慣れているはずなのに

※「初恋ははじめまして」の夢主設定です。





 撮影は思いの外順調に進んだ。仕事が始まる前は、やっと会えた好きな人と一緒に仕事なんて、正気でいられるか自信がなかった。それに、好きな人に、綺麗で見惚れていたと言われたのだ。そんなの社交辞令だと頭では分かっているけれど、それでも綺麗になるために頑張ってきた自分の努力が報われた気がして、嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
 綺麗とか可愛いとか美人とかモデルをしていて、よくかけられる言葉だ。本心であれ社交辞令であれ、嬉しい。自分が綺麗だなんて当たり前だと思ったことはないし、そう見てもらえる様に日々努力を重ねている。たとえそれが、社交辞令でも嘘でも嬉しいものは嬉しい。
 だから、ダンデさんに言われた時も同じ様に嬉しかった。でも、こんなにも嬉しいのは初めてで、甘い感情が私を支配していく。彼への気持ちが溢れて、まともに仕事ができるか自信がなかった。
 隣にダンデさんがいると考えただけで、ドキドキして心臓は壊れてしまいそうだ。ダンデさんが動く度に、ダンデさんのつけている香水がふわりと漂い、鼻腔をくすぐった。ダンデさんと同じ空間にいるのだと実感して、体が熱くなる。何だが自分が変態になったみたいで嫌だけれど、勝手に体がそうなってしまうのだ。どうすることもできなかった。
 しかし、カメラを向けられると自然とスイッチが入った。隣にいる彼を気にしつつ、カメラに集中した。これがプロ魂というのだろうか。
 トラブルもなく無事に撮影が終わった。スタッフにお疲れ様でしたと、声をかけられ、ふと肩の力が抜けるのを感じた。
 順調に、何事もなかったのは良いことだ。しかし、この仕事が終わるという事は、仕事であれどダンデさんと一緒にいられなくなるということだ。それならばもう少しミスをすればなんて考えが頭をよぎったが、格好悪い姿を彼に見せる方がずっと嫌だ。でも、それでも、やっと会えた彼ともう居られないのかと思うと、胸がチリチリと痛んだ。やっぱりミスをすれば、何かトラブルが起きていれば……でもそれは……と、無限ループに陥りかけた時、高くて綺麗なルリナの声がそれを止めた。



「お疲れ様」
「ルリナもお疲れ様。ダンデさんもお疲れ様です」



 ルリナの隣にいるダンデさんにもしっかりと挨拶をした。彼の名前を口に出すだけで鼓動が早くなるのを感じた。黄金の瞳と目か合いドキリとする。綺麗な形をした彼の唇から私の名前が発せられて、私の頭と心臓は爆発寸前だ。私の名前とお疲れ様と挨拶を返されただけなのに。頭の中を彼の声がこだまする。好きな人に名前を呼ばれただけでこんなになってしまうなんて、恋というものは恐ろしい。
 そしてまたルリナが私の思考を遮った。



「写真を撮ってもいいかしら」



 SNSに載せる用に撮りたいのだとルリナは言った。私は何も考えずいいよと返事したが、ダンデさんの返事を聞いて、思わず肩が揺れてしまった。そうだ、仕事用ってことは私だけじゃなくてダンデさんも映るのだ。
 さっきまで一緒に撮影していたのに、仕事ではない写真に一緒に写るとなるとなんだか急に緊張してしまう。



「あ、誰かスマホ持ってない?」
「私あるよ」



 言い出しっぺのルリナはスマホを控え室に置いてきたようで、私のスマホで撮ることになった。因みに私のスマホはスマホロトムではない。便利だとは知っているけれど、ポケモンと離れていた生活をしていたせいでずっと普通のスマホを使っていた。今はそんなことはないけれど、自分のスマホが飛び回るのはなんだか不安で、ただのスマホのままだ。
 ルリナに、スマホロトムならロトムに撮って貰えるのにと言いながら、インカメにしてスマホを構えた。ルリナが撮る関係で、私は自然とダンデさんの隣になる。画面に収まるようにとなるとかなり近い。肩と肩が触れてしまいそうだ。画面に写る自分の顔は、赤くなくて少し安心したが、自分の心音がダンデさんに聞こえてないか不安になってしまう。
 ルリナが撮った写真を確認しているが、にやけてはいないだろうか。ルリナのオーケーが出て、ほっとした時だった。

 今日のルリナはどうしてしまったのだろう。私がダンデさんに片思いしているのはルリナは知っている。協力してくれているのかもしれない。でも、さっきから展開が早くて追い付けていない。ルリナが次に投下した爆弾は、簡単にまとめると、初めて一緒に仕事をした記念にツーショット撮ったら?というものだ。
 ダンデさんとツーショットなんて、嬉しいけどそれ以上に、ドキドキしっぱなしの心臓はそろそろ限界である。どう返事をするべきか考えていると、ダンデさんは言った。



「君さえよければ」



 黄金の瞳には私が映っていた。私が一目惚れしたその瞳を前にしては、首を縦に振ることしか出来なかった。
 撮ることになったのはいいけれど、どんな表情で、どんなポースをするべきか、考えても答えはでない。緊張しすぎて表情が固くなってしまう。カメラなんて向けられ慣れているのに、撮られるのだって慣れているのに、彼が隣にいるだけでこんなにも違う。



