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仕事終えた赤屍は、自宅への道を歩いていた。
雨の気配が近づいている。
夕方から所により雷雨という予報だったから、いつ降りだしてもおかしくはない。
濡れるのは別に構わないが、帰宅した彼を迎えてくれる恋人を抱擁した時に、着衣が濡れていては彼女まで濡れてしまうかもしれないと思うと、やはり雨が降りださないうちに帰宅したいところだった。
無論、着替えてから抱き締めるという選択肢は無い。

「何とか間に合ったようですね」

マンションのエントランスに入り、エレベーターに乗り込んで、一つ息をつく。
この時間だからまだ夕食の仕度には早いだろう。
となると、自室かリビングで寛いでいるところかもしれない。
先日はエプロン姿で出迎えた聖羅があまりにも可愛らしかった為、そのまま玄関でコトに及んでしまった。
流石に多少耐性がついたので、今日は大丈夫なはずだ──たぶん。

自宅に到着した赤屍は、ロックを外し、ドアを開いた。
そして、奥から聞こえてきた声に軽く目を見開き──次いで、物騒この上ない微笑を浮かべたのだった。

「捨ててきなさい」

剣呑な微笑はそのままに、冷ややかな声で告げる。

「ち、違うんですっ」

捨てるか斬るかの二択しかないような雰囲気を感じとった聖羅は、慌てて赤屍に向かってあわあわと手を振りつつ訴えた。

「お腹が空いてるみたいだったから、せめてご飯を食べさせてあげようかなって思って」

「それがいけないと言うんです。居ついたらどうするのですか」

「でも、雨が降りそうだし…やっぱり、ご飯だけでも食べさせてから…」

「─────おい」

向き合っていた聖羅と赤屍、二対の瞳が割って入った声のほうを向く。
所在なげに佇んでこちらを伺う銀次の横で、蛮が顔をひきつらせていた。

「なんですか、美堂君」

「どうしたの? 蛮ちゃん」

「どうしたのじゃねえ! ヒトを犬猫みたいに言いやがって、このバカップルがッ! 俺を無視して夫婦漫才なんかしてんじゃねぇ!!」

「褒めても居候はさせませんよ。ここは私と聖羅さんの愛の巣なのですから、ね」

「誰がいつ褒めた、誰が!!」

今にも壁を殴り壊しそうな勢いの蛮に、帽子をとった赤屍は、ふう、と溜め息をついた。
視線を聖羅へと戻して淡く微笑む。

「仕方ありませんねぇ……ご飯だけですよ」

「有難う、赤屍さん!じゃあ、早速仕度してきますねっ」

「いや、おい、だから───」

「良かったね、蛮ちゃん! 今日は腐って無いちゃんとしたご飯が食べられるよ!」

「ああもう、お前は黙ってろ、銀次!話がややこしくなるッ!」

「どうでもいいですが、玄関先で騒がないで頂けますか。それから、二人とも、食事の前にまず手を洗ってきなさい」

赤屍はぴしゃりと言って、蛮の横を通り過ぎていった。
ワナワナと震える蛮と無邪気に喜ぶ銀次を残して自室へ向かう彼は、こう考えていた。
せっかくただいまの抱擁をしようと思っていたのに、と。
やがて、洗面所から何やら小声で言い争う声とともに、水音が響き始めた。



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