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上品な甘い香りの漂う店内は、想像以上に混雑していた。
連休明けの平日であるというのに凄まじい盛況ぶりだ。
フランスのコスメブランドの限定販売店ということで女性に人気があるのは知っていたが、まさかこれほどまでとは……。
聖羅は人混みに辟易しながら目の前の棚からシャンプーを取り上げた。
左手でそのシャンプーを、右手に香りを楽しめるようにと用意されたサンプルを持ち、サンプルのほうを鼻に近付けて匂いを確認する。

「あ、これです。前に友達に貰ったシャンプー。凄くいい匂いだから、ずっと気になってて」

「そうですか。見つかって良かったですね」

傍らに立つ赤屍がにこりと微笑むと、先ほどから感じていた視線がさらに強烈なものに変わったのがわかった。
まあ、無理もない。
なにしろ女性客だらけのコスメショップに美貌の男が一人紛れこんでいるのだ、見るなというほうが無理である。
もし自分が周りの客の立場でもガン見するはずだ。

「赤屍さんも匂ってみます?」

「いいえ、今は結構ですよ」

聖羅に何も言われないうちから、シャンプーとお揃いのシリーズのトリートメントや石鹸を次々とカゴに入れながら赤屍が笑う。
甘い響きのテノールを内緒話をする時のように僅かに低くして、

「今夜そのシャンプーを使った貴女の髪から香る、その香りを楽しませて頂きますから」

聖羅の耳元でそう囁き、クスと笑みをこぼした赤屍の周囲から、「いやぁ!」とか「ひゃあぁ」とか「ふわぁぁっ」といった声が上がった。
赤屍を携帯で写メろうとしていた十代ぐらいの少女は、真っ赤な顔で口をぽかんと開いたまま固まっている。

「…赤屍さん…あの、そういうことは……」

視線の圧力に耐えられず俯いた聖羅の項は、これでもかというほど赤く染まっていた。

「そうですね、失礼しました」

悪びれた様子もなくさらりと言ってレジに向かう赤屍に、聖羅も慌てて彼について歩き出す。

「貴女が周りの女性からの視線を気にしていたようでしたので、つい」

意地悪をしてしまいました。
そう笑う赤屍に、聖羅は耳まで赤くなった。

「私の恋人は貴女だ。他の誰でもなく、ね。他人の目を気にする必要はありません。堂々としていて良いのですよ」

「が、頑張ります…」

「私としては、もっとイチャついて見せつけてやりたいくらいなのですが」

「それは無理ですっ」

会計の終わった商品の入った紙袋を手に、ぶんぶんと首を振る。
もっと、って……公衆の面前でこれ以上ナニをするつもりなのだろうか、この男は。
持ちましょう、と差し出された赤屍の手を断ろうとし──
聖羅は反対側の手に紙袋を移すと、空いた手で赤屍の手を握った。
ほんの少し驚いた様子を見せる綺麗な顔を見上げて笑いかける。

「家に帰ってからなら…いいです」

これが精一杯の妥協点なのだと、頬を染めながらも行動で示して見せた聖羅に、赤屍も瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「では、帰りましょうか」

「はい」

そんなやり取りがもう既に"人前でイチャつくバカップル"に他ならないのだが、仲良く手を繋いで帰っていく恋人達は、その事にまったく気がついていないようだった。



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