TRUE(書き直す前)-32

ーーークシナsaid



長い夢を見ていた。そんな気分だった。
私は暗闇の中にいて、隣にはずっとミナトがいた。

言葉を交わすこともなく、ただ二人で流れ星を待つかのようにしてその暗闇の中に座っていた。

時間の感覚など無くなっていたそんな時、私たちのずっと遠くに一点の光が現れた。その光は徐々に私たちに近付き、少しはなれた場所でピタリと止まった。

目を凝らして、大きくなった光の中を見てみれば、オレンジの光と水色の光が戯れるように時々交わっては弾けていた。
しかし私たちの存在に気付いたのか、その二つの光は動きを止め、みるみるうちに小さな子供の形へと変わっていった。

それからオレンジの子はぴょんぴょんと跳びはね、水色の子は光の中から身を乗り出し、私たちの方へ手を伸ばした。
こっちにおいでと、一緒に遊ぼうと、そんな事を言われている気がした。

その二つの光の正体が気になって。あの光の向こうには何があるのか気になって。気付けば私は立ち上がっていた。

でもこの光に触れれば何かが起こる気がして、私はそれに近付く事を躊躇った。

その時誰かが私の背中を押した。

ミナトだった。


よろめいて一歩前に足をついた瞬間、私はぐんぐんと吸い込まれるように光に近付いていった。

突然押し寄せた恐怖から、私は後ろを振り返った。



「行っておいで」



声ははっきりと聞こえた。でもすぐ後ろにいるはずのミナトは遠くにいて、加速度を増して私たちの距離は離れていった。私がその光に包まれる頃にはミナトの姿は見えなくなっていた。


「ミナト!!!!」


私がその暗闇の中で最後に見たミナトは、どこか悲しげに私に笑いかけていた。その理由を、私は目覚めた後に知る。



その後の、目覚めた後の事は殆ど覚えていない。

私は三代目様から色々なことを聞いた。あの日の全て、ミナトの事、私たちの置かれている状況、私たちが死んだことになっている理由も。



「住まいは手配した」



本来なら私はこの地下で身を隠していなければならないのだろうけれど、三代目様のご意向で私は普通に生活することを許された。

勿論幾つかの条件付で。


一、姿を変えること
一、決して正体を明かしてはいけないこと



「関わるなとは言わん。ただ…」
「分かっています」



一、ナルトに母と告げてはいけないこと。


.


あの日から私が目覚めるまでは数年が経過していて、里は私が知るものと少し違っていた。

普通の生活を送るために、私はまず仕事を探したが、仕事が見つからないまま日が暮れてしまった。

少し落ち込みつつも、また明日探せばいいと前向きに考え、私は新居へと足を運んでいたけれど、温かい光に誘われて、いつの間にか私は一軒の暖簾を潜っていた。




「いらっしゃい!」
「ぁ…」
「何にするかい?」
「…じゃあ、塩ラーメンを…」



夕飯にはまだ早かったのか、お客さんは私一人だった。
ぼうっと座りながら待っていると、いいにおいを漂わせたラーメンが私の前に置かれた。



「あいよ」



私はいただきますときちんと言ってからラーメンをすすった。
思い出の多いこの場所は、ラーメンの味もにおいも、内装も店主のテウチさんも何一つ変わっていなかった。それが少しだけ嬉しかった。

しかし、「これからどうしていこうか」という不安な気持ちが顔に出ていたのか、テウチさんに「何かあったのかい?」と聞かれてしまった。
私は「仕事が見つからない」と打ち明けた。



「ならうちで働くかい?」


今の私は、うずまきクシナであって、うずまきクシナでない。設定では、私は他里の者で、記憶を失っており、三代目様に拾われたという事になっている。素性も分からない人間を雇ってくれるような所は中々ない。
それなのに…

テウチさんのこの一言で、私はこの場所で働くことを決めた。「そういえば名前は…」と聞かれ、自分の偽名を考えていなかった私は咄嗟に、それも覚えていないと答えた。



「ならアヤノってのはどうだ?」



名前がないと不便だし、思い出すまでということで、テウチさん娘さんアヤメちゃんからとった名前をテウチさんは着けてくれた。
出勤日の話をし、お代を支払った私は再び帰路に着いた。


無心になれば沸き上がってくる感情。



---ナルトに会いたい

火影塔から出たときからこの気持ちが私の心を支配していた。
火影様に関わるなとは言われていない。でも関わってしまったら、何かが弾けてしまう気がして。私はずっとこの気持ちを抑えていた。


ナルトはどうしているだろう。

ちゃんとご飯は食べてるだろうか。

元気だろうか。


数え出したらきりがない。


ねぇナルト。あなたは今何をしていますか?