「ちょっと。ふたりとも目つぶってるんだけど」



 カシャッと鳴った電子音の後にルリナが言った。仕事でそんなミスは滅多にしないのに!と顔が熱くなる。そんな私とは反対に、隣にいるダンデさんはクスクスと笑っている。



「写真なんて撮られ慣れているはずなんだが、何故だか妙に緊張してしまってね」



 ダンデさんはすまないと、少しだけ眉を下げて言った。その表情はとても柔らかくて、胸の奥がきゅっとした。理由は分からないけれど、私と同じ感情を抱いていることがとても嬉しい。それに、いつも見ている、ギラギラしたダンデさんとは異なり、ふわりとした穏やかなダンデさん。数年間片思いをしていて、初めて見るそれにドキドキしない方がどうかしている。



「私も緊張してしまって……」



 そう返すので精一杯だった。ダンデさんは、また可笑しそうにクスっと笑うと、「同じだな」と目を細めて言った。私の心臓は完全に彼に振り回されている。やっと会えた好きな人が私だけに笑いかけてくれている。嬉しくてたまらない。



「もう一枚撮るわよ」



 ルリナが言った。今も緊張しているけれど、さっきより緊張が解けた。ダンデさんと同じ気持ちだと分かったからだろうか。
 今度はちゃんと撮れたようで、ルリナからオーケーが出た。一応確認してと、ルリナが言ったけれど、恥ずかしくて見たいけど見たくない。でもこの状況で見ないわけにもいかないし、覚悟を決めるしかない。ルリナに差し出されたスマホを受け取った。



「ダンデさん!そろそろ移動お願いします!」



 ダンデさんのマネージャーが慌てた様子でやってきた。ダンデさんは忙しい人だから、この後も仕事があるらしい。こういう撮影の仕事もやりながら、体を鍛えたり、ポケモンを鍛えたり、バトルの勉強をしたり。私が想像するよりずっと大変なのだろうと思ったが、それをこなして輝き続けるダンデさんは本当に素敵な人だなと改めて感じた。



「それじゃあ、先に失礼するよ」



 ダンデさんの別れの言葉に胸がひゅっと冷たくなる。彼がくるりと踵を返し私に背を向けた。
 やっと会えたのに。もう行ってしまう。次はいつ会えるのだろう。もしかしたらもう会えないのかもしれない。そう思ったとき、私の口は勝手に動いていた。



「ダンデさん!」



 彼の名前を呼んでいた。いや、叫ぶの方が近いかもしれない。ダンデさんは紫色の長い髪をふわりと舞わせて、振り返った。かなり大きな声で呼び止めてしまったが、衝動的にしてしまったことであり、この状況をどうしたらいいのか分からず、パニック状態である。いっそこのまま告白でもしてしまおうかと思ったが、それが出来るほどの勇気も大胆さも無謀さも持ち合わせていない。



「あ、あの!私、ダンデさんのファンで……!
その、これからもずっと応援してます!!」



 こうして言葉を交わせるのは最後かもしれないのに、やっとの思いで出てきた言葉は当たり障りないなんとも無難なものだった。  やっぱり告白すれば良かった。そう思ったのは束の間だった。
 黄金の瞳が丸くきらりと光る。あまりにも私を真っ直ぐに見つめるもので、思わずどきりとしてしまう。まるでここには私とダンデさんしかいない様な錯覚に陥る程、彼のその瞳に見入った。



「ありがとう」



 返ってきた言葉はとてもシンプルだけれど、私を満たすには十分だった。少女漫画によく出てくる表現は間違っていない。彼の周りがチカチカと光り、彼の笑顔はきらきらと輝いていた。
 そうしてダンデさんは今度こそ行ってしまった。半ば放心状態の私が正気に戻ったのは、ルリナが私をつついた時だった。



「私も別の仕事があるからそろそろ行くわね。」



 写真忘れずに送っておいてねと言い残して、ルリナも行ってしまった。
 そ、そうだ!写真……!!!スマホの画面にはダンデさんとのツーショットが映し出されている。確認してと言われたけれど、絶対に顔が赤くなるだけでは済まないから後でやろう。
 忘れる前にルリナに写真を送り、返信が返ってきたのは夜だった。ありがとう、というメッセージの次に来た返信に、思わずスマホを落としそうになった。



ーー「ダンデがあなたと連絡先交換したいってさ」



 私は飛び上がってルリナに返事をした。そしてそれが仕事用ではなく、プライベート用の連絡先と知るのはまた少し先の話である。



ーーーー
(反省文)
本当は、夢主が勇気を出して一緒に写真取ってください!と言って、
「オレで良ければ喜んで」と返すダンデを書きたかったんですけど、書いてたらいつの間にかこんなことになっていました。
からの、「それはポケスタに載せるのか?」と聞かれて、載せないと答える夢主に何だがドキリとするダンデを書きたかったんですけど、書いてたらいつの間にかこんなことになっていました。
ここまで読んでくださりありがとうございます!!

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