第三話(1/2)

 次の日は朝から任務だった。
 昨日の夜は橘花と話しをしたが、深夜までには帰宅していたから、彼女のせいで寝不足、なんて事はなかった。
 朝からの任務といっても、日の出の時間ほど早朝でもないし、そもそも数日眠らずに任務に着くことも少なくない。例え昨日彼女と話し込んで、眠らずに朝を迎えたとしても今日の任務に響くことは無かっただろう。
 まぁ、何が言いたいかというと、昨日橘花と話をしたが為に帰宅が深夜になっていたとしても、どうと言うことはなかった。
 確かに、彼女たち、……特に橘花の過去は予想もできないものだったが、彼女本人が「過去は全て受け入れた」と、そう言った。本人が乗り越えたのだから、可哀想だと同情するのは違うだろう。
 それに同情したところで今更どうすることも出来ない。時間を巻き戻して、復讐に囚われ狂ってしまった集落から、橘花をより早く抜け出せるよう手助けできたら……なんて考えはない。

──過去に戻れる。

そんな事ができたなら、とっくの昔にオレ自身の過去を変えている。それに、昨日出会ったばかりの彼女に対して、そこまで肩入れするほど情に熱い人間でもなければ、彼女とも親しくもないし、そんな義理もない。
 昨日橘花がオレだけに語った話は全て事実だろう。確かに話を聞いていたその瞬間はその内容に驚いたし動揺もした。
 あの時彼女は、他人事の様に淡々と自身の過去を語っていた。彼女自身の話を聞いていたというより、「こんな人がいた」と、彼女でない別の人間の伝記でも聞かされているような気分だった。
 それもあってか、今こうして橘花の話を思い出しても何も思わない。それでは少し語弊があるのだが……。

 簡単な言葉を使って簡単に説明するのなら、例えば、自分の知らない、とある人間の不幸な人生物語を聞かされ、最後に今は幸せに暮らしていますと物語を締め括られたとする。その物語を聞いた「感想は?」と尋ねられたら、多くの人は「今までつらい目に遭ったけれど最後には幸せになれて良かっためでたしめでたし。」と答えるだろう。
 まさにこの感覚だった。
 まるで他人事。確かにもとから他人事ではあるのだが、それ以上にそう感じた。本人から直接、その本人の実話を語られたというのに。 
 彼女が、彼女たちが今現在も、物語でいう「不幸」の中に要るのならまた違ったのかもしれないが、橘花は確かに昨日「私は幸せです」と言った。
 だから、彼女たちに何かしてあげたいなどと、そんな積極的な考えはない。
 彼女たちは今幸せなのだから、勝手に同情して過ぎた事を蒸し返すのは無神経でただの鬱陶しいお節介である。
 問題解決に第三者の介入が必要になるものもある。
 しかし、例えそうだとしても、ただ何もせずそっとしておくことも相手への配慮であると、自分が一番よく知っているし、そもそも、未来に向かって歩き出した人間に、過去の慰めは必要ない。そして彼女たちはそれを望んでいない。オレが彼女たちに求められるものはもっと別の事だ。
 オレが彼女たちに求められるものは、彼女たちと付かず離れずの適切な距離を保ち、彼女たちが困った時相談に乗れる、手助けをしてやれる。そんな人間でいてあげることだろう。

 かなり話はそれたが、彼女たちとの今後の関わり方についてあっという間に答えは出たし、任務中、彼女たちの事が頭をよぎることはなかった。
 そもそも任務に私情を挟むほど感情的な人間でもないから、何の問題もなく任務を遂行し、怪我も無く里へと帰還した。



