『こんにちはー!
ナルトっ!!今日は私の奢りだよ!』
昼少し前の時間に、聞き慣れた高い声が店内に響いた。昼の大忙しの時間に備えるため、私は厨房の奥にいたが、我が子の名前が聞こえて思わず肩が跳ねてしまった。運良くここには私一人で、過剰に反応してしまったのは誰にも見られずに済んだ。もし誰かに見られていて、どうかしたかと尋ねられたら「急に大きい声が聞こえて驚いた」と適当に誤魔化すフレーズを考えていた。
「おー!そりゃめでてぇな!」
カウンターにいるテウチさんが言った。『何がめでたいのだろう?』と、そんなことを疑問に思う私ではない。
息子の大事な人生の節目を知らない親がどこにいるだろう。
私は知っている。今日はナルトの入学式だってことを。
でも私は無条件にナルトの大事な日を祝うことが出来ない。
だって私は……
「アヤノちゃん!あんたも祝ってやって!」
作業する手を止め、カウンターの方に一つ返事をした。
"今の私"はナルトの母ではなく、アヤノという名を持つ他所の里から来た記憶を失った女。子供がいるはずもなく、ナルトの予定を知っている事が不自然なのだ。
普通なら祝うどころか、会う事すらできない。でも今私はこうして祝うことが出来ている。そんなのもきっと、彼女。アキラちゃんのおかげなのだろう。
「アヤノさん!今日はね、ナルトの入学式だったんだよ!」
そういって、自分のことの様に嬉しそうな笑顔を見せた。
ナルトの誕生日の日にも初めて歯が抜けた日なんて日にも。アキラちゃんはいつも決まってナルトを連れてここに来てくれる。
アキラちゃんは、あの日の事全てを自分のせいだと思い込んでいる。だから、今私が置かれている状況や、ミナトの事に対して必要のない責任を感じている。
だから『せめて』と、こうして私にナルトの成長を見届けさせてくれているのだろう。これから先ずっと。
アキラちゃんは私からお礼を言われることを望んでいない。そんなことをしたら、綺麗な顔をくしゃくしゃにして、いろんな意味のこもった”ごめんなさい”の言葉が私に返ってくるだろう。
だから私は“ありがとう”の代わりに、精一杯の“おめでとう”をナルトに送るのだ。
「おめでとう!」
ーー二人は、いつもと同じ、太陽の様な笑顔を私に向けた。
←│
→
←│
→