04.忘れなくてもいいんじゃない?(2/2)



“どうしたのだろう”と疑問が浮かんだがそう思っていられたのは刹那の出来事だった。




『父さん、母さん・・・・・・』




その声はこの静寂しきった部屋でも聞くのがやっとなくらい小さなものだった。


しかしそれは大きな悲鳴のように感じた。


そしてアカデミーから帰ってきてからずっと浮かない表情をしていた理由はこれなのではないかと察した。



オレに背を向け、うずくまるその小さな背中は小さく震えていた。どうしたらいいのだろう。橘花のこんな姿を見るのは初めてで、どう対応すればいいのか全く分からない。しかしオレの口は、その答えを出す前に勝手に動いていた。




「橘花、本当は何があったの・・・・・・?」




オレはもう寝ていると思っていたのだろう。橘花は肩を大きく揺らしたが、その後部屋にこだましていた小さな泣き声を押し殺した。

でも、肩だけは小刻みに震え続けていた。







「大丈夫だから。




オレに全部話してくれない・・・・・・?」






闇に飲まれてしまいそうな小さな背中。橘花はどれだけ暗いところにいるのだろう。



橘花はオレに光を与えてくれた。ずっと抜け出せなかった深い深い光の届かない海の底から、光を浴びれるところまで引き上げてくれた。

今度はオレの番ではないだろうか?


オレは闇にいる橘花に手を伸ばした。


どのくらい待ったかは分からない。長かったのか、短かったのかさえも。

橘花は言葉を途切れさせながらも話した。




『きょ、・・・アカデミーでいっぱ、はなし、かけられた』




“どこから来たの?”、“お父さんとお母さんは?”、“どうして木ノ葉に来たの?”と。

それを聞いてオレは眉間に深いシワを刻んだ。

子供たちにはなんの悪気もない。知らないが故に・・・だ。
転入生が来たら、それが気になるのが普通だろう。しかしその質問は橘花にとっては残酷すぎた。




『思い、出しちゃった、の』




“あの赤い光景を。”


そして




『とうさんと、かあさんを・・・!』




オレは目を見開いた。

心臓は一瞬止まった気がした。




『覚えてたら、辛いからっ・・・!辛いままだからっ・・・!
だか、ら、!二人の事は忘れなきゃいけないのにっ・・・・・・!!』




それは確かに悲鳴だった。

今度は心臓がドクンと一度だけ大きく跳ねた気がした。なんだかかつての自分を見ているようだった。
じっとしていれば思い出してしまう仲間の死。思い出したくなくて、忘れたくて、耐えられなくなったオレが逃げたのは暗部。
身体を動かしていれば余計なことを考えなくて済むし、忙しいなら考えている暇なんてない。だから。


でも気付いた。

忘れる必要はないと。むしろ忘れてはいけないのだと。

こんなオレを庇ってくれた、アイツのことは絶対に忘れてはいけないって。




「忘れなくてもいいんじゃない?」




思い出してごらん?楽しかった日々を。両親からもらった愛を。

それを忘れたら、全部なくなってしまう。両親からもらった愛さえも。




「橘花のお父さんもお母さんも忘れてほしいだなんて思ってないハズだよ」




それに・・・・・・




「橘花も忘れたくないでしょ?」




大好きなお父さんとお母さんの事。

橘花は嗚咽を漏らしながらも答えた。




『わすれたく、な、いっ・・・・・・!』




大声で泣きたいはずなのに、それでも声を出すことを躊躇う橘花を見ていたら、オレは無意識に自分の胸辺りの服をぎゅっと握り締めていた。

自分と似ているから。その苦しさが痛いほど分かるから。

だから余計に助けたくなってしまうんだ。




「橘花おいで」




ベッドの端に腰かけ、橘花に向かって両腕を広げた。



* * *



橘花はゆっくりオレの方を向くと立ち上がり、フラフラと歩きながらオレの腕の中におさまった。全てを包むようにしっかりと橘花を抱き締めた。




「今までずっと辛かったね」




橘花がオレの胸の辺りの服をぎゅっと握った。




「でももう大丈夫だよ」




オレは小さな子供をあやすような優しい声で言った。少しでも橘花が安心できるように。

すると橘花は堰を切ったように声をあげて泣き始めた。
今までずっと我慢してきたんだ。誰にも言えず、ずっと溜め込んでいたのだ。この小さな背中に。


すがるように“兄さん、兄さん・・・!”と繰り返す橘花。

胸の奥が熱くなるのを感じた。


グイグイとオレの服を自分の方に引っ張る橘花のその行動は、オレの存在を確かめているように感じた。

オレが何処にも行かないように、行かせないようにしているのだと思った。




「オレはどこにも行かないよ。」




オレはずっと




「オレはずっと橘花の隣にいるから。」




橘花には笑っていてほしいから。

辛かった分笑って欲しいから。

だから早く泣き止んでおくれ・・・?








橘花は泣き疲れて、いつの間にか眠っていた。
目の下は擦ったため、白い肌は赤くなり、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

しかしその寝顔はとても安らかで、生まれたばかりの赤ん坊のようだった。


オレの服を強く握っている橘花を引き剥がして布団に寝かせる気にもなれず、オレはそのまま橘花を起こさないようにそっと抱き締めながら、自分のベッドに横たわった。




オレは橘花を救えたんだろうか。



だといいな。と思いながら、自身も深い眠りに落ちていった。







緊張の糸がとけたのか、橘花は次の日から1週間、高熱を出し、そんな状態でアカデミーに行かせられず、熱がおさまるまでは休ませることにした。


火影様にそのことを伝えると熱が下がるまで傍にいてやれと休暇をもらった。

寝込んでいるときは辛そうだったけど、体調が戻ったときは、どこかすっきりした表情をしていた。


それと前より笑うようになったし、オレにも少しずつ心を開いてくれるようになった。




オレは橘花を救えたんだろうか。

再び自分に問いかけた。





(ねぇ兄さん?)

(んー?)

(友達作るのはどうしたらいい?)

(そうだな。まずは隣の席の人に話しかけてみたらどうだ?)

(うん・・・!やってみる!)


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