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「今夜は鶏鍋ですよ、聖羅さん」

黒いエプロンを着けた運び屋が運んできたのは、美味しそうな匂いがする湯気をたてた鍋だった。
鶏肉、しらたき、焼き豆腐、白菜、椎茸、人参と、二人きりで食べる鍋にしてはかなりの具沢山だ。

「わあ、美味しそう!いただきまーす」

「どうぞ召しあがれ。熱いですから気をつけて下さいね」

「熱っ…!」

「おやおや」

予想以上に熱かった。
苦笑した赤屍に指先で顎を掬い上げられ、唇を重ねられる。
良い子ですね、と慰めるように、ぬるりとした生暖かい舌で舌を舐められた。

「ちゃんとふうふうしなければダメですよ」

「はい…」

素直に頷き、具をよそった皿をふうふうと吹き冷ます。
今のでちょっとえっちな気持ちになってしまったのは秘密だ。

鍋奉行というのとは少し違うが、ちょうど食べ頃になったのを見計らって赤屍が具を取ってくれるため、聖羅は食べる事のみに集中出来た。

「美味しいですか?」

「凄く美味しいです!」

「それは良かった」

赤屍はグレーテルを見る魔女のような目で聖羅を見つめて微笑んでいる。
彼になら食べられてもいいか、と思えてしまうのが恐ろしい。

赤屍が作ったものを聖羅が食べる。
赤屍が作ったものを食べた聖羅を赤屍が食べる。
これも一種の食物連鎖である。

「ああ、無くなりましたか。では雑炊にしましょう」

具が無くなった鍋に赤屍がご飯を入れた。
溶き卵を回し入れてカセットコンロに火を点け、蓋をする。
少しして蓋を取れば、ほっこりと湯気が立ちのぼる鶏雑炊の出来上がりだ。
雑炊を聖羅の皿によそった時、インターホンが鳴った。
どうやら誰か訪ねてきたらしい。
マンションのエントランスに繋がったモニターを赤屍が確認すると、そこには見慣れた二人組が映っていた。
無言のままボタンを押せば、スピーカーから「間違いない、クソバネんちは今日は鍋だぜ」「鍋なんて久しぶりだね、蛮ちゃん!」などという音声が流れてくる。

「貴女は気にせず食べていて下さい」

ズズズ…、と手の平からメスを出しながら赤屍が言った。

「私は少し彼らとお話がありますので、ね…」

「はい」

頷いた聖羅は雑炊をよそった皿をふうふう吹き冷ました。
赤屍の長身が玄関に消え、ドアを開閉する音が聞こえてくる。
熱い雑炊をはふはふしながら食べる聖羅の耳に悲鳴は聞こえてこなかった。



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