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夜汽車に揺られて故郷に向かう。
──などといえば、いかにも叙情的な光景に思える。
しかし、この連休を使ってゆっくり休息をと考えていた聖羅にとっては、不本意極まりない帰省だった。
それでなくてもゴールデンウィークの前半は仕事で潰れてしまったのだ。

たまの連休くらい帰って来なさいと電話してきた親心はわからないでもない。
だからといって、貴重な休みを使ってわざわざ不便な田舎に赴くというのは、本来ならば出来れば遠慮したい選択肢である。

「はあ……」

今夜何度目かの溜め息をついた聖羅は、車窓の向こうに広がる闇に目をやった。
昼間はのどかな田園風景や緑の山々が見えるのはずだが、今は単なる暗闇でしかない。
と、

「───クス」

不意に耳に届いた小さな笑い声にハッとそちらを向くと、通路を挟んだ反対側の座席に、一人の男が座っていた。
どうして今まで気付かなかったのだろう?
まさか自分の他にも人がいるとは思っていなかった聖羅は赤くなった。
男が改めてこちらに向き直る。
美貌と形容するに相応しい美しい顔が微笑んでいた。

「失礼。先ほどからずっと、随分と憂鬱そうな様子で溜め息を繰り返していらしたので、つい」

はあ、と曖昧な返事を返し、聖羅はさらに赤くなった。

「こんなに愛らしい方を悩ませる憂鬱とはなんだろうかと気になっていたのです。気分を害されたのでしたら謝ります。申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな…」

頭上の電灯がチカチカと不穏に揺らめく。
切れかけているのかもしれない。
そういえば、いつもより車内が薄暗い気がした。
客も少ないローカル線だから予算がないのだろうか。

「ご実家に帰省されるところでしょうか?」

「ええ、まあ…貴方も?」

「いえ。私は仕事です。荷物を運ぶよう頼まれましてね」

荷物……聖羅は男の傍らに置かれたトランクを見た。

「儀式で使うのだそうですよ。地元の方でしたらご存知なのでは?」

告げられた地名は確かに聖羅の実家のある場所のものだった。

「ああ、そういえば。明日お祭りがあるからそれかな?」

「お祭り、ですか」

「あまり大きなものじゃないのでお祭りってほどでもないかもしれませんけど。田舎ですし。他所から来て楽しめるとしたら温泉ぐらいなものです」

「『温泉郷』ですね。この依頼を受けた時に伺っています。何でも珍しい温泉宿があるとか」

「ええ、でも、あそこには地元の人間は行かないんです。だから、あまり詳しくは知らなくて…すみません」

「お気になさらず。こうしてお話出来ただけで充分楽しく過ごせましたから」

男はそう言って微笑んだ。

「温泉かあ……私もゆっくり浸かりたいなぁ」

「ご実家から近いのでしたら、一度行ってみてはいかがです? そこでお会い出来ると良いですね」

「そうですね」

「それとも、一緒に行きますか?」

「……え?」

その時、チカチカと瞬いていた電気がついに消えてしまった。
そればかりか、他の電灯までが次々と消えていく。
男が立ち上がった気配がする。

「な、なに…? どうし───」

列車はゆっくりと闇の中を進んで行った。



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