……、そうですね……。ベランダでも良いでしょうか?」
橘花はちらりと風花を見た。
確かに風花に聞かれるとまずい訳ではないが、起こしてはかわいそうだし、この話にショックを受けるかもしれない。オレからより橘花からの方が、風花も受け入れやすいだろう。風花へは橘花から伝えてもらうとしよう。
しかし、ふたりには未だ監視がついている。監視されている今、ベランダでは会話が聞かれる可能性が高い。ただの世間話ならそれでも問題ないが、オレが今から話そうとしていることは誰にも聞かれてはならない内容である。
リビングでは駄目なのだろうか。
問う前に、橘花はクスクスと笑った。
「カカシさん、監視されているからそこですよ」
彼女の黒い瞳と髪は、完全に闇に溶け込んでおり、彼女そのものが闇であるかのような錯覚を覚えた。
「私の服は口元を隠せますから、口元を読まれることもありませんし、音の事なら結界を張るので安心してください」
あぁ、そうか。監視が着いているということは、オレが今ここにいることも見られている。大した仲でもなく、お互いそんな気は更々ないにしろ、年頃の男女がひとつ屋根の下。何かを勘違いされる可能性はある。それで敢えて、監視の目に見えるように──ということだろう。
それにしても結界術まで使えるとは、本当に彼女は一体何者なのだろう。
「あぁ、分かったよ」
オレはそう返事をして、彼女に言われた通りベランダへと向かった。
* * *
晴れていた空はいつの間にか曇り、月を覆い隠していた。おまけに風まで吹いてきて、静寂だった夜は、葉の擦れる音で少しだけ騒がしくなった。会話を聞かれたくないこちらとしては都合が良かった。しかし、あまりのタイミングの良さに、橘花は天気さえも操れるのかと、あり得ないことを考えてしまった。
それ程に橘花は底の知れない人間なのである。
話を切り出す機会を窺っていると、橘花が言った。
「カカシさんからどうぞ。私の聞きたいこととカカシさんの言いたいことは同じ気がするので」
彼女は、にこりと笑った。
その笑顔に違和感を覚えながらも、オレはゆっくりと話し始めた。彼女は「うちは一族虐殺事件」の言葉を聞くなり、やはりその話でしたか──と言うような表情で、橘花は目を細めて微笑んだ。
オレはひとつひとつ事実を並べ、全てを伝えた。その間橘花は一度も表情を変えることなく、薄く笑みを浮かべたままで、相変わらず何を考えているのか分からない。
話終えると、謎の疲労感がどっと押し寄せた。
「火影様から、自分達の生い立ちと写輪眼の件について隠せとは言われていたのですが……。そんなことがあったからなのですね。やっと納得がいきました」
何だ、火影様から既に話されていたのか。それならあんなに焦る必要は無かった。
慌てていた自分が馬鹿みたいだ。いいや、実際自分は大馬鹿者だ。
火影様は、彼女たちにいらぬ不安を抱えさせないために、敢えて詳細を伏せて、「理由は気にせずただ隠せ」と言ったのだろう。それなのにオレは余計なことを話した。
苦い感情が胸から溢れ、自分の情けなさに拳を握りしめた。
「私は、うちは事件についてお聞きしたかったんです」
木の葉の忍びになったのだから、木の葉の事を知ろうと、歴史などについて調べていたら、あの事件の事を知ったらしい。
「遅かれ早かれこの事は知ることになったでしょうし、この事件に関して、私たちは知るべきだったと思います。」
話してくださりありがとうございますと、彼女は続けた。
そして彼女はオレから目線を切り、遠くを見つめ、抑揚のない声で言った。
「やはりうちはは血濡れた一族なのですね」
夜の闇すらも、彼女の瞳の黒には敵わない。何も映さない彼女の瞳に浮かんだそれに、総毛立ち、身動きが出来なくなった。
それは間違いなく憎悪だった。
感情を隠すのがうまい彼女が、感情を隠しきれていない。それ程に、激しく大きな憎しみを抱いていると理解するには十分だった。
うちはイタチが、あの事件を起こしたのは一族を恨んでいたからとダンゾウ様が言っていた。そして、イタチと理由も対象も違えど、彼女もまた自分達を苦しめ、復讐に囚われた一族を恨んでいる。
橘花は復讐を望んでいない。
しかし、彼女も、うちはイタチになり得たのではないかと、そう思えてならない。
遠くを見つめる橘花は、笑みを崩さないままだった。面白い事は何一つもないのに。寧ろ笑ってなどいられない状況なのに。それでも微笑み続けるのは何故なのだろう。
違和感は募り、ついには不気味さへと変わる。全身から吹き出た汗が、薄い膜のように纏わりつき、不快感を煽った。
橘花はゆっくりとオレに目をやり、真っ黒な瞳にオレを映すと、にこりと笑って言った。
「自らうちはを語る気はありません。その名はとうに捨てましたから」
確かにオレを見ているのに、目が合っていないような感覚。光を通さない真っ黒な瞳に、計り知れない恐怖心を抱いた。
橘花はオレを通して一体何を見ているんだ……?
