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「今年は逆チョコが流行りらしいですよ」

トンネルの中の、オレンジ色のナトリウム灯。
なんとなく不気味な感じがするそれに照らされながら、赤屍蔵人が呟いた瞬間、馬車は思わずブレーキペダルを踏み込んでしまうところだった。

「何だ、突然」

何とかミスター・ノーブレーキの異名を汚さずに済んだものの、動揺は完全には拭い去れない。
ハンドルを握る手にも額にも、ドッと汗が吹き出しているのを感じた。
寡黙というのとも無口というのとも違う。
ただ、無駄話をする暇があったら強者と刃を交えているほうが余程有意義だと言い切ってしまうような男だ。
この赤屍蔵人という男は。
それが突然何を言い出すのかと、馬車は混乱していた。

「もうすぐバレンタインでしょう。やはり私から聖羅さんに差し上げるべきだと思いますか?」

知るか!

強面を歪めて運転に集中しようとするが、赤屍はそんな馬車を横目で見て、手の平にメスを出したりしまったりしはじめた。
美貌に憂いを刷いて、静かに唇を開く。

「去年は、怯えて逃げ惑う彼女を捕まえて無理矢理強奪したんです」

話はまだ続くらしい。

「知人に『チョコがなければ彼女を食べればいいじゃない』と言われて目の醒める思いでした。実に単純明解な論理(ロジック)だ。そう思いませんか?」

「……」

「まあ、実際うまくイきました。しかし、今年も同じでは面白くない。過程を楽しんでこその恋愛です。そうでしょう?」

「……いや…」

一人の女の人生がかかっている。
いまこの瞬間、下手な相槌やアドバイスは出来ないと馬車は必死に頭を働かせた。
もうそれは恋愛じゃないだろと思ったが、そんな事は口には出せない。

「いいんじゃないか、逆チョコ」

そう告げるのが精一杯だった。



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