02.ありがとう(1/1)

『兄さんおはよう。』

「ん。おはよう。」




オレの朝が始まるのがこの挨拶になってから1週間が経過した。
そして自分で朝御飯を作らなくなってから1週間が経過した。

そう、オレが橘花と暮らすことになってから1週間が経過していた。



ぐぐぐっと伸びをして、まだ目覚めきっていない身体を起こし、洗面所へと向かった。



窓から差し込む光に目を細めた。


今日もよく晴れているようだ。



今だ慣れないところもあるが、大分この生活が当たり前のようになり始めている。まだそんなに経っていないのに。


橘花が呼ぶ『兄さん』というのにはまだ慣れない。なんだか心の奥がくすぐったくなるのだ。

初め橘花は『はたけさん』と呼んだ。普通は誰でもそう呼ぶのが当たり前なのだろうけど、これから共に暮らすんだ。それに一応血も繋がっているし、よそよそしいなと思ってやめさせた。
“カカシでいいよ”と言ったが、本人は納得いかない表情を浮かべた。
悩みに悩んだ末、偶然町から“兄さん待ってー!”と、橘花と同い年くらいの兄弟がかけっこをしているのを見た。

お互いの視線はその兄弟へと向けられていたが、その小さな姿が見えなくなったあと橘花に視線を戻すと橘花もオレと同じように顔をこちらへ向けていた。

目が合うと橘花が何を考えているのかすぐにわかった。きっとオレと同じ事を考えてるって。


こうしてオレの呼び方は『兄さん』に決まったのだ。


こんな呼び方なんて大して問題じゃない。でも、こういうなんでもないことに一緒に悩むのも悪くないななんて、そう思った。



顔を洗って橘花の待つリビングへと目を擦りながら向かった。


近づけば近づくほど食欲をそそるにおいは強くなっていった。


テーブルにはさっきまでなかったが、牛乳が注がれたガラスのコップが2つ置いてあった。

オレが来たのに気づくと橘花はオレの向かい側の椅子に腰をおろした。

オレも同じように椅子に座るとバチっと目が合う。

それが合図。




「『いただきます。』」




短く挨拶するオレに対して、橘花は数秒間目をつぶってから箸を手に取る。きっと今までそうしてきたんだろうな。と思う。


食事は質素だが料理はとても上手い。なぜかと聞かなくても分かるのは、彼女がここに来る前、この子の世界には3人しか人がいなかったから。

橘花とその母と父。
極力目立たないように、そして見つからないように辺りを転々と移動しながら暮らしていたのだ。他者と関わっている暇は殆んど無かったハズだ。
だから母親から習ったんだろうなと簡単に予想がたてられる。


食事の後は二人で片付け。
橘花が洗って、オレが拭いて棚にしまう。
朝御飯は毎日作ってくれてるわけだし、片付けくらいはオレ一人でやると言ったが、断られた。中々折れてくれなくて大変だったけど、食器棚に手が届かないものもあってオレが手伝うことを許してくれた。


基本的に橘花は家事をすべて自分でこなす。そしてオレにさせない。

きっと居候してるからと思ってやってるんだと思う。


気にしなくていいのに。なんて言っても橘花は聞かないだろうな。



オレは代わりに、橘花の頭をぽんぽんと撫でた。




* * *

オレ達は今、買い物をするために町へ出ている。
必要なものを買いに。


橘花は明日からアカデミーに通うのだ。


要るものをきちんとリストアップしてから家を出た。


買い忘れがあると大変だからね。


左手をポケットのなかに突っ込み、右手でリストを眺めながら歩いた。
こうしてリストを見ているだけでもアカデミーで何をやったか思い出す。
こんなのなにに使うんだよ!とか思ったものもあって、懐かしい思い出にゆるゆると口元が緩んだ。

口布でそれが他人に見られることはなかったが。




「お!橘花!それにカカシも!」

「どうも。」

『いのいちさんこんにちは!』




橘花はいのいちさんによく懐いている。
気になって前に少しだけいのいちさんから話を聞いた。

橘花はオレに預けられる三ヶ月前から木ノ葉に来ていたらしい。
しかし、両親を目の前で殺されたショックでかなりひどい精神状態に陥っていて、周りの出来事にまるで興味をしめさず、魂の抜けた脱け殻状態になっていたという。

橘花の記憶を見たいのいちさんはその悲惨さにいてもたってもいられず、3代目と共に少しでも早く橘花が元に戻れるように協力してくれていたらしい。

よく橘花の側に居てくれたんだろう。そのためか橘花はいのいちさんに心を開いているように見える。


頭を撫でられて照れたように笑う橘花。初めて見る表情ではないが、それはいつもオレに向けられたものではなくて他人に向けたもの。
オレが何かしてもこんな風に笑ってくれたりしない。


なんか面白くないナ。


でもそれはまだ時間が足りないからだと、そう言い聞かせた。




「どうしてこんなところにいるんだ?」

「明日からアカデミーに通うんです。
それでちょっと買い出しに・・・」

「明日からか!」




一瞬驚いた顔をしたけれど、次には楽しそうにぐりぐりと橘花の頭を撫でた。




「オレの娘もいるからなかよくしてやってくれ。
カカシも橘花のことよろしくな。」




微笑みながらそう告げ、任務へと向かって行った。
 
寂しそうな顔をしていのいちさんを見送る橘花をみて、ちょっとだけ悲しくなった。





* * *


買い物には意外と時間がかかって、終わったのは夕方。

大きな買い物袋をお互い両手に持ち、長い影を見つめながら帰路をたどった。


誰かと買い物をするのは久し振りだった。
父さんがいなくなってからはずっと一人だったから・・・ネ。

自分の買い物ではないけれど、会話をしながらするのは本当に楽しかった。


オレの役目はこの子をちゃんと面倒見て育てることなんだと思う。知らないことを一杯教えたり、いけないことをしたら怒ったり、一度空っぽになってしまった橘花の心を満たしてあげたり。

してあげるのはオレの方なのに、気付けばオレに知らないことを教えてくれたり、冷たくなった胸の奥を熱くしてくれる。

すっかり色褪せてしまったオレの世界は少しずつ鮮やかな色を持ち始めていた。


なにより朝起きることが楽しみになった。明日が来ることが楽しみになった。

眩しすぎると目を細めていた太陽の光も、今では温かいと感じるようになった。



これも全部橘花のおかげだね。



“ありがとう”と心の中で呟いた。




オレを昼の世界に戻してくれてありがとう。




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