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立ち並ぶ円柱。
水の匂いがするのは、壁面を流れ落ちるウォーターカーテンと、足元のタイルの間を這う水路のせいだろう。
その店の内装はイスタンブールの地下宮殿に似ていた。
アレンジされたシューベルトの『魔王』が薄暗い店内に流れている。
なんともシュールな空間だ。
そんなBarの一角で、聖羅はヒトの形をとった魔物に口説かれていた。

「貴女を愛している──と言ったらどうします?」

男の声は甘く艶やかなテノール。
その美しい唇には蠱惑的な微笑が刻まれている。
魔物の名前は赤屍蔵人といった。
裏新宿でも最強(最凶)最悪と噂される凄腕の運び屋だ。
何故、そんな悪名名高い男とこんな怪しげな店で酒を飲むことになったのか──すべてはお節介な仲介屋の仕業だった。
親切のつもりなのかもしれないが、とんでもない。
そもそも聖羅をここに呼び出したのは、仲介屋のヘヴンだった。
たまには飲みに行こうと彼女に誘われ、やって来た場所には「偶然会った」赤屍が同席していたのである。
その時点で回れ右をして帰るべきだったのだろうが、生憎とそう簡単に逃げられる状況ではなかった。
まるでタイミングを見計らったように携帯が鳴り、ちょっと失礼と言ってヘヴンが席を外してから、かれこれ十五分。
"あの"赤屍と二人きりで和やかに談笑など出来るはずもなく、すっかり固まってしまっている聖羅に、赤屍は柔らかな口調であれこれと話しかけていた。
聖羅のほうは、そんな赤屍に対して一言二言答えるのがやっとだ。
そして、ふとそんな会話とも言えない会話が途切れ、二人の間に短い沈黙が落ちたかと思うと、赤屍は不意に──本当に突然、爆撃を開始したのである。

「そ……そんな、からかわないで下さい」

「からかってなどいません。いたって真剣ですよ」

「でも、ほらっ、赤屍さんにはヘヴンさんみたいないかにも大人の女って感じの魅力溢れる女性のほうが似合ってますよ!絶対!」

「ミス・ヘヴン、ですか。ビジネスの相手としてはお付き合いしやすい方ではありますが、生憎とそういった対象としては魅力を感じませんね」

「じゃあ、卑弥呼ちゃんとか」

「仕事のパートナーとしては文句なく優秀な女性ですよ。ですが、やはり恋愛対象にはなりえません。美堂君を義兄と呼んでからかうのは楽しそうですけれど…ね」

「…な、夏実ちゃんは……」

「喫茶店のウェイトレスさんですね。個人的に興味を持ったことはありません。それに、彼女の年齢を考えると流石に犯罪ではありませんか?」

「大丈夫ですよ!恋愛に年齢なんて関係ありませんからっ」

「そう…ですね。そうかもしれません。確かに貴女が何歳であったとしても私の気持ちは変わらないでしょうから」

──振り出しに戻った気がする。
聖羅が言葉を無くしたその瞬間を赤屍は逃さなかった。

「聖羅さん」

背筋をぞくりと這い上がる妖艶な声音が耳を打つ。
赤屍は聖羅の顎を白い指が捕らえると、美貌を僅かに傾けてその顔を覗き込んだ。

「貴女も本当は気付いていたのでしょう?だから、今まで私から逃げ回っていた──違いますか?」

深淵を思わせる男の双眸を見返した瞬間、聖羅は激しく動揺するのを感じた。
声をなくして震える唇を、細く整った指先で愛おしげに撫でられ、まさしく悪魔に魅入られたとでもいうべき恐ろしいまでの寒気と官能が身体を駆け巡る。

「ですが、もう遊びはお仕舞いです。私もいい加減限界だ。散々男を煽って焦らした女がどうなるか──じっくりと教えてさしあげますよ」




「ごめーん、聖羅。柾からだったんだけど、つい話しこんじゃって───て、あれ?」
通話を終えて戻ってきたヘヴンの視線の先には、当然ながら二人の姿は無かった。



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