「アキラちゃん!!」
『クシナさん!』
パパが里の方に連絡していたから、私たちが木ノ葉隠れに到着したとき、里の入り口である“あん”の門の前にはクシナさんが立っていた。
目が合うと私の方に駆けてきてくれて、私も久しぶりに会うのが嬉しくて、クシナさんの方へ走った。
3年前の私は少し身長も伸びて、まだ舌足らずなところはあるが前よりは流暢に話せるようになった。
クシナさんは私の前まで来るとピタリと足を止め、うつむき震え始めた。
長い髪のせいでその表情は見えない。
どうしたんだろう。
そう思って顔を覗き込もうとしたとき、私の視界に星がとんだ。
「全く勝手すぎるってばね!!!」
チカチカする視界と脳天に走った鈍痛に私は混乱していた。
「待とうって約束したでしょう!?
それなのに一人で行ってありえないってばね!!」
『で、でも・・・!!』
「でもじゃないっ!」
“三年も待っていられない”と反論しようとすればぴしゃりとクシナさんは言い放ち、再びげんこつをくらった。
ようやく星が消え始めた視界に星がまた飛び始めた。
痛みで生理的に出てきた涙で歪んで見えたが、クシナさんはその赤い髪を逆立てていて本当に怒っているのがわかった。
『ごめんな、さい・・・』
「ごめんなさいで済むと思ってるの?
だいたい、」
「クシナ。もうそこらへんにしてあげなよ。」
知らない声。でもその声はとても優しくて、すごく安心した。
涙をふいてその人物を見て、私は目を大きく開いてしまった。
「ミナト・・・!」
綺麗な金髪に深い青をした綺麗な瞳。
それはパパの弟子で、クシナさんの夫である波風ミナトだった。
「この子も十分反省してるはずだよ。」
ねっ?となだめるようにミナトさんは言い、クシナさんはまだなにか言いたげな表情をしたけれど、はぁっとため息をついたあと再び私を見つめた。
険しかった表情は穏やかなものに変わっていた。
その理由が分からなくて首をかしげていると、クシナさんは地面に膝をついて私の顔の高さまで低くなると、ふわりと私を抱き締めた。
クシナさんの腕の中はとても優しくて、温かくて、その肩に顔を埋めた。
なんとなく“おかえり”と言われている気がして、私は心のなかで“ただいま”と呟いた。
ミナトさんと会う前に里を抜け出してしまったからまだちゃんと挨拶してなかった。
なのでちゃんとミナトさんとの自己紹介を交わしたあと、クシナさんたちと別れ、わたしとパパはおじいちゃんがいる火影邸に行った。
会ってすぐクシナさんの時と同様、おじいちゃんの雷が落ちたけど、最後には優しくわたしの頭を撫でてくれた。
その後パパは報告と次の任務の説明を受けなきゃいけないようで、先に宿に向かうように言われた。
長門お兄ちゃんたちと3年も修行していたけれど、戦争はまだ終わっていないのだ。
外に出ると高かった陽は傾き始め、真っ赤な夕日が空を同じ色に染めていて、暫く眺めていると脳裏にある光景が映し出された。
それは3年前、カカシお兄ちゃんとオビトお兄ちゃんに出会い、3人で見た夕陽に照らされた火影岩の気色。
そうだ…
カカシお兄ちゃんとオビトお兄ちゃんは今どうしているんだろう…
そう疑問に思った瞬間、私の脚は勝手に動き出していた。
あの場所に居ないと思っていながらも、“もしかしたら”という思いが勝ち、その場所へ走った。
カカシお兄ちゃんとオビトお兄ちゃんと一緒に火影岩を眺めたあの場所へ。
あそこに行ったのは一度だけ。しかも3年前。
迷子になってあの場所にいったから道のりもなにもないけれど、カカシお兄ちゃんとオビトお兄ちゃんがパパのいる火影邸に私を送り届けてくれたから、あの時はその道をちゃんと覚えていた。
ところが今の私はどの通りを歩き、どの角を曲がるのか。なにも覚えていない。
でも3人で眺めたあの景色は、昨日見たかのように鮮明に覚えている。
確かに道のりは覚えてないけれど、私の覚えているその景色、火影岩の角度やそこから見たときの大きさからだいたいの距離と方角を推測し、私はすぐに街の道を駆け出した。
大体ここら辺であろうという場所で足を止めた。
修行で体力は十分ついたはずなのに息は切れ、額に滲み出た汗がひとつ、私の頬へと滑り落ちた。
私そんなに全力で走ってたんだ…
汗を服の袖で軽く拭ってから、膝を曲げ脚に力をを込め思いきり地面を蹴った。
顔の高さが屋根よりも高くなり、建物のせいで狭いとすら感じていた視界が一気に開け、私の目に飛び込んできた景色。それによって私の目は驚きで大きく開かれた。
屋根の上にひとつだけ見える人影。
そこにはもう先客がいた。
私と同じ方向を向いているため顔は見えないけれど誰かはすぐに分かったが、その人物の名前を呼ぶことが出来たのは、屋根に降りたって暫くしてからだった。
『カカシ……お兄ちゃん…?』
そこにいた空と同じ色のオレンジに染めるその銀髪の少年は、私が知るその人よりも随分と背が高く、雰囲気も大きく変わっていた。
『あっ…!』
突然目に映るもの全てが傾き、何事かと状況を把握するために足元を見ると、私が着地した屋根の部分だけ綺麗に崩れていた。
