あとどのくらいで雨につくか分からないけど、方向はこっちであってるはずだ。
クシナさんの家の壁には地図がってあって、毎日なんとなく眺めていたから、位置関係は分かる。
里を抜け出してもう四日。木ノ葉から私を探索に来る忍びに見つからないようにここまで来た。
気配を消すのは得意、というか、クシナさんとサバイバル隠れんぼで徹底的に極めたから、見つけられるどころか、見つけられそうになったこともない。
でも見つかったら終わりというプレッシャーはどうしても消せない。
そしてなんの食料も持たずに飛び足してきた私は、あの日からほとんど何も口にしていない。心身ともに限界が近付いていた。
今は夜。
綺麗に晴れた夜空を見上げる余裕さえ私にはなくなっていた。
今は朦朧とし始めた意識を繋ぎ止め、川のせせらぎがするほうへ歩いている。
何か口にしたくて、お腹にたまらなくとも少しは満たされると思ったから。
月は森の中をよく照らした。目を凝らさなくても道はちゃんと見える。
今にも倒れてしまいそうな身体を木を支えにしながら音のする方へと無心に足を進めた。
いくらか歩くと、森を抜けたところに川があるのが見えた。
穏やかに流れるその川にはいびつに歪んでいるが大きな月がもうひとつ浮かんでいた。キラキラと光る水面はとても幻想的で綺麗だった。
私はそれに引き寄せられるように川に近づいた。
森を抜けたそこは河原で、丸い石が一杯に敷き詰められている。
自分の身を隠すものが何もない開けた場所。
本来なら周りを確認してから森を抜けるべきだった。
しかし目を開けているのも限界なこの身体。そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。
河原に一歩足を踏み出すとジャリっという音がした。
その瞬間。全身が強ばり全く動けなくなった。
鋭く光る双眼が私をとらえたのだ。獲物を狩る冷たい目。一ミリでも動いたら、殺されると直感した。
その人物が闇に紛れるのが上手かったのか。それとも彼がいることに全く気づかなかった私はそうとうボーッとしていたのか。
彼に見つかった今、大事なのはそこじゃない。
この状況をどう回避するべきか。
答えはでない。
出たとすれば
---(殺される)
そう思った瞬間絶望を感じて身体が前に傾いた。
餓死しても、この人に殺されても、結局行き着く場所は同じ。
私は死ぬのかと思うと力が抜けた。
地面に伏す前に意識は完全に手放された。
私の血は、あの刀の刃こぼれに使われてしまうのだろうか。
私が最後に見たのは口を隠すように巻かれた包帯をし、背中に大きな刀を背負った彼と、空に浮かぶ大きな月。
満月の夜。私はあなたと出会った。
冷たい。特に背中が。
意識が戻って一番最初に思ったことはそれだ。
あの世は温かいと思っていたが違うみたいだ。天国じゃないから・・・?私は地獄に来ちゃったのかな・・・。
目を開けていない今、それを判断することはできない。
正直見るのは怖かったけど、このまま目をつぶっていても仕方ないから、腹をくくって目を開けた。
見えたのはゴツゴツとした岩肌。
・・・・・・本当に地獄に来てしまったみたいだ。
背中が冷たいと感じたのは、平らな岩の上に私が寝っ転がっていたから。
つまり私が今見てるのは天井ってこと。
でも近くに天国があるのか、出っ張った岩の右側を光りがてらしていた。
私は天国と地獄の狭間にいるのかな、って思ったけど、冷たいからやっぱり地獄だ。
こんなに近くに天国があるのに私は地獄にいるのか。
天国はどんな感じなんだろう。
気になって、寝たまま顔を右に向けた。
するとそこにはひとつの人影があった。
でもそれは天使じゃなくて、殺人鬼。私が意識を失う前、最後に見た人物。
桃地再不斬であった。
この人も死んだ・・・?
いやいや、それはないだろう。
じゃあ私は生きている・・・?
