ある朝、聖羅がなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中にいて、男の膝枕で眠っていることを発見した。 頬の下に、女の柔らかなそれとは違う、硬く引き締まった肉を感じる。 しかしながら、男の太ももの感触は存外悪くなかった。 「仕事に行かないと」 「その必要はありませんよ」 男は、赤屍はそう言うけれども、聖羅には働かなければならない理由があった。 両親を含む彼女の家族は、殆どを彼女の収入に頼って生活しているようなものだったからだ。 「妹を音大に行かせるためにも働かないと」 「いえ、その必要はありません」 赤屍は繰り返した。 噛んで含めるように、優しげな声でゆっくりと、「もう良いのですよ」と囁いた。 頭を撫でる赤屍の手に、いつもの白い手袋はない。 唐突に頭に浮かんだのは奇妙な光景だった。 林檎。 赤い林檎。 投げつけられたそれは床に転がり、赤い筋を引いて止まった。 「何も心配いりません。これから先は、お金の心配などせずに、幸せな生活が送れるのです」 「幸せな、生活」 脚の付け根から赤屍に注ぎこまれた毒が流れ出していく。 もう元の世界には戻れないんだな、とぼんやり感じていた。 |