「お前は運がいい」 豪奢な椅子にふんぞり返ったクロコダイルが、頭を垂れて床に伏している商人を獰猛な笑いを浮かべて見下ろす。 「普段は行商なんざ相手にしないんだがな……」 クロコダイルは平伏したままの商人から視線を流して、傍らに座るなまえを目で示した。 「こいつがお前が扱っている品に興味があるそうだ。見せてやれ」 「は、はいっ…!」 商人は床に額を擦り付けんばかりにして深く頭を下げた。 同じ建物の中だというのにカジノの騒乱はこの部屋には聞こえてこない。 それはすなわち、ここで何かが起こっても他の誰にも気付かれないということだ。 ──そう、例えば、この目の前の男の不興を買って、ワニの餌にされてしまったとしても。 緊張のあまり商人の顔から冷や汗が滴り落ちた。 おもねるような笑顔を作って顔をあげた先には、まったく邪気のない微笑みを浮かべた愛らしい女がいた。 無事に帰れるかどうかは、この女を喜ばせる事が出来るかどうかにかかっているのだと分かっていた。 「さあさあ、どうぞお手にとってじっくりご覧下さい!」 椅子から動かず葉巻をふかしているクロコダイルを気にしながらも商人は愛想よく商品を見せ始めた。 彼が見せる品々になまえは素直に感心したり歓声をあげたりして、買い物を楽しんだ。 中でも彼女の目を引いたのは、色鮮やかな宝石が付いた指輪だった。 「指輪が欲しいなら職人に作らせてやる。宝石にしておけ」 クロコダイルが填めている指輪を思い浮かべ、これならお揃いに見えるだろうかと考えながらなまえが大ぶりで派手なデザインの指輪を見ていると、それまで黙っていたクロコダイルが口を開いた。 「あ…い、いえっ、いいですっ」 なまえは慌てて近くにあった布を手に取った。 「こっちの布は?お洋服ですか?」 「そりゃァ、ワノ国の衣装だな」 「さようでございます」 商人は恭しくクロコダイルの言葉を肯定した。 「キモノと申しまして、若い女が身に付けるものだそうで」 「へえ…」 さらりとした布地は絹のそれとはまた違うなめらかさで、とても肌触りが良い。 「気に入ったんなら着てみろ」 クロコダイルが促す。 商人も熱心に勧めたのでなまえは試着してみることにした。 「どうですか?」 「素晴らしい!とてもよくお似合いですよ!!」 隣室で着物に着替えてきたなまえが戻ってくると、商人は大袈裟なくらいに誉め讃えた。 「いいんじゃねえか」 クロコダイルがそう言ったのでなまえは嬉しそうににっこりした。 葉巻を灰皿で潰したクロコダイルが商人に視線を据える。 「幾らだ?」 「そんなっ!クロコダイルさんから代金なんて頂けません!!」 「気にするな。こういう事はきっちりしとかねェとな…」 クロコダイルはニヤリと笑って、懐からずっしりと重い財布を取り出した。 それを見て、どうやら無事に生きてこの男のテリトリーから出られそうだと安堵しつつ、商人は早速会計の準備を始めた。 |