* * * 



 火影様へ報告を済ませ、夕焼け色に染まる帰路に着く。
 今回の任務は夜までかかると想定していたのだが、思いの外順調に進んだ。
 理由としては、任務先の状況が予想されていたものよりずっと良い状況で、かつ面倒なことな起きなかったこと。そして、何より今日は体の調子が良かった。
 普段から寝付きが悪く、眠っても浅い睡眠を繰り返していたが、昨日は寝付きも良ければ夜間目覚めることもなく、今朝は窓から差し込む日の光りで目が覚めた。
 よく眠ったからか、寝起きの疲労感もなく頭もすっきりしていて、幾分か気分も良かった。
 こんな清々しい朝を迎えたのはいつぶりだろうか。
 記憶を巡ろうとしたところで止めた。過去を思い出した所で良いことはないのだから。
 いくら忍が一般人より丈夫で、劣悪な環境に耐えられるといえども、疲労はするものだ。
 たかが一日快適な睡眠をしただけで、こんなにも違うのかと。やはり自分も忍である以前に人間なのだと感じ、思わず苦笑いを溢した。
 自分も忍としてはまだまだなのだと。忍というならきっと橘花のような人のことを……。
 そうしてふと彼女たちの顔が脳裏を過った。
 目の前にはオレンジ色に染まる道。
 昨日の今ごろ、彼女たちとこの道を歩いていたのか、と。
 昨日のことははっきりと覚えているのだが、何というか実感がない。
 昨日三人で会話をしながらこの道を歩いたのも、適当なお店に入って少し早めの夕飯を食べたことも、その後軽くではあるが里を案内したのも、どういう訳か、遠い過去の出来事のように思えて仕方ない。
 彼女たちの存在がどう、というよりも、自分が会話を楽しんでいたことや、美味しいと思いながら食事をしていた事が、未だに自分でも信じられないと言うべきだろうか。
 そのままぼんやりとうつむき気味に歩いていると、ある影が目に映った。
 大きい人影が二つ。その大きな人影の間には、小さな人影がひとつある。仲良さげに肩を並べ、小さい影の歩幅に合わせながら、ゆったりとした動きで大きな人影が一歩、また一歩と歩みを進める。
 昨日のオレたちもこんな風だったのだろうか。
 そう思ってふと視線を持ち上げ、その影の持ち主を確認するなり首を振った。やはりただの勘違いだったようだ。
 そこにあったのは三人家族の姿。大きい人影は父と母。その間にあった小さな影はそのふたりの子供だろう。幸せそうな笑みを浮かべ、楽しそうに会話をして歩いている。
 橘花と風花は、目の前にいる家族の母と子に当てはまるかもしれない。
 しかし、自分の存在はどう考えても浮いていた。
 自分がいなければ、あのふたりは幸せな家族に見えるのではないだろうか。──そう、自分さえいなければ。

 火影様には、ふたりのことは気にかけてやって欲しいと頼まれた。橘花にも、風花のことだけは気にかけてやって欲しいとも言われた。しかし、本当に自分は彼女たちに必要なのだろうか。
 彼女たちはもう幸せなのに、今更自分が彼女たちと関わる必要はあるのだろうか。そう思ったときだった。


「あっ!はたけカカシさん!!」


 聞き覚えのある高い声がオレの名前を呼んだ。
 無意識に落ち込んでいた視線を声の方へ向けると、その姿はあった。
 大きな影と小さな影。橘花と風花だった。
 ゆっくりとオレに近付くふたりの姿を、ぼうっと眺めていると、ふたりはオレの目の前で歩みを止めた。
 ふと、橘花と目が合い、にこりと微笑まれて、我に返えった。
 橘花は軽く頭を下げ、風花はキラキラとした笑顔をオレに向けた。
 昨日見たものと同じ姿。違うところと言えば、ふたりが両手いっぱいに荷物を抱えていることだろうか。


「こんにちは!」


 簡単な挨拶のはずなのに、ただ同じ様に「こんにちは」と返せば良いだけなのに、それだけのことなのに言葉が出てこない。自然な流れで挨拶を返せない程に、その言葉を言おうとするのが久しぶりだった。
 言葉を返すよりも先に、風花は首をかしげながら言った。


「あっ、こんばんは、かな?」
 

 そうして今度は、今日は任務があったのかとか、それともこれからなのかと、わくわくとした表情で風花に尋ねられ、やっと出かけた言葉を喉の奥に仕舞った。
 こんにちはも、こんばんはも声になることはなく、会話の流れが変わった今、このタイミングで挨拶を返すのは流れ的に変である。風花本人も、オレから挨拶が返って来なかったことは気にしていない様子であり、それよりも質問した事について気になっているようだった。
 結局挨拶を返すことはせず、オレは彼女の問いに答えた。

