「奥方からですか?」 隣から声がかかり、そちらを見ると、無精髭に眼鏡の男が立っていた。マース・ヒューズ大尉だ。 「ああ、すみません。勝手に覗いてしまって」 「構いませんよ」 ヒューズはどうやら荷物の送り主がキンブリーの妻だと思い込んでいるらしい。 訂正しようと口を開きかけたところで、テントに入ってきた兵士から「ヒューズ大尉!」と声がかかった。 「お手紙です」 「おおっ!待ってました!」 伝令係から差し出されたそれがヒューズの手へ渡る際に、表の署名がキンブリーにも見えた。 グレイシア。女性の名だ。 「恋人からですか?」 「はい」 押さえきれない喜色を顔に滲ませてヒューズが頷く。 「これでようやく『帰る』と返事が書けますよ!」 どれだけこの日を待ち焦がれていただろう。 そう言わんばかりのヒューズの声にも表情にも、生きて愛する者のもとへ戻れることに対する深い安堵と喜びが満ち溢れていた。 「少佐も奥方に帰還の報せを送られますか?」 問われて、キンブリーは荷物を見下ろす。 彼女はまだこの戦いが終わった事を知らない。 この荷物は何日も前に出された物であるはずなので、もしかすると今頃は連絡がいっているかもしれないが。 「──いえ、やめておきましょう。帰って直接会いますよ」 「そうですね。それがいい」 ヒューズは熱心に同意した。 「自分を待ってくれている人がいるというのはいいもんです」 だが、その後、なまえがキンブリーに「おかえりなさい」を言えたのは、実に約6年もの年月が過ぎてからのことだった。 イシュヴァールから帰還する前にキンブリーが上官を手にかけてしまい、そのまま中央刑務所に入れられてしまったからである。 * * 「少佐……じゃなかった、中佐。荷物はないんですか?」 「ええ。必要な物はすべて現地調達します」 身軽も身軽。文字通り身一つで現れたキンブリーを見てなまえは目を丸くした。 「そういう貴女も随分コンパクトにまとめたものですね。女性ですから、もっと大荷物になるかと思っていましたよ」 「動きやすくないといけないと思って。必要最低限の物だけにしようと頑張りました」 「いい心がけです」 小さなトランクを一つ片手に持っただけのなまえにキンブリーは素直に感心した。 あの時のぎっちり収納された箱の中身といい、相変わらず荷造りのセンスが良いようだ。 彼女のトランクを奪って持ち、傷の男を追跡するためにセントラルシティの駅舎へ続く階段をのぼりながら、そういえば結局ヒューズの勘違いを訂正していなかったことを思い出す。 そして、あの言葉。 “自分を待ってくれている人がいるというのはいいもんです” 確かにそうかもしれない。だが、傍にいるほうがもっといい。 もう充分すぎるほど待たせてきたから、これからはイヤと言うほど連れ回してやろうと、なまえにとっては嬉しいような嬉しくないようなことを勝手に心に決めて、キンブリーはプラットフォームへと向かった。 |