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「お嬢様、お目覚めの時間でございますよ」

甘く柔かな声音が耳をくすぐる。
耳に心地よい男の声。

(お嬢様…?誰の事…?)

聖羅は目を開けた。
カーテンを開く音。
差し込んできた光に目が眩んで、思わず手をかざす。

「お早うございます、お嬢様」

真紅のカーテンをバックに見知らぬ男が微笑んでいた。
肩先まで伸びた艶やかな黒髪と、紅茶色の切れ長の瞳が印象的な美青年だ。

燕尾服をきっちりと着込んだ男は、呆然としている聖羅に「先に湯あみをなさいますか」と尋ねてきた。
訳がわからないまま首を横に振ると、いつの間に用意していたのか、男はひらひらしたドレスを取り出してみせた。

「それではお召し替えを致しましょう。本日は主治医のドクター・蔵人がいらっしゃる日ですからね」

「ドクター・蔵人…?」

「はい。さあ、お嬢様。夜着をお脱ぎ下さい」

そう言って、当たり前のように聖羅の着替えを手伝おうとする。

「い、いいですっ!一人で出来ますからっ」

「おやおや…朝から賑やかですねえ」

今度ははっきりと聞き慣れたテノールが響き、聖羅は安堵半分、戸惑い半分の表情を浮かべると、その声が聞こえてきたほうに視線を向けた。

「お早うございます、聖羅さん」

スーツの上に白衣を着た赤屍がベッドの向こうのドアから部屋へ入って来るところだった。
よく見れば、ベッドは天蓋付きの豪華なベッドだ。

「ドクター・蔵人」

着替えを手伝おうとしていた男が、紅茶色の瞳を僅かに眇めて、咎める口調で赤屍を呼ぶ。

「許しもなく勝手に女性の寝室に入るなど、紳士的な振る舞いとは言えませんね。まずは執事の私に一言断って頂かなければ」

「これは失礼。一応ノックをしたのですが、お気付きになられなかったようでしたので」

「それはそれは…申し訳ございませんでした。お嬢様をお起こしする大事な役目の最中だったとはいえ、客人の来訪に気付かなかったのはこのセバスチャンのミスでございます。どうぞお許し下さいませ」

「いえ、お気になさらず。感情のこもっていない棒読みで謝罪されても白々しいだけで、嬉しくありませんから。可愛らしい聖羅さんの寝姿に夢中になっていたのならば、仕方のない事ですしね」

バチバチバチッ
気のせいか、二人の間に火花が散っているような気がする……。



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