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このご時世、倒産やリストラは決して珍しいことではない。
しかし、それが実際に己の身に降りかかってくると、やはりショックは大きかった。
親会社からの圧力と、急激な経営難による事務所の閉鎖。
それに伴う人員整理で、一部を除く従業員は全員解雇となってしまった。

いつものように出勤し、いつものように仕事を終えた聖羅は、一日の業務終了後に、他の従業員達とともに上司からそれらの事実を告げられた。

おかしいとは思っていたのだ。
数日前から本社の役員が頻繁に出入りしていて、今朝も深刻な様子で上司と会議室にこもりきりだったのだが、まさかこんな形で勧告を受けることになるなんて。

「この事務所は本日で閉鎖になります。明日からは出勤してこないように」

騒然となった従業員達を強引に説き伏せて帰り支度をさせ、全員外に追い出し、事務所のドアに張り紙をした上司はさっさと夜の街に消えて行った。
弁護士を探さなきゃとか、本社を訴えてやるとか息巻いている同僚達のような気力は残っていない。
とぼとぼと帰り道を辿りながら、これからどうしようかと考えるだけで精一杯だった。

「お帰りなさい、聖羅さん」

アパートの前で待ち伏せしていた人影が、こちらが気付くよりも先に聖羅を見つけて声をかけてきた。
運び屋の赤屍蔵人。
いつもなら悲鳴をあげるか真っ青になって逃げ出していた相手である。

「どうしました。何かあったのですか?」

街灯の灯かりが届かぬ場所で闇に溶け込むかのように佇んでいた黒衣の運び屋は、聖羅の顔を見るなり、柳眉をひそめてそう問いかけてきた。
弱りきった今の聖羅には、心配そうな声音と表情で優しく気遣われたことがじわりと涙がこみあげてくるくらい嬉しかった。

「赤屍さん……」

「私で良ければ話して下さい。何でも相談に乗りますよ」

白いラテックスの手袋に包まれた手が、そっと肩に触れ、夜風に晒されてすっかり冷たくなっていたそこを柔らかく掴む。

「貴女の力になりたいのです。ですから…ね?」

「……う……」

堪えきれず、わっと泣き出した聖羅に驚くこともなく抱きしめられたとか。
まるで図ったようにタイミングよく現れたとか。
平素であれば疑っていたはずの事柄も、ショック状態では思い至ることもなく。

「大丈夫」

聖羅を抱きしめてその背を撫でながら赤屍が囁いた。

「貴女には私がついていますよ、聖羅さん」

誘惑の言葉はいつだって耳に甘く響くものなのだ。



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