---ナルトsaid

おれは生まれた時からひとりだ。父ちゃんも母ちゃんもいない。
おれは何もしてないのに、皆からは"化け狐"と言われ、近付けば遠ざけられた。

石を投げられるなんてよくあることで、もう珍しいことでは無くなっていた。

その日もそうだった。
またあの鋭い痛みに耐えなくてはならないのかと、石が当たる前にぎゅっとおれは目を瞑った。
でも痛みは何時までも襲ってこず、代わりに重たい音と同時に温かいものに包まれた。おれは誰かに抱き締められていた。


「なんだよおまえ!」
「ばけぎつねたいじのじゃますんなよ!」
「そーだそーだ!」


……またこれだ。やっぱりおれはばけぎつねなんだろうか。不意に心に差し込んだ黒い影に、おれは飲まれそうになった。


「この子は化け狐じゃないってばね!」


初めてだった。

おれが狐じゃないと否定してくれたのは

---守ってくれたのは


おれはその茶髪の女の人の顔を見つめていた。深い紫色の目と目が合うまで、おれに石を投げた子達はいなくなっていた事に気付かなかった。


「ケガしてない!?」


おれはその目に戸惑った。
この人の目はみんなと違ったから。瞳の暗い色とは反対に、この人の奥は温かくて太陽みたいにぽかぽかしていた。

おれに怪我がないと分かったその人は、数秒後、はっと我に返ったような顔をした。


「もうこんな時間!」


"じゃあね"とおれの頭をくしゃりと撫でてその人は爪先の向きを変えて走り出した。
"まって"という言葉は出ず、おれはその背中を追いかけていた。


その人はアヤノという名前で、ラーメン一楽と暖簾に書かれた店で働いていた。その日からおれはその店の前をよく通るようになった。

おれに気づいて欲しくて。また頭を撫でて欲しくて。ぎゅっと抱き締めて欲しくて。

あの人は怖くない。でも他の人は怖い。
そんな思いがあって、その暖簾を潜れずにいた。


でもある雨の日、傘も差さずに里の中を目的もなく歩いていたら、あの人の顔が浮かんで、どうしても会いたくなって、おれは暖簾の中を覗き込んだ。

でもあの人は居なくて、目の細い男の人がいて、目が合うとおれは慌てて逃げようとした。怒鳴られると思ったのに男の人は逆に俺を招いた。


「アヤノちゃん!タオル何枚か持ってきてくれ!」


逃げようとした足が止まった。

.


---クシナsaid

「今日は随分早く来たねアヤノちゃん」


テウチさんにそう言われて、私は時間を間違えたと嘘をついた。
腕にはナルトを抱いた温もりが、掌には夫に似たチクチクとした髪の感触がまだ残っていた。

偶然あの光景を見て、ついかっとなって飛び出してしまった。しかも口癖まで…
ナルトに嘘をついて、就業時間より早く一楽に来た理由は1つ。ナルトに会って、触れて、母としての感情が溢れてしまったから。火影様の言い付けを破りそうになったから。だから急いでナルトから離れた。


ある雨の日、お昼の忙しい時間帯が終わり、私は店の奥で食器や調理場の清掃と整理をしていた。


「アヤノちゃん!タオル何枚か持ってきてくれ!」


この雨だ。きっとお客さんが濡れてやってきたのだろう。私は慌てて真っ白なタオルを持ってカウンターに向かった。


「拭いてやって!」


テウチさんはそう言って、ラーメン作りに取り掛かった。
カウンターの前にはナルトがいて、目が合うとその目はきらりと光った。
ナルトに触れれば、押し殺していた感情が再び溢れだした。でも私は、雨ですっかり冷えきったこの子を抱き締めてあげることすら出来ないのだ。


