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風邪でダウンして数日後。
どこから(というか、誰から)聞き付けて来たのか、赤屍が見舞いに訪れた。
手にはどこぞの果物店で購入したらしい、いかにも高級そうなフルーツ籠を持って。

「風邪と伺いましたが、お加減は如何ですか?」

「ええ、もう大分よくなりました」

赤屍から籠を受け取りながら聖羅は考える。
こういう時にいつも思うのだが、「ちっとも良くならなくてまだまだ酷い状態です」とか、「辛くてたまらないです」などと返事をする人間は果たしてどれくらいいるのだろうか。
よほど親しい間柄の友人であれば軽口を叩くこともあるだろう。
しかし、やはり「もう大丈夫です」だとか「お陰様で大分よくなりました」と答えるのがお約束ではないのか。
こうした見舞い客と病人とのやり取りは、ある種の様式美であるように思う。

そんな胸中複雑な聖羅の様子を見て赤屍がどう考えたのかはわからないが、彼はただ、そうですか、と僅かに微笑んだだけだった。
それ以上あれこれ煩く言うでもなく、帽子を脱いでベッドの傍らの椅子に腰を降ろす。

聖羅は赤屍から籠の中へと視線を移した。
定番の林檎を始めとして、バナナにグレープフルーツ、洋梨にキウイ、メロンまで入っているせいで、かなりずっしりと重量がある。

「凄く豪華ですね、有難うございます」

「どういたしまして。病気の時は食べ物の好みが変わるといいますから、出来るだけ色々入っているものを選んだのですよ。何か召し上がりますか?」

穏やかに告げられた言葉にしばし迷う。
男性の見舞い客の前で物を食べるというのは少々躊躇われた。
しかし、相手が相手だけに、好意をむげにしたら、それはそれで怖い事になりそうだ。
迷った末に、聖羅は一番無難そうな林檎を選ぶことにした。

「じゃあ…林檎を頂きます」

「林檎ですね。分かりました」

え、と思う暇もなく、赤屍が籠の中から林檎を取り上げる。
続いて、白い外科用手袋の手の平からニュッとメスを取り出すと、彼は器用な手つきでするすると林檎の皮を剥き始めた。
聖羅が呆然としている間に、林檎は赤い皮を剥かれて白い果肉を晒していく。
瞬く間に林檎を丸裸にしてしまうと、赤屍はそれをメスで一口大に切り分けた。
そうして、その一つにメスを刺して、聖羅のほうへと差し出す。

「はい、あーんv」

「………………」

「ん? どうしました? ああ、もしかして、うさちゃんにしたほうが良かったですか?」

「…い、いえ、頂きます」

おずおずと開いた口に林檎が差し入れられる。
果肉に歯を立てた瞬間、みずみずしい果物に相応しい、しゃり…という良い音がした。
林檎が口中に収まったのを見届けて、フォーク代わりに刺さっていた物騒な刃物は、聖羅の唇を傷つけることなく離れていく。

「まだ沢山ありますからね。遠慮なく召し上がって下さい」

美貌の運び屋はそう言ってにっこりと微笑んだ。
それはそれは満足げな笑顔で。



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