「新メニュー、ですか?」 ネクタイを緩めて解きながら赤屍が振り返る。 ソファに座った聖羅は、喫茶店HonkyTonkの軽食メニューをプリントアウトした紙を手に、うんうん唸っていた。 「そうなんです。お昼の客足が増えたから、新しい軽食メニューを増やしてみようって話になって……でも、いざとなると、なかなか思いつかないものなんですね」 「では、血が滴るようなステーキで、『ブラッディ──」 「ブラッディ、ダメ!赤いシリーズはダメです!」 赤屍は冗談ですよと笑ったが、彼の仕事や性癖を考えると冗談では済まない。 現に、今も仕事帰りで微かに血臭を漂わせているのだから、いくら慣れているとはいえ、やはり慌ててしまう。 「そうですねぇ…ペペロンチーノなどはいかがです?見たところ、ナポリタンとミートソースはあるようですから、もう一つくらいパスタのバリエーションを増やしても良いのでは?」 「あ、それいいかもしれません。赤屍さんのペペロンチーノ美味しいですよね。なんだか食べたくなってきちゃった」 「おやおや」 残念ながら今夜の夕食はもう作ってしまっているので、直ぐにというわけにはいかないが、近いうちにおねだりしてみようと聖羅は心に決めた。 一緒に暮らしはじめてから食事当番は分担でこなしているのだ。 並んでソファに腰掛けた赤屍が横からリストを覗き込んでくる。 HonkyTonkの軽食メニューにはトースト系が多い。 やはりウエイトレスにも作れるもの、という事で、メニューが限られてきてしまうのが難点だった。 「グラタンとかどうかなぁ」 ペペロンチーノと紙にメモしながら呟く。 「それなら事前に用意しておいたものを温めれば良さそうですね」 「はい、チンすれば簡単に出せますもんね」 紙には新たにグラタンが加わった。 そういえば、赤屍の作るグラタンもとても美味しい。 激しい情事の翌朝など、ベッドまで運んできて食べさせてくれた事もあった。 「オムライスは?」 「あ、それも美味しそう!そういえば、今までなんで無かったんだろう…卵巻くのが難しいから?」 「コツさえ掴めば簡単なんですがねぇ」 オムライスと言えば、ケチャップでブラッディなお絵描きをして出された事を思い出す。 聖羅は赤屍の顔をじっと見上げた。 「何ですか?」 「ううん…私、赤屍さんに色々食べさせて貰ってきたんだなぁと思って。一緒に暮らす前からずっと」 「私が好きでしていた事です。貴女に喜んで貰えたのならそれで良いのですよ」 「赤屍さん…」 ギュッと抱きつく聖羅を胸にしっかりと抱きしめて、赤屍はひそやかに微笑んだ。 人はそれを餌付けと呼ぶ。 しかし、釣り上げられて、なおも愛され続ける魚は、それはそれで幸せなのだった。 |