episode01・02

 彼女が目覚めるまでの一週間、オレは毎日病院に通った。

 あの美しい瞳を忘れられなかった。しかし、それ以上にもっと早く見つけてあげられれば、容態がここまで酷くならなかったのではという罪悪感の方が大きい。
 顔に出ていたのだろう。ルリナに、『あなたのせいじゃない』と言われた。オレも頭で理解はしているが、あの冷たい体を思い出すと、そう思えなくなってしまう。


 あの日、あの子を抱えてルリナと共に、アラベスクタウンの病院に駆け込んだ。しかし、彼女の容態はかなり深刻であり、より優れた設備のあるナックルシティの病院へすぐ移された。
 道中、弱々しい息が止まってしまわないか、完全に熱を失ってしまわないか、と恐怖にも近い不安でいっぱいだった。それを紛らわすかのように、自分に言い聞かせるように、彼女にずっと声を掛け、これ以上身体か冷たくならないように抱きしめた。自分よりもずっとずっと小さく、細い体をしているなんて気付く余裕はなかった。

 病院に着くなり、彼女は急患で治療室へ運び込まれた。
 どっ、疲労感が押し寄せ、全身に嫌な汗をかいていた。もう大丈夫よ、と後ろからルリナの声がして我に返った。自分と違い、ルリナは随分と冷静に感じた。(オレがこんなんだったからルリナが冷静でいられたのかもしれないが。)

 眠ったままの彼女。医師からの診断は、『非常な危険な状態、しかし命に別状はない。原因は不明』だった。栄養状態に問題もなく、外傷もない。原因が全く分からないと言われた。
 ヤブかと疑いたくなる診断だが、彼女がルミナスメイズの森で倒れていたこと考えれば、そうか、と頷いてしまう。あそこにはタチの悪いポケモンがいる。十中八九そのポケモンが、関係しているだろう。

 彼女の意識が戻ったら連絡をくださいと言い、オレ達は病院を出た。日は完全に落ちていた。ふぅ、と大きく息を吐くとルリナが言った。


「そういえば、行方不明者は無事見つかったそうよ」


 そういえば、そうだった。本来の目的を忘れるほど自分は余裕がなかったのだと改めて感じ、オレは苦笑いをこぼした。


「あの子も、とりあえず大丈夫そうで良かったわね。」


あんたの慌てっぷりを見てたら、なんだか逆に冷静になっちゃったわと、ルリナは可笑しそうに笑いながら言われた。
いつもなら反論するが、全くその通りであり、返す言葉がない。誤魔化す様にオレは笑った。



* * *


 それから数日間、目覚めないあの女性の病室へ通った。その日は、これから行こうと部屋を出ようとした時、病院から彼女が目覚めたという連絡が入った。このまま一生目覚めないのかもしれないと考えていたこともあり、安堵した。身支度は住んでいたから、オレは飛び出す様に家を出た。
 ルリナにも連絡がいっていると思うが、念のため一応オレからも、あの子が目覚めたと連絡を入れておいた。返信は直ぐに来た。ルリナもこちらに向かっているようだ。

 一足先に着いたオレは、まず担当医の所へと向かった。経過などを聞きに来たのだが、医師は困った顔をした。
 目が覚めたのはいいが、怯えて部屋の隅にいて動かない。それも看護師や医師が近寄るのを躊躇ってしまうほどに酷く怯えているらしかった。
 意識が戻ったばかりで、混乱しているのかもしれない。面会では、あまり刺激しすぎないように、と言われた。

 彼女の意識が戻ったと聞いて、安心していた。しかし、医師からの報告は良いとは言えないものだった。眉間には皺が寄っていた。


「どうしたのよ。そんな顔して」


急いできたのか、額に少し汗をかいたルリナがオレの前に立っていた。

 あの子に会う前に、さっき医師から聞いたことを話した。二人で話し合い、ルリナだけ面会に行くことになった。ルリナは、ああ見えて(と言ったら怒られそうだが)意外と世話焼きだ。知らない大男が行くよりも、歳が近そうな同性のルリナが行った方が良い、という結論だ。

 病室の近くにあるベンチでオレはルリナを待った。が、いくらもしないうちに、ルリナは病室から出てきた。
どうだった?と聞く前に、ルリナは何も言わず首を振った。それだけで、あの子がどんな状況かを知るには十分だった。
ルリナでさえ駄目だったのだ。自分が行っていたら、もっと怖がらせていただろう。判断は正しかった。しかし、それと同時にどこか複雑だった。


「そういえばキバナ、確かあの子に誰かに見間違えられてなかった?」


ルリナはどかっと音を立ててベンチに座った。
確かに、あの時『アレックス様』と言われた。


「もしかしたら、あの子の知り合いに似ているんじゃない?」


 もしそうだったら、あなたの方がいいかもしれない。と、ルリナは続けた。
 本当にそうだろうか。怖がらせてしまうだけな気がしてしまうが、何もせずこの状況が変わらないのも良くない。


「分かった。行ってくる」


ルリナに見送られながら、オレはあの子がいる病室へ向かった。深呼吸をひとつしてから、ドアをノックした。


「入るぞ」


オレはゆっくりと、ドアを開けた。

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