それは雨上がりの放課後の事だった。
廊下の曲がり角を曲がった途端誰かにぶつかってしまい、ばいんっと弾き返されて自分でもびっくりするぐらい後方に吹っ飛んでしまった。
雨で濡れていたせいで床が滑ったのだ。
お尻から着地してそのまま1mほど後ろに滑って止まるまで、何が起こったのか全く分からなかった。
これが漫画なら、ズシャアアアアーッ!と効果音がついていたかもしれない。

「ごめんっ!大丈夫かい?」

衝突した相手は、スクールバッグではなく大きなラケットバッグを片方の肩にかけて持ち、反対側の手はラケットで塞がっていた。
すぐにそれを床に置き、心配そうに私の前に膝をつく。

「ううん、私がよく見てなかったせいだから…」

半ば呆然としていた私だったが、そこでようやくスカートが膝の辺りまで捲れ上がっている事に気が付いた。
慌てて裾を引っ張って直したものの、彼には丸見えだったはずだ。
踏んだり蹴ったりとはまさしくこの事である。

「いや、俺も気が付かなかったんだからお互い様だよ。本当にごめん」

申し訳なさそうな声でそう言って、彼は私を抱き起こしてくれた。
あまりにも簡単に持ち上げられてしまった事に驚いて顔を上げると、整った綺麗な顔がそこにあって更にびっくりした。

「どこか痛い?」

ぶんぶん首を横に振った私に、彼は天使のように微笑んだ。



それから彼と遭遇する事が多くなった。

初めは偶然だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしいと気付くのに時間はかからなかった。

「ゆ、幸村くん…」

「大丈夫、怖くないよ」

彼はいつもそう言って微笑み、私の手にお菓子をそっと乗せるのだ。
それは飴だったりチョコレートだったりと日によって様々だった。
初対面での「衝突からのパンツ丸見え事件」以来、見苦しいモノをお見せして申し訳ありませんでしたという心境で、なるべく関わらないように彼を避けていたのだが、それが怯えてビクビクしているように見えたらしい。

「ほら、怖くない」

「う…うん…」


***


強豪テニス部を抱える立海だが、私はコートを見に行った事がなかった。
もちろん、毎日ギャラリーが詰めかけて人垣が出来ているからというわけではないし、煩くしなければ見学も自由だ。
それでも何となく近寄りがたい感じがして今まで見に行った事がなかったのだが、その日は半ば無理矢理友達に引っ張って行かれた。

土手の上から見下ろす先に、彼はいた。

堂々としたその姿は風格さえ漂わせていて、普段の優しそうな幸村くんとは別人のようだ。
コートの隅々、部員の一人一人にまで目を配り、時折鋭く指示を飛ばすその表情は厳しい。
厳しくて、怖い。
怖いと感じたのにドキドキするって、私の心臓はどうかしちゃったんじゃないだろうか。
そうしている内に幸村くんが気付いたようで、こっちを向いた。
その顔から厳しさが消え、柔らかく微笑みながら彼は土手の階段を上がってきた。

「見に来てくれたんだね」

「うん…」

「どうだった?」

「何か、いつもの幸村くんと違って見えた。えーと…あ、そうだ!仕事してる時のお父さんが、いつも家で見てるお父さんとは全然違った時みたいな感じ」

「俺はキミのお父さん?」

「えっ、ち、違うよ!そうじゃなくて…凄くカッコよかったからびっくりしたと言うか…」

「ふふ、ありがとう」

幸村くんが肩に羽織ったジャージがまるでマントのように風にたなびく。

「そういえば、初めて話しかけた時も俺を見て驚いてたね。あの時のびっくりした顔、すごく可愛かった」


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