例の事件からどれくらい経ったろう。日付を数えてみれば一週間も経っていない。それなのに随分前の出来事のように感じるのは、あの事件に関して自分の中で考える時間が多かったからだろう。
* * *
事件が起きる数日前の事だった。
イタチがダンゾウ様の暗部・根の隊長を命じられて彼と顔をあわせる機会は殆どなくなった。その日は偶然任務が終わったタイミングが同じだったのか、イタチに会った。特に話すこともなく、お疲れと声を掛けて帰宅しようと思っていたが、イタチは言った。
「カカシ隊長。九尾事件のあの夜……。オレもあの場に居たんです。」
ぴしりと体が固まった。あの日、イタチもアキラがオレを助けるために瓦礫の下敷きになったのを見たという。
突然そんな話をされ、イタチの意図も読めずオレは困惑すると同時に、あの時を鮮明に思いだし、心臓が握りつぶされたような痛みに襲われた。自然と視線が下に落ち込んだ。
「あの時、隊長はアキラを守れなかった。」
イタチの声が頭の中に痛いほどに響いた。今、アキラは生きている。彼女自身もどうして助かったのか分からないと言っていた。彼女が今もこの世界に存在しているのは、まさに奇跡と言ってもいいだろう。
しかし、この世界に奇跡なんてものは滅多に起きない。彼女が生きているのが事実であっても、オレがアキラを守れなかったのもまた事実である。
あの時、どんなに自分を責めただろう。彼女はあの時の事を「カカシお兄ちゃんが守れなかったんじゃなくて、私がカカシお兄ちゃんを守ったの!」と言った。今生きているのだからそれでいいのだとも言った。彼女の言葉に幾度となく救われてきた。だからこそ思うのだ。
「アキラだけは何があっても守る。オレの友が託した意思でもある。だがオレ自身もそう決めたんだ。」
アキラと交わした約束。絶対に死んだりしないと。彼女がオレとその約束を果たすためにも、オレが彼女を守る。絶対に死なせたりなんか、失ったりなんかさせない。
滅多に表情を変えないイタチの黒い瞳が揺れた気がした。
「今のその言葉、必ず守ってください。」
「あぁ。」
オレの命に変えても必ず。そう、心の中で呟いた。
オレとイタチの目線が真っ直ぐに繋がる。そしてふと冷静になった。イタチは何故いきなりこんな話をしだしたのだろう。
「オレもあなたと同じ意志です。オレの意志、あなたに託します。」
少しも揺らぐことのない瞳に、声も出せずに頷いた。しかしどんなに考えてもイタチが何を思っているのか分からない。何か変だということしか分からない。
気が付けばイタチはオレに頭を軽く下げて「失礼します」と言った。オレの隣をすり抜け、オレは思わず振り返った。しかし、イタチの姿はもうそこにはなかった。頭にこだまする言葉を必死に追った。
ーー彼女の闇がダンゾウに狙われている。どうかアキラを守ってください
イタチが何を伝えたかったのか。『本当の意味』を知るのは、もっとずっと後の事だった。
* * *
そしてそれから数日後、あの事件が起きた。暗部として現場に駆けつけたが、現場は目を背けたくなるような酷いものだった。
「これは一体何者の仕業なんだ」
テンゾウがもらした言葉にダンゾウ様は、イタチの仕業だと言いそして続けた。
「うちはイタチは己の一族を嫌い、憎んでおった。そこでうちはシスイを殺し、その目を奪い、うちはの同胞と争いごとを引き起こした。そしてとうとうこの強行におよんだのだ。」
信じられなかった。それと同時に先日のやり取りを思い出した。何が真実なのか分からなくなった。あの時の言葉は、託されたものは全て嘘だったのだろうか。答えも出ぬままオレは暗部の仕事をこなした。
* * *
任務も終わり、火影邸へ戻ろうとした時だった。一羽のカラスがオレの目の前を横切った。理由は分からない。しかし、気が付けばそのカラスを追っていた。
たどり着いたのはうちは地区からそう遠くない森の中。小さな洞窟にそれはあった。
「アキラ!」