 今日は任務があったが、先ほど報告を済ませたところだと伝えると、ふたりから労いの言葉をかけられた。「ありがとう」とでも返すべきだったのかもしれないが、自分が返したものは、「あぁ」とそれだけでそっけないものだった。

 ここ数年、人との関わりを避けてきた。
 毎日毎日任務に追われ、変わらぬ日々を繰り返すだけ。同僚とも任務以外での交流もなく、必要以上に人と話すこともなかった。
 自分の周りにあるものはいつか消えてしまう。失う痛みを味わうのはもう十分だ。もう二度とそんな思いはしたくない。それならばいっそのこと全てを断ち切ってしまおうか。でもそれは生きている限り現実的ではないから、生きるのに最低限の……いや、任務をする上で必要最低限の人間関係だけあればいいと、そう思って過ごしてきた。
 それで特に不自由したことはないし、このままでいいとさえ思っていた。
 そう思っていたのに、今になってそのツケとでも言うべきか。こんな簡単な言葉やりとりさえぎこちない。
 これからはせめて挨拶くらいは普通に出来るようにならなければ。
 そんなことを思っていると風花が「あのね!あのね!」と話し出す。


「あたしたちはね、今日はずっとお買い物してたの!」


 あぁ。それでパンパンに詰まった買い物袋を抱えているのか。
 更に話を聞けば、風花は明日からアカデミーに通い、橘花は明日から忍として任務に着きはじめるそうだった。
 ふたりはまだこの里に来たばかりだし、もう少しこの里に慣れてからでいいだろうに。そこはもう少しふたりに気を遣うべきではないのだろうか。
 三代目火影様らしくない対応に疑問を抱いたが、彼女たちが木の葉の里で生まれ育ったのではないことと、ふたりともかなりの実力の持ち主であることを考えれば納得がいった。
 下忍をひとり作るだけでも大変な時間がかかるし、彼女たち程の実力を身に付けさせるには、その何倍もの時間を要する。つまり、忍の育成には手間も時間もかかるものであり、ある日突然中忍、上忍レベルの人材が手に入り、里としては育てる手間が省け良い拾い物をした。忍という世界は万年人手不足だし、里に役立つふたりをすぐにでも働かせたい、といったところだろう。

 それも目的ではあるが、本当の目的は監視だろう。

 火影様は彼女たちの過去や素性を知っているが、だからといって彼女たち自身を信用できるかとなると話は別だ。
 昨日の火影様の様子から考えるに、火影様は彼女たちを既にこの里の人間として受け入れていると思う。監視の件に関しては、上層部の人間がつけろと進言したのかもしれない。
 戦争が終わったとはいえ、里間での関係は未だギスギスしているし、彼女たちがスパイか何かかもしれないと疑ってしまうのは仕方ない。里の安全を考えれば当然の対応ではある。
 まだ幼い風花はともかく、姉の橘花は監視の存在に気付いているだろう。監視が着いている間は窮屈な思いをするに違いないが、逆に自分達は里の不利益になるような人間ではないと理解してもらえる機会でもある。
 こればかりは手を貸してやれないし、彼女たち自身で証明していくしか方法はない。

 それにしても、そんなことになっていたとは。
 風花の言葉の通り、ふたりは今日は一日中買い物をしていたのだろう。
 普段の生活に必要なものや、今後忍として必要な道具を揃えるのは大変だった筈だ。橘花は相変わらず何の感情も読み取れないが、風花はニコニコしていながらもどこか疲労の色を見せている。

 相談してくれれば買い物くらい付き合ったのに。

 今日は朝から任務だったし、任務が順調に進んだから早く終わったものの、本来は夜の帰還を予定していた。相談されたところで、手伝ってやれなかったのだが、それでも言ってくれれば良かったのにと、ぐだぐだ考えている自分に驚いていると、袋を持ち直そうとした風花の体がぐらりと揺れた。