それが、オレの目に映る橘花自身の姿と気付いた時、背筋に冷たいものが走った。
橘花は、うちは一族の血が通っている己さえも恨んでいるのではないのかと。──
そんなはずはないと否定すればする程、そうに違いないと、考えを肯定する自分がいた。
もしも、彼女がそう考えているのなら、この不気味さも笑みの理由も全て納得がいくのだから。
それならば、彼女が望むものはなんだ?
橘花から、彼女の全てを話された時の美しい笑みが脳裏にちらついた。見惚れる程美しく穏やかなのに、死相を感じた笑み。あの時橘花は何と言った?
──それで里の平和が守られるのなら。その時は躊躇わず私を殺してください。
この言葉の中に彼女が望むものがあるのならば。それはもう、ひとつしかない。
いいや、でもそんなことはありえない。だって過去を全て受け入れたと、そして、彼女は今幸せだとそう言っていたじゃないか。幸せだと感じている人間は、そんな事を考える筈はない。望むはずがない。
オレの考えすぎだ。──そう自分に言い聞かせた。
「ですが、語らずとも、自らを証明してしまうものがありますから……。気を付けなくてはなりませんね。」
橘花は、ちらりと部屋の中の方を向いて言った。
「私は今後、目の力を使う気はありませんが、風花はまだ……」
風花が写輪眼を開眼したのは一年ほど前のことで、風花がまだ幼いこともあり、力をうまく制御できず、無意識に眼を使ってしまうことがあると、橘花は続けた。
「風花には私からよく言って聞かせておきます」
そうしてもう一度、話してくれてありがとうございますと、頭を下げた。
憎しみに満ちていた瞳は、いつの間にかオレを映すだけのただの黒い瞳へと変わっており、彼女に抱いた恐怖や違和感も消えていった。
橘花は自分が殺されることを。自らの死を望んでいるなんて、やはりオレの勘違いだった──と、乱れていた心音が少しずつ落ち着いていった。
橘花は不意にオレの目を見た。正確には左目。
「カカシさんも写輪眼をお持ちだったのですね。」
再び心臓がドキリと跳ねた。
てっきり火影様からその事は聞いていると思っていたから、今更そんなことを言われるとは考えてもいなかった。(橘花たちとオレは親戚のようなものだからと言って、火影様が忍の能力を勝手に話すなんて事はしないと、よく考えずとも分かっていたことなのだが)
橘花に、左目の写輪眼をダンゾウ様に奪われそうになったと話したが、うちは一族ではないオレが、写輪眼を持っている。同僚たちの殆どは、オレがこの目をオビトから譲り受けたことを知っているが、当時この里に居なかった橘花はその事を知っているわけはない。
彼女から見れば、オレはダンゾウ様と同じ様に目を奪った人間と映っているだろうか。
橘花が全てをオレに話したように、オレも話すべきか。「オレのこの写輪眼は、今は亡き友人から託された」と──そうたった一言云えばいいだけなのに、走馬灯のように過去の出来事が脳裏を駆け巡り、言葉が詰まった。
そんなオレを気にすることなく橘花は言った。
「私たちは何かと縁があるのかもしれませんね」
彼女はそれだけ言うと、穏やかな笑みを浮かべた。
言及されなかったことにほっとしている自分がいる。
そして、何かを察して言及しないでくれた橘花に対して居心地の良さのようなものを感じていた。
「夜が明けてしまいましたね」
白い肌が朝焼け色に染まる、橘花の綺麗なその横顔をぼんやりと眺めた。
話し始めたのが深夜を過ぎていたとはいえ、あれから数時間も経ったことになる。こんなに話し込むつもりはなかったのだが。
橘花は今日これから任務があるかもしれないし、オレも話したいことは話した。用も済んだしそろそろ帰るとするか、と思った時だった。
「最後にひとつだけよろしいでしょうか?」
橘花は、さっきの件とは全く関係ないことだと付け加えた。何を言われるのだろうとソワソワしつつも、オレは「あぁ」と一言そう返した。
「ありがとうございます。……カカシさん。今、この場で返信頂けなくて構いません」
橘花は頭を下げた。
「カカシさんのご迷惑でなければ、……たまにでいいんです。先日のように一緒に食事をして頂けないでしょうか……?」
