ニセモノリング

 私の薬指にはサイズぴったりの指輪が。


 そして今日は結婚式。ーーー



 そう、今日は私の結婚式……ではない。



「はぁーーー。疲れる」



 そんな私の呟きに応えるかのように、夜風が私の頬を撫で、ドレスと羽織がヒラヒラと揺らめいた。身震いする程ではないが、その風はどこか冷たさを含んでおり、少しだけ鳥肌がたった。


 今日は、私のではなく上司の結婚式があった。過去形にしてしまったが、今は二次会の真っ只中だったりする。

 正直、こういう人多く集まる系のは苦手なのだが、お世話になっている上司の結婚式だし、こんな私を可愛がってくれて、かつ、こうして結婚式に招待してもらったのだ。出席以外の選択肢はない。


 二次会は割りと自由なもので、基本は立食形式で、壁際には所々椅子が並べられており休憩できるようにもなっている。


 が、私はそこから少しだけ抜け出し、一応解放されているバルコニーで休んでいる。
 ふと自分の薬指にはめられた指輪に目がいった。この指輪は彼氏から貰ったもの……ではなく、自分で買ったものだ。

 痛いやつと思われていそうなので、弁解すると、これはまぁ、お守りというか虫除けみたいなものだ。


 同僚いわく、二次会は出会いの場らしい。全員が全員出会いを求めているかといえばそうではないのは十分に理解しているのだが、やはりそういう輩がいるのも事実。悪い事ではないし、出合いを求める人はそれはそれでいいと思う。個人の自由だから。

 色恋沙汰に全く興味がないことはない。現在進行形で好きな人はいるけれど、雲の上の存在で結婚どころかお付き合いするのさえ絶対に無理だ。絶賛片思い中なわけだが、両想いになるのも、お付き合いすることも、天地がひっくり返ってもあり得ないので、寧ろ開き直っている。


 話を戻すと、私には好きな人がいるしそういった、出会いとか、そういうものに興味はないから、それに巻き込まれたくない。つまり、新たな出合いの対象として声を掛けられたくないということだ。

 指輪により彼氏持ちを匂わせ、出合いの対象の枠から弾かれる事が目的だ。まぁ、こんな容姿じゃ誰も話し掛けてこないだろうけど。

 私の容姿はさておき、私が勤め先であるマクロコスモスはガラルでは知らない人はいないといっても過言ではない程の大企業。同年代の平均より給料はいくらかいい。そんなわけで、マクロコスモス勤めの女子は結構狙われていたりする。


 指輪の効果もあり、特別声をかけられることもなかった。二次会開始直後に席を立つのも失礼かなと思い、程よい時間が経った頃にこうしてひとり抜け出したというわけだ。

 
 ひとつ息を吐くと、強ばっていた力が抜けた。



「隣、いいか?」



 それはよく聞きなれた声だったが、一方で『そんなはずは』と思ってしまうものだった。私は、この声の持ち主を確かめようと、振り返った。



「だっ、ダンデ……さん」
「実はパーティの類いは苦手でね」
「そうだったんですね。なんというかちょっと……」
「意外?」
「……はい。」
「まぁ、慣れてはいるんだが」


 ダンデさんはよく色んな所に呼ばれているから、平気なものだと思っていた。無敵の彼にも苦手なものがあるとは。



「ダンデさんにも苦手なものがあるんですね」
「オレだって人間だからな。苦手なものもあるさ」



 気付けば会話が弾み、彼が私の隣にいるということに気付かずにいた。

 ダンデさんとは、仕事の関係で、何度かお会いして、話したことがある。そんなわけでお互い面識があり、こうして普通に話せている。出会った当初は、緊張してまともに会話すら出来なかったのだか、これも慣れなのか、いまではこうして普通に言葉を交わしている。

 ふと会話が途切れ、自分に向けられていたダンデさんの視線が変わった。



「その指輪は?」
「あぁ、これですか?」



 それは、私の薬指にはめられたアレだ。ここには私たち以外誰もいないし、ダンデさんになら言っても言いふらしたりしないから大丈夫だろうと、指輪をしている訳を話した。勿論、好きな人がいるってことを除いて。



「そうだったんだな」



 ダンデさんは呟くように言った。その表情は何を考えているのかいまいち読み取れない顔をしていた。



「ならその指輪、オレにくれないか?」



 今なんと?ダンデさんが指輪を?私の?いや、聞き間違いだろう。だって、理由がないし。
 ダンデさんと話していて気付かなかったが、苦手なこういう集まりに来て相当疲れがたまっているようだ。だって、こんな聞き間違いをするのだから。



「代わりにこれを受け取って欲しい」



 ダンデさんは落ち着いた声でそう言いながら、ポケットに手をやり何かを取り出した。それは銀色の小さな輪っかで、月明かりを受けたそれは装飾品はなくシンプルなデザインであったが、美しくかつ上品な光を放っていた。


 只でさえ、私の指輪を欲しいと言った意味も意図もわかっていないのに、シルバーの指輪を突然差し出され、私の思考回路は完全に停止した。

 この状況を理解するのに精一杯だった。

 黄金の瞳は月よりも強く光り、私をまっすぐに見つめている。パーティだからと一つに束ねられた長い髪に、正装に身を包んだダンデさんはいつもとはちがう雰囲気を纏っている。その姿は美しいという表現が一番近いのだろうが、その言葉では収まらない程美しく、思わず見とれてしまっていた。



「君が好きだ。オレと付き合ってくれないか?」



 私の頭は既にキャパシティーはとうに限界を越えていて、言葉の意味すらも出来ない程になっていた。
 そして、自分が何をいったのかすらも。



「え……、あ……、はい……?」



 金色の目は薄く細められた。そして、『ありがとう』、と。

 彼は、徐に私の手をとり、私の薬指にはめられた指輪をそっと外した。それから、私の買った安物の指輪とは比べ物にならない綺麗なそれを私の指にはめた。
 私の指輪は、彼には小さく小指にですら厳しく、『明日にでも調節してもらわないとな』と言うと、再び私の手を取った。


 私の思考回路が回復したのは、彼の唇が私の手の甲に触れたときだった。



 その後のことは殆ど覚えていない。ただはっきりと覚えているのは、手の甲に残る感触と、薬指できらきらと輝く指輪の意味だけだった。
 




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▼あとがき▼
読んでくださりありがとうございました!
主人公の片思いの相手は勿論ダンデさんです。
ダンデ初短編夢でした!もっと増やしたい!


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