「あっ……!」


 小さな腕に抱えられた荷物が落ちそうになるのを半ば反射的に受け止めた。


「持つよ」


 受け止めた荷物をそのまま自身の腕に収める。
 風花が両手で持っていたが、自分の片腕でも余る。彼女はまだ幼い子供なのだと感じると共に、思っていたよりも質量のあるそれ。──小さな子供にこんなに重いものを持たせるなんて橘花は何を考えているのだろう。ひどい姉だ。──何て思わない。橘花は両腕に買い物袋をぶら下げ、更に両手に荷物を抱えており、その量は風花の倍以上だし、オレに荷物を持たれてしょんぼりしている風花を見れば、どうしてそうなった察するのは容易である。恐らく、姉の橘花に少しでも楽をさせるために「あたしが持つ!」と言って聞かず、体格に合わない重い買い物袋を抱えていたのだろう。


「ごめん……なさい……」


 風花は、服の裾をギュッと握り、眉毛をハの字にして、オレの顔を覗き込むようにしながら言った。
 何故彼女はこんなに悲しい顔をしているのか。オレは何か悪いことをしてしまっただろうか。  そうしてふと過った父との記憶。自分も似た経験したことがあった。
 オレも昔、父さんに少しでも楽をさせたくて、無理をしたことがあった。役に立ちたくて必死だった。しかし、結局最後まで自分ひとりでやり遂げることが出来ず、自分は何も役立たずだと落ち込んだ。
 今の風花は、きっとその時のオレと同じ。
 風花を傷付けるつもりはなかった。自分なりに相手の事を考えてした行動だった。橘花ならオレの行動を「ありがとうございます」と言って受け入れてくれただろう。しかし、相手は風花は心も体も成長途中の子供。大人と同じ扱いをしてはいけないこともあるのだ。
 ならオレはどうするべきだったのかと考えている余裕はない。してしまったことを無かったことにはできない。
 この後オレがどうするべきかを考える方が重要だった。
 あの時父さんはオレに何と言ってくれただろう。何と言ってオレを励ましてくれただろう。
 仕舞い込んだ過去の記憶を辿った。


「風花」


 自分のものではない落ち着いた女性の声。
 橘花は風花の名前を呼ぶと首を横に振り、それからにこりと笑った。風花は首をかしげ、何やら考えはじめ、数秒の後、閃いたように、ぱっとオレの顔を見た。
 その顔は笑顔だった。


「ありがとう!」


 彼女たちの中でどんなやり取りがされていたのかオレには分からない。風花がどんな風に考えて、どう答えを出したのか分からない。ただ、良い方向に答えが出たのだと思う。
 自分の力で出来ないことは出来なくていい。それは仕方の無いことであって、悪いことではないのだから。何かをするとき、人の手を借りることも、誰かを頼るのも悪いことではない。子供のうちは、頼れる大人ががいるのなら頼ってもいいのだから。


「どういたしまして」


 この返し方であっているだろうかと不安に思ったが、風花は笑顔のままだし、間違ってはいないはずだ。ちらりと橘花を見れば目が合い、穏やかに微笑みかけられる。
 オレの行動や言動は間違えていなかったのだと肯定された様で、胸にはじわりじわりと安堵感が広がっていった。


「橘花のもいくつか持つよ」
「……!あたしも!あたしも持つ!」


 手ぶらになった風花と、まだまだ荷物を持つには余裕のあるオレを見て、橘花は申し訳なさそうに笑った。


「ありがとうございます。風花もありがとう」


 女性に重い荷物を持たせるわけにはいかないから、オレは一番大きくて重たそうな袋を受け取った。風花の持っていたものよりも、ずしりとはっきりとした重みを感じる。これだけでも十分重いというのに、彼女の両腕にはまだまだ買い物袋ががかかっている。
 こうならざるを得なかったのは、小分けに買っていられる程の時間は無かったのだろう。
 明日からではなくてせめて明後日からにしてあげればよかったのに。
 しかし、里の決定事項にいち忍が意見を述べる権限はないし、言ったところで何も変わらないし、そもそも直談判すらできない。


「オレこの後暇だし、まだ買うものあるなら付き合うよ」


 人に頼ることは悪ではない。それは子供だけでなく、大人だって同じだ。
 だからといって彼女たちから頼られたいとは思わないし、頼って欲しいとも思わない。ただ、彼女たちが、オレは頼ってもいい人間だということを知ってくれればいい。


「任務後なのにすみません」


 橘花は「お願いします」と丁寧に頭を下げ、風花も慌てたように勢い良く頭を下げた。
 そんなにかしこまらなくてもいいのに。
 しかし、今の距離感はこんなものだろう。


「そんなに疲れてないから、あんまり気にしないでよ」


 建前ではなく本音。昨日良く眠ったおかげで、任務後だというのに体力はまだ有り余っており、もう一任務は余裕でこなせそうな程である。数時間買い物に付き合うくらい任務に比べれば何てことはない。


「ありがとうございます。カカシさん」
「わぁ!!はたけカカシさん!ありがとう!」


 偽りの無い笑顔と偽りの無い言葉に、自分の中の何かが揺れ動くのを感じた。
 あぁ、困った。
 自分のような人間は誰とも関わってはいけない。自分に対して特別な感情を抱かれたくない。何よりも自分自身が、誰かと深い関係になることを恐れ、自分から遠ざけた。今までそうやって生きてきた。
 彼女たちの幸せにオレは必要ない。寧ろ邪魔をしてしまう。
 本当は関わりたくない。
 しかし、一度関わってしまった以上、彼女たちとの関係を断ち切るのは無理だから、彼女たちには近付きすぎないと、適切な距離を保つと自分でそう決めたのに。
 純粋な「ありがとう」という気持ちを真正面から伝えられただけで「嬉しい」と思ってしまっている自分がいる。
 たったその一言を掛けられただけで、長い間捨てたはずの感情が胸を揺さぶる。
 これ以上近付く前に離れなければ。
 頭では分かっていても、抗いきれず心が無意識に渇望する「何か」。
 昨日出会ったばかりで、お互いの事をほぼ何も知らないのに。それなのに、そこに温もりを。自分の居場所を求めてしまうのは何故なのだろう。
 いいや、ただの気のせいだ。オレはそんなものは欲していない。必要ない。いらないと。そう決めたじゃないか。


「じゃ、店が閉まる前にちゃっちゃと済ませないとね」


 自分の中で長年築き上げたものが崩れはじめる前に話題を変えた。


「あとは何が必要?」


 オレが問うと、風花はポケットに手を突っ込むと折り畳まれた紙を取り出し、それ広げると「えっと……」と順番に書き出されたものを読み上げた。
 まだまだ買うものは沢山あるようだ。
 買うものと店を照らし合わせ、簡単なルートを組み立てる。順序良く行けば、なんとか今日で全て揃えられるだろう。


「それならまずはあそこからかな」


 ゆっくりと体の向きを変えながら言う。


「案内するよ」


 風花がオレの隣につき、その隣に橘花がついたのを確認してから一歩足を踏み出すとふたつの声が重なった。


「カカシさん」
「はたけカカシさん!」


 名前を呼ばれ、彼女たちの方を向く。夕日に染まるふたつの笑顔に時が止まった感覚を覚えた。


「ありがとうございます」
「ありがとう!」


 自分の中の何かが音を立てた。
 やはりこれ以上このふたりに近付いてはいけない。
 今ならまだ「気のせい」で済ませられる。この気持ちが「確信」に変わる前にこのふたりから離れなくては。
 今のままでいい。変わりたくない。そう願っているのに、確実に何かが変わりはじめている。
 あぁ、そうだ。今は会話の途中だった。何と返そう。しかし、どうしてだかうまく言葉が出てこない。
 代わりにオレはふたりに笑みを返した。
 こうして誰かに笑い掛けるのはいつぶりだろう。
 今のオレはうまく笑えているだろうか。

 並んだ三つの影が、この先どう変化していくかなんて、この時のオレは予想も想像も出来なかった──


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