裏新宿にあるカード屋『カルタス』。 友人の蛮を通してその店の主人と仲良くなった聖羅は、その日、初めて直接店を訪れる約束をしていた。 店主のマリーアが言うには、店はかなり治安の悪い場所にあるということで、わざわざボディガード代わりに『運び屋』に往復同行して貰うよう手筈を整えてくれたのだが──。 「なるほど、美堂君のお知り合いでしたか」 黒尽くめの男は、形の良い唇に薄く笑みをはいて、斜め後ろの聖羅を流し見た。 その切れ長の瞳の色っぽいことと言ったら、一瞬恐怖を忘れてしまったくらいだ。 しかし、である。 つい数分前に、一つ前の路地で襲いかかってきた強盗をメスで斬り捨てた現場に直面してしまっていた聖羅は、素直に目の前の男の美貌に酔いしれることは出来なかった。 まだ返り血がついているし、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。 怯えきってビクビクしている聖羅を、だが、黒衣の運び屋は何故だかひどく楽しそうに眺めて微笑んでいる。 「ところで、聖羅さん」 「は、はいっ!ななななんですかっ!?」 突然くるりと向き直られ、聖羅はビクッと身体を跳ねさせた。 「貴女は、一目惚れというものを信じますか?」 「え、え…、は…?」 「どうやら私は一目見た時から貴女に恋をしてしまったようなのです」 「想像出来ません!」 今までカウンターに突っ伏してしくしく泣いていた聖羅は、突然ガバッと顔をあげると、悲痛な声で叫んだ。 「赤屍さんとお付き合いしてあんなコトやこんなコトをやっちゃう私なんて想像出来ない!想像出来ないものは存在しない!」 「おいおい…深淵を覗き込みすぎて怪物になりかけてんぞ」 すぱーっと煙草の煙を吐き出して、蛮が言う。 無論、ここで言うところの“怪物”とは赤屍蔵人のことだ。 想像出来ないものは存在しないというのも、あの男の持論である。 事実不死身なのだから、あるいはそれは真理であるのかもしれない。 喫茶店HonkyTonkのカウンターに並んで座る聖羅と蛮の他には客はなく、マスターの波児はのんびり新聞を広げながら二人の会話に耳を傾けている。 「怖いよう…もしかしてこれ蛮ちゃんの邪眼で悪夢を見せられてるんじゃないの?」 「んなわけねーだろ。クソバネを特別出演させてまでお前に嫌がらせする理由がねえよ」 聖羅は、うっ、うっ、と嗚咽を漏らした。 蛮は何とも言えない苦い顔で紫煙をくゆらせている。 新聞を読むふりをしていた波児は、かろうじて吹き出すのを堪えたが、頬がピクピクしてしまうのまではとめられなかった。 若いねえ、と内心微笑ましく思いつつ、人生の先輩として若者二人に声援を送る。 「まあ、なんだ、頑張れ。そのうちなるようになるさ。それが人生ってもんだ」 |