「アヤノちゃん、今日はもう上がんな。ついでにナルトを送ってくれないか?」


この雨で人は来る気配もなく、ナルトは傘を持っていなくて、折角服が乾いてきたのに帰るに帰れない状況だった。私は「分かりました」と、言葉を返した。


「また来な!」


私が帰り支度を済ませ、ナルトと一緒に暖簾を潜るときにテウチさんがニッと白い歯を見せながら言った。ナルトは小さくに頭を縦に降り、私と同じ傘に入った。

何を話せばいいのか分からなくて、口を開いたら余計な事を言いそうで、私たちは雨音に包まれながら足を進めた。

---ぎゅぅっ

小さな手が私の手を掴んだ。
頭では分かっていても、私がその手を振り払える訳がなくて、逆にその手を私は無意識のうちに握り返していた。

ナルトは家の前で足を止めたけれど、握った手を中々離そうとはしなかった。声をかけようとしたとき、ナルトは俯いていた顔を私に向けた。


「また行ってもいいってば…?」


口が勝手に動いていた。


「勿論よ!いつでもいらっしゃい」


微笑みながらそう言うと、ナルトはぱぁっと太陽の様な笑みを浮かべ、家へ駆けて行った。



この日をきっかけに、ナルトはよく一楽に来るようになった。仕事中、ナルトに遊ぼうと連れ出された事もあって、その時はちゃんと叱った。
私はナルトに誘われて、仕事終わりの夕方の公園でよく遊んだ。そして遊び終わったら毎回のようにベンチに座る。

ナルトの話を一杯聞いた。

ミナト、ナルトの夢は火影なんだって。やっぱり血は争えないのかしらね。
そうね。もうすぐナルトの誕生日。お祝いしなくちゃ。

心の中で、声と違う相槌を打っていた。


自分でも分かっていた。ナルトになつかれていると。それから…


「…母ちゃん」


母の姿を重ね合わせていることも。



この日をきっかけに、ナルトはよく一楽に来るようになった。仕事中、ナルトに遊ぼうと連れ出された事もあって、その時はちゃんと叱った。
私はナルトに誘われて、仕事終わりの夕方の公園でよく遊んだ。そして遊び終わったら毎回のようにベンチに座る。

そこでナルトの話を一杯聞いた。

ミナト、ナルトの夢は火影なんだって。やっぱり血は争えないのかしらね。
そうね。もうすぐナルトの誕生日。お祝いしなくちゃ。

心の中で、声と違う相槌を打っていた。


自分でも分かっていた。ナルトになつかれていると。それから…


「…母ちゃん」


母の姿を重ね合わせていることも。

橙色の空の下、隣に座るナルトが私の肩に寄り掛かっていた。


「ねぇ、…母ちゃん」


心臓を握り潰されるような痛みを、私は初めて経験した。ナルトの声は少しだけ震えていて、「何?ナルト」と、返したくなった。
しかし今の私は「うずまきクシナ」ではなく、「アヤノ」。本当の母はクシナだ。今の私じゃない。でも私は、クシナでナルトの母で。「あなたの母じゃない」と否定することができなかった。


「…私は……アヤノだよ?」


ピクリと、ナルトの肩が揺れた。


「……分かってるってばよ」


それは耳を済ましてやっと聞こえるような小さな声で、ナルトは腿の辺りに置いていた拳をぎゅっと握り締めた。


「……じゃあおれそろそろ帰るってばよ」


下を向いてナルトはそう言い放ち、止める間もなく走っていってしまった。



「、くっ…ぅっ」


溢れてくる涙を止めることはできなかった。
私はナルトを傷付けてしまった。こうなることは分かっていたのに、私は近付きすぎてしまった。


「ごめんね……ナルト…ごめんね…」


漏れた声は掠れて自分でも分からないほどだった。

そんなとき、どこからか声が聞こえた。


『っ!アヤノさん…!!』


白い髪がオレンジ色に染まって風に揺れた。私の知っている姿とは随分違うけれど、その声の持ち主は私がよく知る人物だった。


「アキラ…ちゃん…」


夕日を背にして、肩で息をするアキラちゃんのその姿に、私はまた涙を流した。驚いたアキラちゃんは私の所へ駆け寄ってくれた。


「少しだけ…、このままでいさせてくれない…?」


私はアキラちゃんを抱き締めていた。


---ナルトをこうして抱き締めてあげられるのはどのくらい後のことだろう。


私はまた静かに涙を流した。





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