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たぶん、今までの人生で一番緊張しているんじゃないだろうか。
そう思ってしまうぐらい緊張でガチガチに固まった聖羅は、両親とともに、自宅の客間で赤羽蔵人と対峙していた。
今日の彼もダークスーツが良く似合っていて素晴らしく格好いい。

「この度はお嬢様との婚約をご承諾頂きまして、誠に有難うございました」

軽く瞳を伏せ、麗しい容姿に相応しい甘やかなテノールでそう言った赤羽が、すっと畳の上を滑らせるようにして差し出した物体を見た途端、聖羅も貴女の両親も一瞬心臓が止まりかけた。

「本日は心ばかりの印ではありますが、結納のお届けをさせて頂きました。幾久しくお納め下さい」

黒塗りの切手盆の上には、文字通り札束が山積みになっている。
軽く見積もっただけでも一千万は下らないだろう。
三千万ぐらいはありそうだ。
……ごくり。
静かな室内に誰のものともわからない喉を鳴らす音が聞こえた気がした。

「お…お父さんっ…」

「あ、ああ……」

母親に肘でつつかれた父親が赤羽から目録を受け取り、蒼白な顔でそれに目を通す。
幸いにも、目の玉が飛び出そうな金額の結納金の他は、目録に記載されている物はごく普通に結納で渡される品々ばかりだった。
──品目は、だが。
たぶんどれも最高級品だろうという事は容易に想像がつく。

「ご……ご結納の品々、目録通り相違ございません。誠に丁寧なお言葉を賜り、あ、有難うございました。厚く御礼申し上げ、い…幾久しくお受け致します」

密かに練習していただけあり、時々つっかえながらも無事に挨拶を返し終えた父親に、聖羅は内心拍手を送った。
まったく淀みなく結納を進めていく赤羽を相手に、よくやったものである。

(ええと、確か次は……)

頭の中で結納の手順を書いた本のページを思い出す。
略式だとこの後は確か指輪の贈呈のはずだ。
『和やかな雰囲気のなか、一同拍手』という注釈がついていた気もするが、この様子ではとても無理だろう。
冷や汗をかいている両親は既にいっぱいいっぱいの状態だった。
無論、聖羅も。

「聖羅さん」

「は、はいっ」

優しく名前を呼ばれ、飛び上がらんばかりの勢いで反応した聖羅は、シャキンと背筋を伸ばした。
優雅に近づいてきた赤羽が、聖羅の手を取り、その指に銀色に輝く指輪をはめてくれる。
婚約指輪だ。

「愛しています、聖羅さん。永遠に貴女だけを愛すると誓いますよ。必ず幸せにします」

「赤羽さん…」

指輪をはめた手を恭しく握り取られ、正面から微笑まれた聖羅は瞳をうるうるさせた。

「もう“赤羽さん”じゃダメでしょ」

「う……えっと…蔵人、さん……」

小声で母親に指摘された聖羅は、顔を真っ赤に染めて言い直した。
赤羽が嬉しそうに笑って「はい」と答える。
はたして、必要経費含めて一億円くらいで愛しい獲物を一生束縛出来るのなら安いものだと、狂気に近い執着を抱く医者が考えていたかどうか──。
真相は生涯闇の中である。



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