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それは不可抗力としか言い様がない出来事だった。

「何故ここにいるんです」

聖羅を睨み据えたまま、赤屍はメスを握った右手を一閃させた。
背後から襲いかかろうとしていた男が血煙の内に沈んでいく。

一度、二度。

手袋に包まれた手から煌めくメスが放たれた後には、あれだけ沢山いた侵入者達は一人残らず床の上に倒れ伏していた。
その奇妙なゴーグルをはめた連中は奪い屋なのだという。

「依頼品を引き渡した後の事は本来関知しないのですが……仕方ありませんね」

赤屍が冷ややかな眼差しを向ける先で、アタッシユケースを胸に抱えて震えているスーツ姿の男が、今回の事件の元凶らしい。
赤屍が運んできたケースの中身の取り引きの場所に選んだのがこの会場だったというわけだ。

『依頼主から預かったケースを指定された相手に届ける』
それが今回の依頼内容である以上、ケースを男に渡した時点で運び屋としての赤屍の仕事は終了している。
その後に奪い屋が乱入してこようが、そのせいで取り引き場所として選んだホテルの会場が修羅場になろうが、たまたまデザートビュッフェを楽しんでいた客達が人質になろうが、彼にはまったく関係のない話だった。

しかし、偶然にもその場に聖羅が居合わせてしまったせいで、仕方なく奪い屋連中を始末する羽目になってしまったのである。
赤屍はケースを抱えた男と同じく、ショックを受けてぶるぶる震えている聖羅へと視線を戻した。
あまりの事態に思考が追いつかず呆然としている彼女の姿を見て、小さく溜め息をつく。

「来なさい。警察が到着する前に此処を離れたほうが良い」

聖羅は震えながら頷いた。
差し出された手に縋って立ち上げろうとするも、足に力が入らない。
見かねた赤屍がグイと抱き起こして、そのまま腕に聖羅の身体を抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
普段なら恥ずかしくてたまらないはずだが、ショック状態の聖羅は赤屍のスーツの胸にぎゅっと縋りついていた。

コートの裾を翻して赤屍が歩き始める。
ひと一人抱えているとも思えない優雅な足捌きで、すたすたと血の海を横切っていく。

「…クレープ…」

ぽつりと呟いた声は、やはり震えていた。
安心したせいか、今頃になってぽろぽろと涙が溢れ出てきて止まらない。

「…ここの…美味しいからって、教えてもらって……」

「そうですか」

「……怖かった…」

「そうでしょうね」

大きくしゃくりあげると、背中を抱く赤屍の腕に力がこもった。
遠くから大勢の人間が騒いでいるような声が響いてくる。

「これからは何処かに出掛ける時には私に知らせて下さい。良いですね?」

聖羅は頷いた。

「クレープが食べたいのなら私が焼いて差し上げます」

聖羅は頷いた。



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