暗がりでも分かる、艶のある美しい黒髪。僅かに鉄の匂いがオレの鼻に触れ、冷たい岩に力なく横たわる彼女を抱き上げた。頬に触れれば確かな温もりが伝わってきて、嫌に鳴る心臓は徐々に落ち着きを取り戻していった。
しかし、何故こんなところにいるのだろう。彼女に外傷はないが、纏わりつくような血の匂い。頬に残る涙のあと。うちは地区の近く。オレを導いたカラス。そして彼が言った言葉。
ーー彼女の闇がダンゾウに狙われている。
ピタリと何かが当てはまった気がした。でもどこか腑に落ちない。
恐らく、アキラはうちは地区に居た。そんなアキラを気絶させてイタチがここに隠し、オレをここへ導いた。
あれほどまでに惨いことをしたのに、どうして彼女にここまでするのか。アキラはうちは一族ではないから?それだけの理由ではとても納得出来なかった。もっと他の何かが……。
そう思った瞬間、背後に人の気配を感じた。
「全てが真実だ。」
短く発せられたそれは間違いなくイタチの声だった。振り返ることはしなかった。もうあの気配はそこになかったから。
「全てが真実」。つまり、イタチがオレに託したものも、ダンゾウ様がアキラを狙っているのも、イタチが一族を憎んだ結果、自らの手で友を殺め、一族をも皆殺しにしたのも全て事実だというのだろうか。
やはり信じられない。それでも、オレにできるのはイタチを信じることしか出来なかった。
* * *
いつまでもあの場所にいるわけにも行かず、オレはアキラを抱き上げ、彼女の家へと向かった。窓から室内に入り、ベッドへ寝かせようとすると彼女は目を覚ました。月明かりに揺れるその青い瞳は濡れていた。
「カカシ、お兄ちゃ……ん」
オレを映すそれは、どこか暗い色を帯びている。アキラは綺麗な顔を歪めると、ガタガタと震え出し、オレは彼女の震えがおさまるように必死に抱きしめた。
気の聞いた事も言えず、気が付けば朝になっていた。腕の中の小さな存在は、いつの間にか眠っていた。目は赤く晴れ、穏やかとも言えない寝顔に胸が痛んだ。
今度こそ彼女をベッドに寝かせた。アキラが起きるまで一緒にいてやりたい。しかし、血の匂いを纏ったままこうしてアキラの隣にいるのも嫌だった。君にこの匂いは似合わない。
人の家の物を勝手に使うのはよくないと分かっていたが、オレがここにいた証しとして、濡らしたタオルを彼女の額に置いてから、オレは彼女のもとを離れた。
* * *
そして冒頭に戻る。
あの事件から数日後、里でアキラの姿を見たが遠目からでも分かるほど、暗い雰囲気を落としている。担当上忍を任され、アカデミーの生徒を見ているガイからは、アキラはアカデミーにも休まず来ているがやはり元気がないと言っていた。
アキラは今何を思っているのだろう。そこに居た存在が突然消え、それは親しくしていた友の手により下された。信じていた人間にこんな形で裏切られた経験はオレにもない。言葉では足りない程の喪失感と、もしかしたらこうならず防げたかも知れないという罪悪感。きっとアキラはどちらも感じているのだろう。
オレはぼうっと星の降る空を仰いだ。ふわりと舞う風はどこか懐かしい匂いを運んできた。
オレがアキラにしてやれることなんて何もないのかもしれない。それでも何かせずにはいられない。
オレはその風を追いかけた。きっと君はそこに居るから。
慰めの言葉は要らない。欲しいのは共感なんてものでは無いのだから。それをアキラが教えてくれた。
ーーオレは君の隣に居続けよう。君がそうしてくれたように。
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▼あとがき▼
物語の進行がゆっくりというか、平行線でよんでて「うーん」って感じかも知れないですが、主人公がすぐ復活するのもサイコパス?心無いんじゃないの?と思いだらだらと続いてしまっております……。
次で暗いのはおしまいです!
これが終わったらポンポンポーンで卒業します!!おめでとう!!(気が早い)
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