急に畏まって、真剣な表情で言うものだから、身構えていたのに、「そんなことか」と何だか拍子抜けだった。
「風花が、あの日からずっとカカシさんに会いたいと言っていて……。今日カカシさんに会えたのも、凄く嬉しかったのだと思います」
風花がオレの姿を見つけるなり駆けてきた時、確かにそんな表情はしていて、それを感じてはいたのだが、実際に言葉にされると、少々照れくさい。
他者から好意を寄せられるのは、苦痛に感じることが殆どだったのだが、彼女たちの好意は、拒絶することなく、すんなりと受け入れられた。理由などさっぱり分からないが。
風花は、オレに会いたいと言っていたそうだが、それでも連絡が無かったのは、橘花なりの気遣いだろう。
確かに、橘花から風花のことを気にかけてやって欲しいと頼まれた。しかし、オレが気にかけてやることと、全てを風花の望む通りにしてやるのは違う。橘花が言っているのは、あくまで無理のない範囲で付き合いをして欲しいということである。だから、こうして今、改めてオレに相談をしているのだろう。
カカシさんにはカカシさんの生活がある。厳しければ断っても構わないと、橘花は続けた。
もう一度頭を下げようとする橘花にオレは言った。
「構わないよ」
暗部の任務は基本的に夜が多いが、多いというだけで昼の任務もある。週に一、二回程度なら会えるだろう。一緒に食事するくらいは、なんとかなるはずだ。
橘花はこの場で、あっさりと返事を貰えたことにやや驚いているようだった。
それもそうだ。この提案を受け入れる、というとは、今後もそれなりに付き合いをしていくことになる。先日のように、風花の面倒をみたり、今日のように風花に振り回されることもある、ということだ。
断ることもできた。
実際、自分の中で何かが崩れてしまう前にこのふたりから離れなければと思っている。しかし、ここで断れば、もう二度とあのふたりと、あんな風に会話をしたり食事をしたりすることもなく、ふたりとの関わりが全く無くなるような気がして。それでいいはずなのに、それは嫌だと思っている自分がいる。
もう自分でも訳が分からない。
いつか、彼女たちを遠ざけなかった事を後悔するかもしれない。でも今は、「ありがとうございます」と安心したように微笑む橘花を見て、これでいいんだと、そう自分に言い聞かせた。──
* * *
「また連絡するよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみ……?」
「ふふっ、おやすみなさい」
朝焼け色に染まっていた空が徐々に白みはじめた頃、玄関先まで橘花に見送られ、オレは帰路に着いた。
冬も本番に近付き、吐く息は白い。高い空に昇っていく様子をぼんやりと見つめた。道の角を曲がる時、彼女たちの家の方を振り向けば、未だオレを見送る橘花の姿が見える。何となく、顔の高さ程度まで手をあげれば、橘花に手を振り返され、正気に戻った。
何をしているんだオレは……。
しかし、胸はじわりと温かい。
角を曲がり、上げていた手をズボンのポケットに突っ込む。いつもより少し早くなった心音のせいか、進める脚が速くなった。
橘花の笑みが、ちらりと脳裏を過ったのに気づかない振りをして、また一歩、脚を踏み出す。
彼女が美しく微笑む理由を知るのはまだずっと先のことである。──
(あとがき?)
ご閲覧ありがとうございます!
この小説は色々と設定詰め込みまくりで、カカシ先生も橘花姉さんも警戒心が強いので、暫くはこんな感じですが、後々に距離感がバグりはじめますのでそれまで気長に読んでいただければなと思っておりますです……。
カカシ先生の幸せを願っておるので、恋愛要素薄くて申し訳ないです……。
次回は、橘花姉さん殆ど出てきません。カカシ先生と風花ちゃんの話になります。お楽しみに!!(???)
拍手、更新希望アンケートにご回答ありがとうございます!励みになっております!
今後も精進して参ります!
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