前回は足を滑らせて。今回は屋根が崩れて…。
何でこうなるの!!と思ったけど、今はそれどころじゃない。
違ったんだ。
前のカカシお兄ちゃんと…。
空中で体勢を変えるのはもう考えなくても反射的に出来るようになっている私は地面の方へと落ちながらも冷静だった。
落ちる直前に見たもの。
前とは何が違ったのか。
それは…
真っ直ぐ水平につけていた額宛は左目を隠すように傾いていたのだ。
カカシお兄ちゃんの背中を見たとき、そのとなりにオビトお兄ちゃんの姿は無かった。
確かにあの二人は決して仲が良いわけじゃない。だから隣にいないのはむしろ当たり前。
なのにとても違和感を感じた。
オビトお兄ちゃんはただここに居ないだけじゃない。
本当にもうここにはいないのだ。
それをカカシお兄ちゃんの左目が証明している。
隠されたその目にはきっと縦にのびる大きな傷とオビトお兄ちゃんの写輪眼が…
そんなことを考えていると、カカシお兄ちゃんはいつの間にか私の目の前にいて私のことをふわりとだきかかえていた。
カカシお兄ちゃんは屋根から落ちた私をまた助けてくれた。
初めて出会った3年前と同じように。
カカシお兄ちゃんは私を横抱きにしたまま再び屋根に跳び乗った。
柔らかな風に揺られる銀髪は沈みかけた陽の僅かな光をも反射し、キラキラと幻想的な輝きを放っていた。
しかし私の瞳はそれを見てもになにも感じることができなかった。
なぜならその美しさよりも他のことが私の一杯にしていて、それどころではなかったから。
私を屋根の上に下ろす際に一瞬見えたカカシお兄ちゃんの
表情。
それは一言では到底言い表すことはできない。
でも色濃く見えたのは深い悲しみと安堵の色。
対極している二つの感情が同時に見えたその理由はなんなのか。なぜそんな顔をするのかと、疑問に思っている間に少し強めに腕を引かれ、今度は前へと体が傾きカカシお兄ちゃんの腕のなかにおさまった。
え……えぇ!?なんで私抱き締められて…
行きなりの出来事に混乱し、私は声をあげた。
『か、かか、カカシお兄ちゃん!?』
パパやクシナさんに抱きつかれるのはもうなれてしまったけれど、その他の人にそうされることはあまり無くて慣れていない。だからなんだか緊張して、それに恥ずかしくて全身の血が勢いよく流れているのが自分でもよく分かった。
それになぜ今こうなっているのか分からない。
カカシお兄ちゃんはオビトお兄ちゃんと違って私に冷たく接してくるから私のこと嫌っているはずなのに…
なのになんで…と言う考えは、耳を澄ませばやっと聞こえるほど小さく、そして掠れたカカシお兄ちゃんの声により一瞬にして消えた。
「生きてて…良かった……」
それを聞いて身体を強張らせたとき、カカシお兄ちゃんの肩が僅かに震えていることに気付き、私はすべてを察した。
オビトお兄ちゃんだけじゃない。正確に言えばオビトお兄ちゃんは死んでいないのだけれど、オビトお兄ちゃんの想い人“野原リン”もすでに死んでいると。
“生きてて良かった”と、そう呟いたのは心に穴が開いてしまっているから。吹く風はその穴をなんなく通り抜けるだろう。それほど心の穴は大きいのだ。
クシナさんに怒られたときも、おじいちゃんに怒られたときも、雨隠れに残ったパパを追いかけるため誰にもなにも言わず勝手に里を出たことは反省したけれど後悔はしなかった。
もし仮に誰かに言ったら私はパパのところへは行けなかったから。
でも今初めて誰にもなにも言わず里を出たことを後悔した。
カカシお兄ちゃんをこんな状態にしてしまったのはなにも言わずに3年間も姿を消していた私がひとつの原因であると気付いたから。
今のカカシお兄ちゃんはひとりで、光の届かない深い闇の中でうずくまっているのだろう。
その闇の出口から入り込む弱い光はカカシお兄ちゃんの所までは届かずに闇に溶けて消えてしまう。でもいつか、その小さな光が集まって大きな強い光となりカカシお兄ちゃんのもとへ届き、闇の出口へ彼を導いてくれる。
その光は木ノ葉の里の人たちだ。
私が何かしなくても大丈夫。
今すぐには無理だけれど、カカシお兄ちゃんは必ずこの闇から出ることができる。
でも、それでいいのだろうか…?
カカシお兄ちゃんはこんなに苦しんでいるのに私はただ見ているだけでいいのか。
ううん。そんなことできない。
早く明るい所へカカシお兄ちゃんを連れていってあげたい。でも私もその闇の出口を知らない。だからカカシお兄ちゃんをそこへと導くことはできない。
ならば…私は彼の…カカシお兄ちゃんを照らす気休めの光となろう。
ただふわふわと漂うことしか出来ないけれど、あなたを導く光あなたの元へ届くまで、私はずっとずっと隣で輝き続けよう。
『私は絶対に死んだりしないよ!』
顔をあげて、自分にできる精一杯の笑顔で言った。
(私はずっとあなたの隣にいるから。)
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