初恋は画面越しの君

※『初恋ははじめまして』の続き?というか前の話です




 この世界には、色々な職業がある。職業と言っていいのか、微妙なラインではあるが、『ポケモントレーナー』は特に皆が憧れる華やかなものだ。しかし、皆が皆同じ様に華やかか、と言われればそれはノーだ。常に勝敗が己の地位を左右する。不安定すぎて、ポケモントレーナーに夢を持つことは無かった。
 安定していればそれでいい。こんな保守的な考えを持つようになったのは、きっと夢に敗れ、挫折してきた人々を見て来たからであろう。ボロボロになった彼らを見ていると、とてもそこに飛び込もうとは思えなかった。
 私が住むこの地方は、ポケモンリーグがとても盛んで、テレビをつければ年がら年中必ずどこかの番組でポケモンバトルに関するものが放送されている。勿論それは需要があるからだ。
 先程もいったが、バトルとは必ず勝敗がつく。引き分けもあるけれど、そんなものは殆どない。勝者がいれば敗者がいる。敗者が拳を握りしめ、俯き気味に唇を噛む姿は、とても見れなくて、自然とポケモントレーナーやポケモンバトルになるべく関わらない生活をするようになっていった。
 殆どの子供が通うっといっても過言ではないトレーナーズスクールに通うことはせず、一般的な勉強ばかりしていた。勉強して勉強して、進学校に通い、気が付けば就職活動が目の前に控えていた。
 将来計画を綿密に立て、成績だけではなく資格もたくさん取った。希望する企業に行けるかはさておき、就職は問題なくできるはずだ。幼い頃から、これでいいと思っていたにも関わらず、いざその時になると億劫になるのは何故だろうか。
 勉強ばかりのつまらない人間と思われがちだが、自分はそうは思っていない。確かに人より交友関係はない。それでも遊びに行く友達もいるし、悩みを打ち明けられる友達もいる。まぁ、流石に悩みを打ち明けられるのは親友しかいないけれど。
 勉強ばかりではあったが、少ないながらも友情を育むことができた。ほどほどに遊んで、アルバイトで社会経験を積んだ。してこなかったものといえば、恋愛くらいだろうか。興味はあるけどそこまでだった。内向的な性格であることもあって、異性とはそこまで関わってこなかったし、人の話を聞いているだけでお腹が一杯だった。まぁ、恋愛をしなくても人間は生きていけるから問題はない。親友と呼べる友人が出来ただけで十分だ。 
 その親友は私と正反対の人間である。ポケモントレーナーであり、ジムリーダー。それだけでもすごいのに、モデルの仕事までやっている。やはりすごいという言葉しか出てこない。
 そういえば今日は、その親友に「絶対観て!」と言われていた番組があることを思い出した。生放送ではないが、ガラル一有名なランウェイショーに親友のルリナが出るのだ。トレーナーとして強いだけでなく、おまけにスーパーモデル。やはり彼女はすごい人物だ。
 かつて、ルリナにモデルをやらないかと誘われたことが何度かあるが、彼女の立派な姿を見る度に誇らしさを感じると同時に、どうしても私には無理だと思ってしまう。確かに、人より背は高いがそれだけで、整った容姿とは程遠い。ルリナにもっと背筋を伸ばして自信を持てと散々言われてきた。それでも、臆病な私は何度も首を横に振った。
 そうなのだ。私は臆病なんだ。ポケモントレーナーに夢を見なかったのも、きっと挫折するのが怖かったから。子供の時くらい、子供らしい夢を見ればよかった。でも、それすらをも怖がって興味を持つことさえ諦めた。もっと早くに気が付ければ、今と違う道を歩んでいたのかも知れない。しかし、気付くには遅すぎたというやつで、ポケモントレーナーでないにしろ、もっと自分の興味のある分野に挑戦する気にはなれなかった。
 まぁ、過ぎた事は仕方がない。今の自分に不満があるのではなく、もっと早く気付いていたら今と違う自分がいかたかもしれない。その程度だ。冷めてるなーと自分でも思う。
 ルリナが言っていた番組が始まるまでまだ時間があったが、その間特別やることもない。それまで時間を潰そうと、テレビのリモコンに手を伸ばした。
 暗かった画面に、色が浮かび上がる。それはあまりに強烈で一瞬にして私の目を奪った。
 それは全てを溶かしてしまいそうなほど熱く、太陽のように屈強で眩しい金色だった。冷め切った私の心など、一瞬にしてドロドロに溶かされてしまった。胸の奥が熱い。初めての感覚に、頭が追いつかない。
 自分の徹底ぶりに笑ってしまうが、私はガラル地方最強のポケモントレーナーのバトルさえ見た事が無い。正しくいえば、見たくなくて見なかった。街のあちこちで飾られる彼を見たことがあっても、動く彼を見るのは初めてだった。
 息をするのも忘れて、画面の向こうの彼に魅入った。その金色は、力強くありながらも美しい。自信に満ちたそれは、決して自惚れではなく確信に近い。彼の輝きは、私にはないものだった。そうして彼は言った。



「彼ら観客は、どちらかが負けることを願う残酷な人々でもある。
そんな怖さをはねのけ、ポケモントレーナーとしてのすべてを、チームのすべてをだしきって勝利をもぎとるのが、オレは好きで好きでたまらない!」



 頭の中に響くその声は、全身へと伝わり私の体を震わせた。
 今まで何にも挑戦せず、安全な道を進んできた自分が恥ずかしくなってくる。どこまでも凛々しいその人は紫色の髪を靡かせた。
 その瞳が、言葉が、私の体を熱くさせる。目映い光を放っている彼から目を反らすことが出来なかった。
 これほどまでに惹かれる瞳に出会ったのは初めてだった。画面越しであるというのに。
 彼の瞳をもっと見たい。もっと近くでその美しさに触れたい。だがそんなこと、今の私には無理である。こんなにも何かを望んだのは初めてなのに。燃えるような感情が、沈みかけた時だった。私の思考を電子音が遮った。
 スマホのディスプレイには、親友の名前が表示されていた。自分の頭の回転の速さと、行動力に驚いた。私は冷めた人間なんかじゃなかった。いや、彼に変えられたのかも知れない。通話ボタンを押すなり、私は叫ぶように言った。



「ルリナ!私モデルやる!!!」



 普段のルリナから想像もできない間抜けた声を出しなのなんて聞こえなかった。
 彼に会いたい。今の私では無理なら変わるしかない。その可能性が少しでもあるならば、その可能性にかけたい。



「ダンデ……さん」



 名前を呼んだだけで、心臓があり得ないくらい速く動いた。全身がカッと熱くなり、ふわふわとした感情が湧き上がる。初めて抱く感情。本や漫画に書かれていた感情は確かに私の中に存在していた。私は、再び彼のいるテレビへと視線を移した。


これはきっと、恋なのだ。ーー






戻る】【TOP
拍手】【更新希望アンケート
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -