02.自来也様、早く帰ってきてください!(1/2)

 どうやって彼らを救おうかと、暇があれば考えた。しかし、赤ん坊の体だからか、起きていたくてもすぐ眠くなるし、その眠気に抗えず眠ってしまう。それよりも、生きるのに精一杯で、正直そんな暇は殆んど無かった。
 私が赤ん坊だから、常に誰かが私の側に居てくれて、(弥彦と小南と長門は基本的に修行しているから、自来也様が私の面倒を見てくれることかった。)放置されるよりは圧倒的にいいのだけれど、皆、過ぎるくらい私の面倒を良く見てくれた。いっぱい話しかけてくれたり、遊び相手になってくれたり、それはもう色々だ。
 皆を救う方法をどうにか考えたくて、私に構ってくれる皆に対して、そっとして欲しい、構わないで欲しいオーラを出して、冷たい反応をした事もあった。でもその度に皆、悲しそうな顔をし、私に愛が尽かすこともなく、寧ろ、「どこか調子が悪いのではないか」と私を心配してくれた。そんな反応をされては、良心は痛むし、要らぬ心配をかけて皆を困らせていることが申し訳なくて、考え事をする所ではなくなってしまった。結局、数日で私の心が折れて以前と同じ通りに接することにし、皆にたくさん私の相手をしてもらうことにした。(皆が私に構いすぎて、正直言って、私が皆の相手をしているような時もあった。)
 赤ん坊という私の存在は、本来彼らにとっては邪魔というか厄介な存在であるのに、彼らは一度も私を邪険に扱うことは無かった。修行で疲れていても、眠くても、私にたくさんの笑顔を向けてくれた。
 愛されて育つってこんな感じなのかな。と、少し他人事のように思いながら、私は少しずつ成長していった。
 立ってるようになっただけで、歩けるようになっただけで、喋れるようになっただけで、大騒ぎというか、大げさすぎるくらいに喜ばれた。
 話せるようになると、弥彦に「兄ちゃんって呼べ!」と言われ、そこからは弥彦兄ちゃん、小南姉ちゃん、長門兄ちゃんと呼ぶようになった。そんな三人は、私を本当の妹のように可愛がってくれた。
 大変なこともたくさんあったけれど、皆と過ごす日々は毎日楽しかった。ぼんやりと同じ日々を繰り返す前世とは異なり、毎日、私は生きているんだと、実感しながら皆との日々を積み重ねた。
 そうしているうちにあっという間に、三年という時が過ぎ、ついにその時が来た。

「やった!」
「ワシの影分身をやるまでになるとはの…」

 ついに弥彦兄ちゃんたちと自来也様の別れの時が来たのだ。

「どうよ先生!」

 キラキラとした笑顔で弥彦兄ちゃんは言った。小南姉ちゃんも長門兄ちゃんも嬉しそうに笑っている。
 しかし、私の隣にいる自来也様は穏やかに微笑みながらも、その笑みには寂しさを覗かせていた。

「これで安心して里に帰れる」
「!」
「え…?」
「これからはお前たちだけでやっていけ。この三年間良く頑張ったの」

 皆いつかこの時が来ると分かっていた。覚悟もしていた。突然訪れた別れに戸惑いながらも、受け止めていた。だから、誰も自来也様を引き留めるような事は言わなかった。
 涙を浮かべる弥彦に、自来也様は茶化すように言った。

「おっと泣くな弥彦。弱虫だと思われるぞ」

 雨の中にいるせいで分かりにくいけれど、小南姉ちゃんも溢れそうなほど、その目に涙を溜めていた。

「小南…お前は美人になるだろう…。大きくなったらまた会おうの」

 自来也様は最後にじっと長門兄ちゃんを見つめた。
 私はこの三年間、彼らを救う方法を考えられるだけ考えた。
 自来也様と兄ちゃんたちにが出会わなければ。自来也様が兄ちゃんたちに忍術を教えなければ。このふたつは、止めることが出来なかった。
 ならば、兄ちゃんたちが暁を作らなければ。平和なんかのために戦わなければ。そうすれば、きっとハンゾウに目をつけられる事もなくなる。弥彦兄ちゃんが死ぬこともなくなる。そうすれば、自来也様と戦うことも無くなる。
 これしかないと思った。
 他人の事なんて考えないで、自分達だけが平和に生きるようにさせるためにはどうすればいいだろうか。今度はその方法を考えた。
 しかし、必死に生きる彼らに。心の底から世界の平和を望む彼らにかけられる言葉なんか無かった。
 私に彼らの生き方を奪うなんて出来ない。
 目の前に困っている人がいたら、手をさしのべてしまう、どこかお人好しな彼ら。
 自分の損得しか考えず、簡単に人を見捨てるような彼らは、彼らではなく、彼らの姿をした別の人間だと、そう思うから。

「この国は貧しい…。この先悲しいことも多々あるだろう。だが今度はお前たちの力でこの国を変えて行け」

 三人は、自来也様のこの言葉を胸に、平和のために戦いながら生きていくのだろう。
 私は、皆の生き方や志を大切にしながら、守りながら未来を変えなきゃならない。
 出来るか分からない。でもやらなくてはいけない。

「長門…。お前たちは成長した。そうだろ?」
「……。ありがとう…先生」

 最後の挨拶を交わし合う。
 残るは私だけ。私は自来也様になんと言われるのだろう。そう思って隣にいる自来也様を目が合い、ニコリと微笑まれる。唇が薄く開いたが、音になる前に、別の声が遮った。

