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オイルサーディンの缶を開けると、ぱっかん、というその音を自分の猫缶の音だと勘違いしたらしく、リビングで赤屍に遊んで貰っていたはずの猫の毛玉がすっ飛んできた。
足下に身を擦り寄せて、にゃーにゃーと甘えた声で鳴く。

「違う違う、これは赤屍さんの」

なーんだと言わんばかりの顔で見上げると、毛玉はさっさと赤屍のもとに戻っていった。
賢いのはいいが…飼い主としては微妙な気分だ。
今頃は飼い主の事などすっかり頭から消え去り、赤屍にうにゃうにゃ言いながら甘えているんだろうなと思うと、喜んでいいのか妬いていいのかも分からない。
そんな毛玉も、最初から赤屍に対してこうだったわけではなく、むしろ初めの頃は怯えて警戒していた。
恐らくは、猫ならではの嗅覚で赤屍の身体に染み付いた死と血の匂いを嗅ぎとっていたのだろう。
それが、優しく宥められ、あやされる内に、すっかり懐いてしまったのだった。
飼い主がそうだったように。
ペットは飼い主に似るという言葉がこれほど当てはまるのも何だか悲しいものがある。

缶から出したオイルサーディンをフライパンで軽く焙り、レモン汁を絞って皿に移す。
その上にルッコラなどを適当に乗せれば出来上がりだ。
赤ワインと白ワインを暫し見比べ、聖羅は白ワインのほうを手に取った。
自分が飲むなら赤だが、お摘みが魚料理なのだからやはり白が良いだろう。

「お待たせしましたー」

ワイングラスと肴の皿を伸せたトレイを片手に、もう片手にワインボトルを持ってリビングに戻ると、案の定、毛玉は赤屍の膝の上に陣取っていた。
赤屍に甘える猫と、猫に甘えられる赤屍。
どちらを羨ましがるべきなのか聖羅は迷った。
とりあえず仲間外れな気分になったのだけは確かだ。

「有難うございます」

赤屍が優雅に聖羅に微笑みかける。
おや、とその唇が動いた。

「貴女のグラスは無いのですか?」

「うーん、もう遅い時間だし、酔っちゃうとまずいかなって」

「その時は私が介抱して差し上げますよ」

「それが一番心配なんです」

以前美味しく食べられてしまった事を思い出して言えば、赤屍は瞳を細めて笑った。
大人の時間に相応しい、艶めいた含み笑い。

「酔っても酔わなくても結果は同じだと思いますけれど、ね…」

「過程ですよ過程!恥ずかしいか恥ずかしくないかが大違いなんです!」

「まあ、私はどちらでも愉しめるので構いませんが」

「うう……」

猫の喉をしなやかな指でくすぐりながら赤屍が笑う。
その指で私も優しくくすぐられたい、とか。
長い睫毛が白い頬に落とす影だとか、少し癖があるのか、後ろになびいているように見える長い黒髪だとか。
あるいは、白い首の喉仏だとか。
こちらをじっと見つめている切れ長の瞳の凄艶さだとか。
見ているだけで蕩けそうな微笑を浮かべている唇だとか。
そういった全てに誘惑されているような気分になってくるのは何故だろう。
迷った挙げ句、聖羅はグラスを取りにキッチンに向かった。



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