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その男は、閉店時間を過ぎた喫茶店に現れた。

「ほら、お前達ももう寝ろよ」

父親代わりのマスターが、店に居座っていた青年達を追い立てる。
蛮と銀次は渋々腰を上げた。
彼らは相変わらず住所不定のままなので、ここでギリギリまで暖を取った後は寝宿代わりの車に戻るしかない。
ウエイトレスの内の二人は既に就寝準備に入り、店の二階の住居スペースへと引き上げている。
残りの一人である聖羅は、帰宅の準備を済ませて、そんな彼らを苦笑混じりに見守っていた。
そこへ、ドアベルを鳴らして入ってきたのが赤屍だった。

「今晩は、皆さん」

途端にひっと息を飲んで青ざめた銀次の横で、蛮は胡散臭いものを見るように突然現れた男を睨んだ。
この二人の関係も相変わらずだ。

「てめえ、何しに来やがったんだよ」

「聖羅さんを迎えに上がっただけですよ」

クス、と微笑を漏らした赤屍が、真っ直ぐ聖羅を見る。

「もう帰れるのでしょう?」

「はい」

赤屍の横に歩み寄った聖羅は、蛮と銀次を振り返った。

「チョコ食べたんだから、寝る前にちゃんと歯磨きしないとダメですよ」

「チョコ?」

「二人にもあげたんです、義理チョコ」

聖羅の説明に、赤屍は「ああ…」と納得した様子で笑ってみせた。

「義理、ですか。良かったですね二人とも」

「そういうお前は嫌ってほど貰ったんだろうなぁ?」

「まあ、それなりには」

ケッ、と蛮が吐き捨てる。嫌味のつもりで言ったのに。
どこまでも余裕を崩さない赤屍の姿に、余計に面白くない気分にさせられる。
数がすべてとは思わないが、どんな事であれこの男に負けるということは蛮のプライドを軋ませるのだ。

「ですが、全てお断りしましたよ」

涼しい顔のまま、赤屍はさらりと言ってのけた。
そうして傍らの聖羅を見下ろす。

「『本命』以外必要ありませんからね」

愛おしげに微笑む赤屍に、聖羅もはにかむように微笑み返す。

「さあ、帰りましょう。私から貴女へのチョコレートも用意してあるのですよ」

「わあ…本当ですか?」

「ええ。今年は逆チョコが流行りなのでしょう?食事の後で食べましょうね」

それでは。
帽子の鍔を軽く摘まんで赤屍が会釈をする。
仲良く並んでドアを出て行った二人をじっと眺めていた蛮は、悔しそうな顔でくるりと振り返った。

「クソッ、自慢しやがって…!おい波児、飲み直すから俺の──」

「帰れ」

恋人達の甘い夜は、まだまだこれから。
寂しい男達の凍える夜もまだ始まったばかりだった。



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