──ああ、その顔。 その表情がたまらないのですよ。 と、赤屍は背筋を走るぞくぞくとした快感を感じながら、優美で物騒な微笑を浮かべる。 彼の愛しい獲物は、突然の侵入者に対して予想通りの反応を返してきた。 すなわち、悲鳴を上げて壁際までズザザーッと後退ったのである。 「ど、どうしてっ!?窓も玄関も鍵が閉まってたはずなのにっ」 「ええ、閉まっていましたねえ」 にこやかに笑ってやれば、蒼白な顔で見つめてくる。本当に堪らない。 鼠はじわじわといたぶるのがセオリーだ。 「ですが、私はここにいる。幻などではなく、貴女の前にね。触って確かめてみますか?」 「いいっ、いいですっ、近寄らないで下さい!!」 聖羅はぶんぶんと首を振った。 涙を浮かべた瞳がキョロキョロと辺りを見回すのは逃げ場を求めての事だろう。 赤屍は敢えて距離を詰める事はしなかった。 その気になれば一瞬後にはこの腕の中に抱き締めることだって出来る。 でも、そうはしない。 そう簡単に終わらせてはつまらないからだ。 「な、なにしに来たんですか?」 「おや。真夜中に男が女性の部屋を訪ねてくる事の意味をご存知ないと? 夜這いに決まっているでしょう」 とうとう恐怖で何かが振りきれたらしい聖羅は、声にならない叫び声を上げたかと思うと、その場から一目散に逃げ出した。 可愛い──実に可愛らしい。 赤屍はクイと帽子の縁を押し下げて、鞭の如く引き締まったその長身を翻した。 「クク…構いませんよ。私は何事も過程に楽しみを見出す性質(タチ)ですので。どうぞ気の済むまで頑張ってお逃げなさい」 追いかけるのに厭きたなら──「逃げないで」と縋ってみるのも悪くはない。 楽しみは捕まえる事ではなく、どう捕まえてやるかなのだ。 狩りはあくまでも過程を楽しむものなのである。 ちょうどぴったりな諺があるではないか。 play cat and mouse with (なぶりものにする。残酷にからかう) 逃げ回る鼠に少々(かなり)狂気的な愛情を注いでいる猫は、怯える相手の顔を想像して愉しげな笑みをもらした。 |