混乱しているが、意識が戻った私に気付いたのか刀を背負ったまま彼は近付いてきた。
反射的に身体を起こし、後ずさった。しかしそこには壁があり、それ以上距離をとることが出来なかった。
再不斬の方を見てやっと分かったのは、ここが洞窟であるということ。
私が洞窟の奥にいて、再不斬は出口と私の間にいる。
私が逃げられないようにしているみたいだ。
彼の顔は逆光で見えない。でも目だけは変わらず鋭く光っていた。
「おいガキ」
低い声が洞窟の中をこだました。
今度こそ本当に殺されるかもしれない。
身体がカタカタ震え始めた。
「あそこで何してやがった」
何、といえばなんだろう。なにもしていない。水を飲もうと思ったが未遂に終わった。水を飲もうとしたと言えばいいのだろうか。
ここは慎重に答えを選ぶべきだ。
私は少し考えた。
「ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねェ。
何が目的だ。」
目的・・・か。
隠さなくても、大丈夫、だよね・・・。
『ぱぱをむかえにいこうとしてた・・・』
ピクッと再不斬の指が動いた。
「お前ここがどこだかわかってんのか?」
ここは・・・・・・戦場だ。私なんかがいるべき場所じゃない。
『わかって、ます・・・・』
「いや分かってねぇ。
こーゆーやつが・・・」
再不斬は素早く刀の柄を掴み、降り下ろした。
(殺される・・・!!!!)
ギュウっと目をつぶった。
しかしいつまでも痛みは襲ってこず、代わりに低い声が響き、そっと目を開けた。
「こーゆーやつが一杯いる所なんだよ。」
その刀は私の首に触れる触れないかの所にあり、全身から嫌な汗が吹き出した。
もうすぐ私の首が飛ぶかもしれない。
また身体が震えだした。
「分かったらさっさと帰れ。」
そう言って刀を元の位置に戻し、私から少し離れたところにある岩に腰掛けた。
身体の震えはおさまらず、涙で視界が歪んでいたが、はっきり見えた彼の顔。
私が知るものよりもずっと幼かった。身長もカカシお兄ちゃんと同じくらい。
でも悲しい目をしていた。
帰れと言われたけれど、帰る気はない。パパに会わなきゃいけないんだ。
それに、ここがどこか分からない。あと、自分はもう空腹で動くほどの体力は残っていない。つまり帰る方法も、帰る力もない。
じっとしと動かない私に痺れを切らした再不斬は“おいガキ”と言おうとした。しかしそれは私の盛大に鳴ったお腹の音で阻まれた。
あぁ。泣きたい。恥ずかしすぎて。
耐えられない!この空気!
いつまでも続く沈黙。時間が経てば経つほど恥ずかしさが増していった。
うわぁ・・・・・・。
『ごめんなさい・・・・・・』
謝ることでもなんでもないが、取り合えずこの沈黙を一度断ち切りたくて言った。
なにがごめんなさいなのか自分でもわからない。
体育座りをして、膝に顔を埋めた。
すると再不斬の気配が近付き、私の前で止まった。
自分の肉でも食え。俺が手伝ってやる。耳、鼻、腕、足、心臓、好きなところを選べ。切ってやる。
何て言われるんだろうか。
小さく丸めた身体を更に小さく丸めた。
「食え。」
洞窟に響いたのはそんな言葉。痛みはなかった。いつの間にか切り落とされていた・・・・・・とか?
彼に対して恐怖しか抱いていない私は変な方向にしか物事を考えられなかった。
見たくない。血まみれになった自分の身体の一部なんて見たくない。
顔を膝に埋め続けた。
すると、カチャという金属が擦れる音がして反射的に顔を上げた。
彼がまた刀を構えたと思ったから。
しかしそれは私を振り向かせる餌で、刀を握る方の手は、自然な位置にあった。
そしてその反対側の手は、私に突き出されていた。
「食え。」
その手のひらには血濡れたものはなく、ひとつのパンが置かれていた。
その行動が信じられなくて再不斬の顔を除き込むとギロリと睨まれ、慌ててパンを受け取った。
私がそれを食べ始めると再不斬はさっきの位置に腰かけた。
久しぶりに食べたパンは今まで食べた物の中で一番美味しかった。改めて自分がどれだけ餓えていたのかを実感した。
パンはあっという間に食べ終わってしまった。
ふうっと息を吐くと、彼は口を開いた。
「お前はどこに用がある」
『あ、あめがくれです・・・・!』
どもってしまったのは仕方無い。そんなこと聞かれると思わなかったから。
再不斬はふっと息を漏らし立ち上がった。
「お前運が良いな。」
なんのことだろう。私を殺さないで見逃してやるってこと、かな・・・・。
「オレも雨に用がある。
連れてってやる。」
着いてこいと、言って再不斬は洞窟の出口に身体を向けた。
正直この人を本当に信用していいのか分からない。
でも、ここにいてもなにも始まらない。
だから信じることにした。
私は急いで彼の背中を追った。
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