「アキラ。お前は自来也先生と一緒に行けよ」

 驚いて声のする方を振り向いた。
 弥彦兄ちゃんだった。
 予想もしない言葉に頭が痛くなる。
 なぜなら、私はここに残るつもりだったから。悲劇か起こらないように、ここでずっと、兄ちゃんと姉ちゃんと一緒にいるつもりだった。
 急に突き放されたような、気分になり、心臓が嫌な音を立てた。

「お前はオレたちの大事な大事な世界にたったひとりの妹だ。でもよ……今のオレたちじゃ、お前を守りきってやれねぇ。だから、お前は自来也先生と一緒に行け」

 真っ直ぐで力強い茶色い瞳と目が合う。弥彦兄ちゃんは、いつもの調子で歯を見せて笑うと、今度は真剣な表情で自来也様と向き合った。

「自来也先生。アキラをよろしくお願いします」
「お願いします。」
「お願いします!!」

 弥彦兄ちゃんが頭を下げ、小南姉ちゃんも長門兄ちゃんも弥彦兄ちゃんの言葉に反対することなく同じ様に頭を下げた。
 なんとなく、兄ちゃんたちは私の事について前もって話し合っていたと感じた。
 私はまだ何も言ってない。どうしよう。
 兄ちゃんたちはこういっているけれど、自来也様はどう思っているのだろう。自来也様の方をちらりと見れば、自来也様と目が合い、にこりと微笑まれた。
 自分で好きな方を選べと言われているようだった。
 私はここにいたい。でも、兄ちゃんたちはまだ年が二桁になったばかりで、自立していない私の存在はやはり負担だろう。
 私も皆と一緒に忍術や体術を学びたかったけれど、幼児の身体能力で出来る筈もなく、今は自分の身を守る術すらない。それなりに動けるようになったら、兄ちゃんたちから忍術を教わり、暁に入り、兄ちゃんたちと一緒に平和のために戦おうと思っていた。
 彼らの悲劇は弥彦兄ちゃんが死ぬと頃から始まる。そのきっかけとなったのは、ハンゾウに小南姉ちゃんが拐われて、ハンゾウが長門兄ちゃんに選択を迫ったから。
 小南姉ちゃんを狙ったのは、女性であり、暁のリーダーである弥彦兄ちゃんと親しい間柄であったからだろう。でも、もし、私がここに残ったら?小南姉ちゃんではなくて、私が狙われて拐われるかもしれない。私の事はいいからと言っても、彼らは私を助けてしまう。私の存在は、皆を危険に晒すかもしれない。
 色々な面から考えても、私はここに居ないのが最善だろうか。
 でも、ここで立ち去ったら、これが最後なんじゃないかと、そう思うと足が震えて何も考えられなくなった。
 俯いていると、私のものではない足が視界に映り、頭にぽんっと手が置かれた。

「お前が大切な妹だからこそ、安全な生きていて欲しい。幸せでいて欲しい。だから、自来也先生と一緒に木の葉に行って欲しい。」

 弥彦兄ちゃんは、少し切な気に笑った。私の頭に置いた手もどこか震えている気がした。

「それによ、これが最後の別れって訳じゃねぇからさ」

 弥彦兄ちゃんは、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「この国が平和になったら……。いや、オレたちが平和にするから!!そしたらまた皆で会おうぜ。約束だ。」

 突き抜けるような澄んだ瞳に映され、ずしりと重かった肩の力が抜けていくのを感じた。
 私は、この三年間弥彦兄ちゃんたちの何を見てきたのだろう。必死に頑張ってきた彼らの姿を見てきたのに。そう、遠くない未来に起きることばかりを気にして、彼らがこの国を平和にできないと決めつけていた。
 私がそんなんではダメだ。私は皆を一番に信じなくちゃいけないのに。私が皆を信じずに、誰が信じるというのだろう。
 大丈夫。きっと大丈夫だ。皆ならきっとやり遂げられる。

「うん……!やくそく!!ぜったいだよ!!」
「あぁ、約束だ!!」

 弥彦兄ちゃんは笑った。それにつられるように私の顔にも笑みが溢れた。
 少し離れた場所に居た小南姉ちゃんと長門兄ちゃんも私たちの所へ来て、私の頭を撫でた。

「アキラ、大好きよ。寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。」
「アキラ、ボクも君が大好きだよ。この国を平和にしたら……、ボク、必ずアキラを木の葉まで迎えに行くから」

 三人は私を抱きしめた。
 皆の腕の中は温かくて優しくて、涙が出そうになった。

「……弥彦、泣いてない?」
「な、泣いてねーよ!」
「やひこにいちゃんのなきむし」
「だから泣いてねぇって!」
「何じゃ、楽しそうじゃのぉ!ワシもまぜろ!」
「うわっ!何で先生まで来るんだよ!」
「んー!連れないのぉ!!」

 弥彦兄ちゃんが騒いでいるのも気にせず、自来也様は私たちをまとめて抱きしめた。
 空は泣いているけれど、私たちの顔は晴れていた。
 自来也様も、弥彦兄ちゃんも小南姉ちゃんも長門兄ちゃんも。全員お互いの事が大好きで、この瞬間に幸せを感じている。
 それなのに、誰かが欠けてしまったり、殺し合うことになるなんて、そんなことは、やはりあってはならない。この幸せを最後にしてはいけない。
 私は、皆の腕の中で、もう一度、この幸せを守って見せると誓った。──



※夢主と弥彦、小南、長門、自来也様が過ごした三年間の色々な出来事はここでは書ききれないで番外編などで載せたいと思っています。
※夢主は弥彦たちに色々言葉を残していますが、長くなるので別の機会に書きます。



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