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独占欲の塊のような男だった。

その洗練された立ち居振る舞いと、ストイックな外見からは想像も出来ないほど、黒衣の中身は、熱くドロドロと渦巻くもので満ち溢れていたらしい。

『あの男に性欲なんてあるのかしらね』

いつだったかヘヴンが言っていた言葉を思い出す。
まったくもって同感、そう思っていたのだ。その時は。


雨垂れの音に紛れて、深く、満足げに息を吐き出す音が聞こえた。
胎の中に収まっている男のものが、最後に一度大きくぶるりと震えて、ようやく大人しくなる。

「良い子ですね…もう少しだけ、このままで」

あまりに生々しい感覚に思わず身震いした聖羅を、男の腕がしっかりと拘束し、抱き締めた。
身体の隅々までもが己のものとなった事を確認するように、男の指先が緩やかに肌を撫で回す。
肌を滑る艶やかな黒髪の動きさえもが刺激となるほど敏感になってしまっている身体には、それは甘い拷問にも等しい。

「ダメですよ。逃がさない」

甘ったるい泣き声を漏らして身を捩ろうとする聖羅を、赤屍はますます強く抱き締めた。
そうして優しげなテノールで耳に毒を垂らし込むのだ。
愛していますよ、と。

行為の後、赤屍はなかなか聖羅を解放しようとしなかった。
腕の中に抱き込み、肩口に顔を埋めたまま、まるで胎内の感触を味わっているかのように暫く動かない。
数度に渡る行為の疲労のせいで頭に靄のかかった聖羅は、ただその甘美で気怠いひとときを堪能させられるしか選択肢を持たなかった。

赤屍の手が優しく髪を梳く。
その感触が心地よくて、聖羅はそっと息を吐き出した。

つ、と逸れた赤屍の視線が窓の外へと据えられたのを感じて、聖羅もまたそちらに眼差しを向ける。
窓の外には無限城。
天高くそびえるそれは、城というよりも搭を思わせた。
──裏新宿を見下ろすバベルの塔。
記憶にある限り、ずっとこの街にある建物だ。

「無限城が存在しない世界があるのだと言われたら、貴女は信じますか?」

聖羅はきょとんとして赤屍を見上げた。

「それは……並行世界みたいなもの、ですか?」

「まあそんなところです」

赤屍がゆっくりと身を起こす。
白い肌に走る傷が目の前に晒され、そこに目は釘付けになった。
怪我をしても直ぐに治ってしまう男だ。
それなのに、身体に刻まれた幾つかの傷痕がそのままであることに気付いて以来、ずっと不思議に思っていた。
これらの傷は、はたしていつのものなのだろう……あるいは、この男の言葉で言うならば、「踏み越える」前についた傷ということだろうか。
特に痛々しく感じる左胸に縦に走る傷痕を指でそっとなぞると、赤屍はクスと笑みを雫した。

「そこには、この裏新宿と似て異なる新宿があり、私も貴女も、同じように存在している」

「まったく同じじゃないんですか?」

「違いますよ。よく似ていても、やはり違う。ですが、どちらの貴女も、貴女は貴女だ」

「…よくわかりません」

正直に告げた聖羅に、赤屍は「そうですか」と笑った。
彼としてもそれ以上続けるつもりはなかったのか、今度は明らかに熱を呼び起こす意図を持って、悪戯な指を肌に這わせて滑らせていく。

「ああ……でも」

ふと思い付いて、聖羅は甘くなる吐息の合間に呟いた。

「そこでもやっぱり私は赤屍さんに捕まっているんですね」

再び、クスリと漏れた小さな笑い声。
男は、ただ黙って微笑んだまま、ゆっくりと唇を重ねた。



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