ホットミルクか、お茶か。 少し迷って、やはり茶にしようと決めた。 ミルクならば嫌と言うほど下の口に注いでやった後だから、ここはやはりさっぱりしたものがいいだろう。 眺める先にある棚には、それなりに豊富な種類の紅茶の缶がずらりと並んでいる。 一人きりならばここまで種類を集める事も無かったはずだが、部屋を訪れる聖羅をもてなす為にと、出掛ける先々で気に入りそうなものを購入していく内に、いつの間にかこうなっていた。 溺れている自覚ならある。 溺れさせている自信も。 一番新しいパッケージのものを手に取り、中身を確認する。 それは貰い物のフレーバーティーだった。 名前は『楽園』。 缶を開けば、たちまち溢れ出る、フルーティな甘い香り。 まさしく『トロピカルな』と評するのがぴったりな香りだ。 およそ緑茶とは思えぬパッケージと香りに、こんな茶もあるのかと感心した。 緑茶だけあって多少の渋みはあるだろうが、香りも名前も今の状況に相応しい気がして、それを淹れる事に決め、手早く用意を始める。 「どうぞ」 「有難うございます。──あ、いい匂い」 「フレーバーティーだそうですよ」 カップから立ち上る香りに顔を綻ばせる聖羅を見て、赤屍はくすりと小さく笑みを雫した。 先程まで自分の下で身悶え、快楽にすすり泣いていた同じ女とも思えない無邪気な様子に、一度解放したはずの欲望が再び醜い頭をもたげてくる。 そそられる、と言い換えてもいい。 「火傷をしないように。貴女は猫舌ですから」 赤屍の言葉に頷いた聖羅は、ふうふうと吹き冷ましては、少しずつすすっている。 やがて冷めてきたと判断したのか、思い切ってひと飲み茶を飲み下したが、やはりまだ熱かったらしく、チロリと舌を出した。 柔らかそうな舌だ。 実際とても柔らかいのを知っている。 舐めてやりたい、と思った。 甘噛みし、絡めとって吸い上げ、いっそそのまま喰らってしまいたい。 キスをされている時の顔を思い出して、またも欲が煽られる。 いつだったか、他に様々なタイプの魅力的な女性が揃っているのに、何故自分なのかと、聖羅に問われた事があった。 「貴女だからこそ欲情するのですよ」と答えた赤屍に、聖羅は赤くなって抗議してきたものだが、きっと今もからかわれていると思ったままなのだろう。 彼女が思うよりずっと、恐ろしいほどに真実なのだが。 「雨、まだ止みませんね…」 窓を眺めている聖羅の視線を追って、赤屍も外を見る。 恋しい人を帰したくない時に降る雨。 遣らずの雨。 ここが彼女を閉じ込める為の楽園という名の鳥籠ならば、今降り注いでいるのは、楽園に降る雨だ。 メスで心臓を狙う正確無比な動きと同じ容赦の無さで、また一つ、見えない鎖で聖羅を縛りつけてやろう。 「当分止みはしないでしょう。諦めて今夜は泊まっていきなさい」 真意を隠した柔らかな誘いの言葉に、愛しい女は、困ったような、それでいて甘えるような目で赤屍を見上げた。 その瞳の中に映る己の姿に満足げに微笑んで。 赤屍は、悪巧みなど欠片も感じさせない優しい口付けを落とした。 この楽園は、恐怖と紙一重の愛情で出来ている。 |