海原祭の前日、私は自分の教室に入るに入れず困っていた。
そこへ通りがかったのが、完成した王子の衣装を着た幸村くんだった。
どこから見ても正真正銘の王子様だ。

「あれ?どうしたの?」

「実は……今、中で女の子と丸井くんがいい雰囲気になってて…」

「へえ……ブン太がね。面白そうだからちょっとからかってこようか」

「だ、だめ、だめだよっ!」

慌てて止めると、幸村くんは冗談だよと笑った。

「丁度良かった。キミに話したいことがあったんだ」

「私に?」

「うん」

ここじゃなんだからと、幸村くんに促されるまま彼の後についていく。
連れて行かれたのは使われていない教室だった。
私を先に中に入れて、それから幸村くんが。

カチリと響く小さな音。
それがなんの音であるか分かった私は戸惑った。

「……幸村くん」

「ん?」

「どうして、鍵、かけたの」

「邪魔されたくないからね」

後ろ手に鍵を掛けた幸村くんが深海の色をしたマントを翻しながら近づいてくる。
端整な顔を縁取る髪が歩みに合わせて揺れる。
反射的に一歩後退ってしまった私に、彼は困ったように微笑んだ。

「大丈夫、怖いことなんて何もしないよ」

次第に薄暗くなっていく教室の中で、窓から差し込む最後の陽の光に照らされた端整な顔から、ふっと笑みが消える。
真剣な表情で私の目を釘付けにした彼が、ゆっくりと口を開いた。

「君が好きだ。俺と、付き合ってほしい」

目の前には本物の王子様がいる。
女の子なら誰でも一度は夢見るような、優しくてかっこよくて頭もよくて、きっと誰よりも大切にしてくれるだろうと思える、そんな王子様が。

でも、どうしてだろう。
今にも脚から崩れ落ちてしまいそうなほど怖いのは。

「返事を聞かせてくれないか」

微かに震えている私の手を掴んで引き寄せた彼の手が、まるで離さないと言っているみたいに力強くて、向けられる熱情に胸が苦しくなる。
あの時と同じで、怖いのにドキドキする。
酸素を求めて開いた口が勝手に返事の言葉を紡いでいた。


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